そして、新しい――


「この戦争、橘の勝ち……だな」

 皆の出払った蓮華の事務所で、報告書に目を通しながら進司は呟いた。抗争が始まって約三カ月、このまま組長が不在なのは組の存続に関わる。

「次期組長は橘の若頭……だな。……抗争の末勝ち取ったんだ、異議を唱える奴はいないだろう」

 やはりこれからの世の中、面子だけじゃどうしようもないのかもしれない。なんせ情報の時代だ……それを今回の派閥抗争は浮き彫りにさせた。
 ふ、と軽く息を吐く。徹夜続きで疲労した目を休めるかのように目を閉じた。

――まずは橘の若頭に連絡入れるだろ、それから……

 疲れ切った脳味噌を振り絞り、必要なことを列挙していく。――と、事務所のドアが叩かれた。

「開いてる」

 入室を促し、重い瞼をこじ開けると、そこには予想外の人物。

「お邪魔するよ」
「……毛利……」

 切れ長の瞳を銀縁の眼鏡に隠した、歳数五十程の男――毛利貴雅、前組長深海の遠縁にあたる人物である。弁護士の資格を持つ貴雅は、旭日組に大きく貢献している。

「何の用だ」

 貴雅は備え付けのソファーに腰掛け、長い脚を優雅に組みつつ、目を細めて答える。

「――次期組長についてだけどね、寿永さんからご遺言があるんだよ」
「――!?」

 進司の疲れが一気に吹き飛んだ。

「な、んだって……?」

 目を大きく開き、動揺する進司を横目に見て、貴雅は薄く微笑んだ。

「……と言ったらどうする?」

 からかわれた。進司は脱力する。

「……毛利、こういう時にそういう冗談はやめろ」
「はは、嘘じゃないよ」
「……、……嘘じゃない……だと……?」
「はは、面白い顔だね。うん、嘘じゃないよ」

 ふふふ、と笑いながら黒い鍵付きのアタッシュケースを机の上に置き、暗証番号をくるくると回す。パチリと乾いた音が響き、漆塗りの箱が現れた。旭日組の印が彫られている。

「旭日組の次期組長は、組長の指名制でしょ。でもね、寿永さんはもうご老体だったから……もしかすると、を予想してこの箱を用意してたんだ。……実際はもっと酷い最期だったけど……」

 金に輝く紐を解きながら貴雅は話す。

「『もしも三カ月以内に次期組長が決まらなければ、解け』それが私への言葉だった」

 中から現れたのは、毛筆で丁寧に書かれた深海の言葉。最後には血印が押されている。


 深海進司
 右の者を次期組長へ指名する。


「――、」
「そしてこれが私から守部……いや、深海進司へのプレゼントだよ」

 これ、結構大変だったんだからね、と貴雅は銀縁の眼鏡を押し上げながらぼやいた。固まる進司の前へ突き出されたのは、――戸籍謄本。
 時間が止まったかのように動かなかった進司が震えだした。

「あ、……」

 そして、戸籍謄本に視線を移し――母の名を見つけた瞬間、湿った染みがスーツに広がった。

「……っ、……っ!」
「君たちはもう、深海家に認められたんだよ。泣いてる暇はない……。――組長、ご指示を」

 そうだ、泣いている暇はない。

「車の手配は済んでおります、組長、ご準備を」

 涙を拭い、顔を上げる。父親を得た喜びと、組長という名を得た責任。
 無くした色が戻って来たような気がした。
 だんだんと明けていく視界は、まるで――。

「ああ、今行く」

 新しい旭日が昇った。



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