合鍵を使って雅治の暮らすマンションの一室に入れば、雅治はリビングにあるテレビの前の炬燵に入って紅白を見ていた。その背中は丸くて、見る度に私は雅治の前世は絶対に猫だと感じる。
雅治はゆっくり振り向いて「おお、来たんか」とやる気のない声を出して私を迎えた。炬燵からは出ない。
ムカついたから、手で唯一剥き出しで無防備な首を思い切り掴んだ。「っ、お前さん何して…冷えるじゃろが!」とぷりぷり怒り始めた。冷たいのは当たり前だ。今日私は、手袋をしていない。
「ぎゃははお前それでも男かよがはははは」
「そんな笑い転げる程でもないじゃろ…」
「そんなに寒がって女子かってぎゃひひひひあはははは」
「仕方無い…証拠見せちゃるき、しっかり目ェ見開いときんしゃい」
そう言いながら仁王が炬燵から出て立ち上がってスウェットのズボンを脱ぐ所作を始めるものだから、少し焦った。ストップを大きな声で連呼すれば「冗談じゃよ。体冷えとるみたいじゃから、炬燵に入って暖まりんしゃい」なんて笑いながら言うから、からかい返された気分で、むくれながら渋々といったかんじで炬燵に入った。
(何度も見たことあるから、特別に慌てる必要もないか。)
なんて思いつつ、反り勃った状態の雅治のアレがぼんやりと頭に浮かんできたものだから、慌ててそれがはっきりと輪郭を持つ前に脳内の想像を掻き消した。別に今日はそんなことをする為に雅治の家に来た訳ではない。
雅治は台所から出てきて、カップを二つ持ってきた。一つは雅治の分のブラックコーヒーと、もう一つは私の分のホットココア。
甘いものを余り好まない雅治の家の台所にココアの粉末が置いてあるのは、他でもない甘党である私の為だ。
「せんきゅー」と言って受け取って飲むと、甘ったるい味が口内に広がった。味は規定よりもミルクが多めで私仕様。雅治は猫舌だから、直ぐには飲まない。
雅治は私の向かい側に座った。無言でテレビに目を移したものだから、行儀が悪いのは百も承知だが、足で雅治の膝をつついてやった。
「ん?なん?」
「ねえねえ雅治ーガキ使がいいよーガキ使観ようよー」
「おまん…去年もガキ使ずっと見てて『年越す瞬間逃した!何で雅治言ってくれなかったの!?ジャンプして‘俺は年越す瞬間地球上に居なかったんだぜ!キリッ’ってやりたかったのに!ばか!!』ちゅうて俺のせいにして不貞腐れて口きいてくれんかったじゃろ。
それが原因でケンカになって丸井達に笑われたんじゃ。同じことを繰り返したくはないからのう…」
「いや、今年はへーきだって!」
「どうじゃろな、全く…お前さんはとんだお姫様じゃの」
「えへへー」
雅治はチャンネルを変えてくれた。また無言で私達は、テレビの画面に食い付くように視線を向けた。
雅治の部屋で年を越す習慣が付いたのは、私達が付き合い始めたからではない。
私達が中学二年生だった大晦日に、唯一年下の赤也がお姉さん(他校に通っている)とケンカしたとかで「もう家に帰れないッス!」と泣き喚いたのがきっかけだったと思う。赤也が可哀想になってきて、みんなで独り暮らししている雅治の家にお邪魔したんだ。結局は赤也のお姉さんが元旦の早朝に迎えに来て仲直りできたんだけど。いつの間にか赤也のお姉さんと知り合いで、いつの間にか連絡して雅治の家を教えていた幸村がちょっと怖くなった。
雅治が私の足を足でつついてきた。男の子の足ってあんまりいいにおいがするもんじゃないらしいから、止めてほしい。あ、でも雅治は臭くなさそうだしいいかな。
「なにー?」
「何考えてたんじゃ?阿呆丸出しの面だったぜよ」
「うわあ、最後のヒドかー牡丹ちゃん泣いちゃうー」
「それ、俺の真似か?似とらんな」
「うっせ!
あのね、初めて私達で年を越した時の事を考えてたのです」
「ほお。で?」
「いつの間にか、皆で過ごさなくなったね」
私がそう言うと、雅治は少し伏し目になった。視線はテレビの画面に向いたままだ。
「俺達に気い遣ったんじゃなか?
皆で年越さなくなったのも俺達が付き合い始めたのも、高一からじゃろ」
「うーん、あんまそういうの要らないかも」
「それに彼女ができた奴もちらほら出てきたしのう」
「そんなもんかー」
「諸行無常ってやつよ」
「雅治うーざー!
…あ!そば!そば!雅治早く!お腹空いたあー」
「あーはいはい、ちょっと待ちんしゃい」
「はーやーくー」
重そうに腰を上げて、雅治は再び台所へと向かった。
寒がりの暑がりさんなのにごめんね、雅治。でも言うこと聞いて私を甘やかす雅治もいけないんだから!って、とんだ責任転嫁。
ふと携帯電話を開いて、ディスプレイの右上に表示されている時刻を確認した。今回もやはり、年を越す瞬間に地球上に居ない事の実現は不可能になった。あれ、これって今年にカウントされるの?それとも去年の出来事になるの?ま、いいや。
「雅治ーいつの間にか年越してたー」
「ほら、言わんこっちゃなか」
「雅治ー」
「ん」
珍しくわざわざ立ち上がって、お盆の上にある自分の分の蕎麦の入ったどんぶりを受け取る。雅治は少し驚いた後、私がどんぶりが熱くて落としそうになったのを見てハラハラしていた。
わざわざ炬燵の前で二人できっちり正座して、二人声を揃えて言うところも去年と変わりはない。
「「あけましておめでとうございます」」
あはっぴにゅーいやあ
(今年も、これからも。よろしくお願いします。)
110101/雪代牡丹
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