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「シズちゃん」

黄金の髪が音もなく揺れる。向けられる色素の薄い瞳に、釘付け。

…相当病んでるね。

でも仕方ない。俺、気付いちゃったもん。


「シズちゃーん」
「何だよ、気持ち悪い」

形の良い眉がピクリと歪んだ。すぐ感情が顔に出るのは直る事はないのだろう。

だから、もっと色んな顔が見たいとか。そんな事、思っちゃう訳。
だって、面白いし。
けど今の所、大半が怒った顔と言う、非常に偏った感情表現。
でも、繰り出し続けるちょっかいは日に日にエスカレートして行っている所です。

病んでるね。まったく。

「シズちゃん、暇だねぇ」
「俺は忙しい!邪魔するなら帰れ」

教室の片隅。シズちゃんは真っ白な紙に文字を陳列し、真っ黒に埋まる程に書き殴っている。
それはシズちゃんに課せられた反省文と言う大切なお仕事だと言う事は十分承知していた。
けど、構って欲しいと思うんですよ。
俺は、それもう終わっちゃったんだから。

「シズちゃん」
「だから何だ?」
「このカッコイイ臨也さんと遊ばない?」
「そのカッコイイ臨也さんとやらは俺には見当たらねぇな。だから却下だ、帰れ」
「……」

厳しいねぇ。相変わらず。

「時に静雄くん」
「何ですか、臨也くん」

単調に答えは返る。そう言うクールなとこ、嫌いじゃないよ?
でも、

「ファーストキスってどんな味だと思う?」

向けられた目が大きく見開く。そして、すぐに目を反らした。その顔はほのかに赤みを帯びている。
そう言うすぐに恥ずかしがるのが俺は好き。
だって、面白いし。シズちゃんとちゃんと会話してる感があるでしょ?

「ね、シズちゃん?どんな味だと思う?」
口の端が上がるのが自分でも分かった。

「そんなの俺が知るかよ…!」
「俺はレモンの味がすると思うんだよねぇ。まぁ、鉄板ってやつ?」
「変な事言ってんじゃねぇ!手前の激しい妄想じゃねぇか!」
「俺の妄想かどうか…試してみる?」

速攻で返る突っ込みに、それを待っていたとばかりにさらりと言葉を返す。

「…試す訳ねぇだろ、ノミ蟲!」
飛んでくる罵声が実に愉快だ。シズちゃんが面白い。

「まぁまぁ、そう遠慮しないで」
ズイっと顔を近付ける自分。
「遠慮なんかしてねぇ!」
スザっと後退するシズちゃん。
そんなシズちゃんを逃さまいと、腕をつかみ、引き寄せた。 そして、そのまま唇を寄せた。

バチン、!

先と先が触れるか触れないか…それくらいの距離で左頬にシズちゃんの右の平手が炸裂する。

「痛ーっ!何すんの、シズちゃんの馬鹿!」
左頬を押さえながらシズちゃんの方に顔を向ける。
一般人が平手を繰り出す事と、シズちゃんが平手を繰り出す事は決して同等ではない。
間違えば、病院送りとなる事を互いに承知していない訳ではないのに。
「それはこっちの台詞だ、馬鹿…!」
シズちゃんは怒りで肩を震わせている。

「試すって言ったでしょ!?」
「俺は拒否った!…信じらんねぇ…本気で変態馬鹿か手前は…!」
何か涙目のシズちゃんに思わず、動きが止まってしまう。

「なんでそこまで怒るの?…そんなに嫌だった…?」
「嫌だね!」
シズちゃんはハッキリと言った。言い方にはかなりの棘を感じる。
まぁ、始めからそうだったんだけども。
そこまでハッキリ言われるとショック以外の何物でもない。

「し、シズちゃん…あの…さ?」
「こう言うのは好きな人とやるもんだろうが!試しなんかでこんな事したくねぇんだよ…」
そう言ったシズちゃんは今にも泣いてしまいそうな顔で。
ああ、シズちゃんまだキスした事ないんだ、という事よりも先に思う感情は、可愛いかも知れないと言う事。

「手前にだって好きなやつくらいはいるんだろう?」
「まぁ…、」
「だったら、そいつとするのが本当だろう」
「そうだけど…、」
いつになく、正論を述べている。
「何を考える事があるんだよ?簡単な事だろうが」
「…それが簡単な事じゃないんだよね」

そう。すんごい難しいから困ってるんだよね。簡単だったらこんなに悩まないし。

「簡単じゃない…?」
「だって、俺が好きなのはシズちゃんだもん」
そう言うとシズちゃんは亜然とこちらを見つめた。

「聞いてる?俺が好きなのはシズちゃ…」
「バッカじゃねぇの」
再度、同じ事を繰り返そうすると、それを遮るように言葉を発した。

「シズちゃん…」
「うるせぇ!」
「シズちゃ…」
「黙れ!」

シズちゃんは会話を続けようとしない。
これは見るからに、

照れてる…?


「シズちゃんはさ…俺の事、嫌い?」
それが嬉しくて、ぶし付けた質問をしてしまった。

「キライだ」
すぐに返る答えに苦笑。

「例えば?」
「いつもいつも余裕ぶっこいてんのが死ねと思う」
「……」
「救いようもない変態思考に反吐が出る」
「……」

「…誰にでも優しいとこがムカつく」

今のだけニュアンスが違う事ない?
ムカつく、って、それは。シズちゃんの嫉妬なんじゃないの?

…どうしよう。
もの凄く、可愛いんですけど。

たった今。今すぐ、シズちゃんを自分だけのものにしてしまいたい、と思った。
いや。絶対に自分だけのものにするから。
誰かに取られてしまう前に。



「ねぇ、シズちゃん?」

呼ぶと、向けられる琥珀の瞳と音もなく揺れる金髪。
今ならもれなく、可愛さもついてくる。

もしかしたら、レモンの味じゃないかも知れないけど。
もしかしたら、ものすごく甘いのかも知れないけど。

「キスしてもいい?」

相当病んでます。

仕方ないじゃん。好きなんだもん。















「と言う、俺の高校時代の伝記を出そうと思うんだけど、どう思う、波江」
「あら、それ伝記だったの?と言うより、貴方、その年で伝記とかなめてるんじゃないの?」
「じゃあ、ラブストーリーにしようか」
「途中から嘘が入ってるんじゃ、叩かれるだけよ」
淡々とパソコンのディスプレイを眺め、キーを打ち込んでいくだけの女。
あくまでも客観的な意見と言うべきだろう。
「…じゃあ、どうしろって言うの!?」
「どうも、こうも、作り話なんでしょう?全部とは言わないわ。けれど、途中からはそうでしょう?
平和島静雄の許容範囲をはるかに超えているもの。予想するに、「…試す訳ねぇだろ、ノミ蟲!」「まぁまぁ、そう遠慮しないで」「遠慮なんかしてねぇ!」の後、平和島静雄はブチ切れたんじゃないの?
こんな茶番、貴方の胸に内のとどめておくのが一番平和的なんじゃなくて?と言うか、私にも話さないでくれるかしら?鬱陶しいから」

この女はさらりと酷い事を言うが、それは今に始まった事じゃない。
そして、核心を突く事も今に始まった事じゃない。

「妄想も、大概になさいね。平和島静雄にこれ以上嫌われてもいいと言うなら止めはしないけど」
「…やさしいねぇ、波江は」
「貴方は本当に変態馬鹿よねぇ」

それはお互い様だろうが。










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