ありがとうございました!


*ちょっとした文章。

「え、なに、裏山?」

 筍でも掘るのかと聞き返したら、高山がひどく不機嫌そうな顔で睨み返してきた。

「何で俺が筍を掘らなきゃいけないんだよ。大体から裏山ってどこだよ。一体どこに山があるっていうんだ」

 そもそも今は筍の旬じゃないだろ、と彼は棘のある口調でまくしたてる。確かにこの辺りに山はないし筍の旬の時期ではないけれども、一体どうしたというのか。脈絡なく怒り出されるとどうすればいいのかわからない。満は屈み込んだ体勢のまま、さっきから接触を試みている黒猫を見遣った。ねえ、と同意を求めてみる。猫はにゃあと鳴いただけだった。

 鈴のついた首輪をした猫は、面白くなさそうに首を振る。ちりん、と可愛らしい音がする。撫でたいが、触るのには少し勇気がいる。人に慣れているようだから、この辺りの住民の飼い猫なのだろう。それでも、ひっかかれるかもしれないと慎重になってしまう。でも可愛い。

 彼は近くの植え込みに腰掛けた。はあ、とあからさまに大きな溜息をつく。

「うらやましいって言ったんだよ、俺は」ぶすりとした表情で彼は宣う。

「え、何が?」

 満は彼の発言の意図を掴みかねて、高山へと視線を移した。猫が足下でにゃあと鳴いた。

 彼は満がぽかんとしているのも構わず、猫に指を突きつける。「俺はそいつよりも頑張ってるのに!」

 同い年のはずなのに、彼はまるで駄々をこねる子どものようだ。彼の茶髪がゆるやかに揺れる。どちらかというとおよそも真面目には見えない彼だが、それでもこんな訳のわからないことを言い出すような奴だっただろうか。

「ごめん、何の話?」

 聞き返しながら、ふと思い出す。そういえば彼は突然何事かを言い出す奴だった。この間もそうだったではないか。おかげで公園の看板が大変なことになったのだった。思い返せば満はいつも振り回されている。前言撤回しなければならない。

 高山は突きつけるために上げた右手をそっと下ろした。所在無げに膝の上に乗せる。頬を膨らませているように見えるのは気のせいだろうか。

 満は彼の顔を覗き込むように見遣った。いつも自信に満ちているような、余裕といった様子の彼が、なんだか少し変だ。不安げにも見える不機嫌な表情をしている、ような気がする。彼は視線を地面に彷徨わせている。一体どうしたというのか。

 ふうっと彼が息を吐く。満はあえて何も言わなかった。興味深く彼の動向を見守ってみる。彼がすっくと立ち上がる。つられて満の視線も上がる。

「たまには俺にも構え!」

 それだけ言うと、高山はそっぽを向くように足早に歩き始めた。え、と間抜けな声が満の口から零れる。慌てて満も立ち上がった。今、彼は何と言ったのか。彼の発言が信じられなくて、よくわからない。そうこうしている間にも彼の背中は遠ざかっていく。

 足下で可愛らしい鈴の音がする。ええと、と戸惑いながら満は足下の猫を見てみた。ぱちりと目が合う。

「何だったんだろう」

 ねえ、と猫に問いかけてみたが、猫は「にゃあ」と相変わらずの鳴き声を発しただけだった。あれはやきもちと言うのだろうか。使い魔が猫に嫉妬だなんて聞いたことがない。満は首を傾げて、それから少しだけ笑った。



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