『――ふん、』 重く圧し掛かる低音が部屋に響く。 『ね、ボス。この機会は逃さない方がいいと僕は思うんだけどなぁ』 鳳琴の手に握られているのは、旭日組に潜むスパイや、偉の情報収集によって作られた「年初め」で予想される警備状態、組長およびその他幹部の動き――それらを考慮した上で最良の組長・深海進司の暗殺計画書である。切れ長の鳳琴の瞳がぎら、と部屋にいる面々を射抜いた。 『失敗は許さない』 空気が、数度下がった。 『この計画の責任者は、――紅陽とする。それ以外はこの計画書通りでいい』 『え、蘇じゃ駄目なの?』 『何度も言わせるな。分かったら準備を始めろ』 『……了解』 ばさりと音を立てて計画書が机に放られた。さっさと退室しろ――空気がそう言っている。その空気を敏感に感じ取り、その場にいた計画書担当者や幹部面々は足早に部屋を出て行った。最後に残ったのは、偉。 『ボス、紅陽を失ってもいいの?責任者――紅陽よりも蘇の方が適任じゃない。蘇は失っても替えが利く。紅陽は失うには惜しい優秀な工作員だよ?』 責任者――それは失敗した際に全責任を負わされる、言わば組織の見せしめ役である。こうして命や大切なものを失って行った者は多い。失敗の大きさによっては、その家族や友人、恋人ですら身の危険に晒される。 『紅陽は前回の失敗もある。それに優秀な工作員であれば失敗などしない』 『紅陽が失敗しなくても、他の馬鹿が失敗すれば、』 『――話はそれだけか?』 ぴしゃりと言い放つ鳳琴に、偉は溜息を一つこぼす。 『ボスは、ボスだもんね』 ――力のみを信じ、ここまでのし上がって来た鳳琴。そんな彼を偉は悲しそうな目で見やる。 『これが俺のやり方だ』 『……そーだね』 ――そんなボスに惚れてきた奴はたくさんいるんだろうね。でもごめんね、ボス。僕は――、 そろそろ、潮時かもしれないよ? |
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