*6の後かなーくらいの時間軸
ネタばれ注意


耳触りな砂嵐の後、今よりずっと若かった頃の男の声が聞こえた
『よし、ちゃんと撮れてるみたいだな』

画面は床から顔を上げ、懐かしい部屋をぐるりと一周映している。この部屋は確か、子ども部屋にしていた部屋だ。ビデオは部屋の隅に佇んでいた幼い自分を目ざとく捉える。

『どぅーく、それなに?』
『ホースケ、これが気になるか?これはなぁ、ビデオカメラって言ってな、なんと動いてる映像をそのまま残すことができるんだ!ホースケも笑ってみろ!」
『……なんか、や』

幼い自分は、画面から顔を背け怯えるように縮こまっていた。この場面は流石に幼すぎて覚えていないものの、ビデオは昔から何となく嫌いだった。あの大きなレンズにじっと見つめられると体が吸い込まれるような気がして恐ろしかったのだ。それに、ビデオというものは映像を撮る為にずっと追いかけまわされるのも嫌いだった。ドゥルクは特にしつこかったし。

『何でだホースケ!?ほら、楽しいぞー!!』
『やだってばー!おっかけてこないで!』
『待てよホースケー』
『もう!どぅーくなんかきらい!!』
『!!??』

ほら、こんな風に。

そうして精神的ショックが大きかったのか、暫く幼い自分が消えていったドアの方を映し出していた画面が、突然大きく揺れた。

『どぅるくー!!』
『うおっ!?どうしたナユタ、えらくご機嫌だな?』
『うんっ、みてみて、名前がやってくれたの!!』

そうしてドゥルクに横を向いて見せた兄の、肩くらいに切りそろえられた銀髪のうちの一房が小さく三つ編みに編まれていた。ご機嫌な兄はドゥルクに言われるがままビデオカメラの前でくるりと回って見せる。

『そうか、それは良かったな!じゃあしっかりビデオに残しとかないとな。』
『うん!ねえ、かわいい?かわいいー?』
『ああ、うちの子は世界一可愛いぞー!』

なんだよそれ、ほんと親バカ。

『なんか、法介が泣きながらこっち来たんですけど、何したんですか?』

不意に、懐かしい声が聞こえた。
カメラは声の方を振り返り、20にも満たない姉が映し出される。

『お、名前!名前も笑え!』
『それ何ですか?』
『ビデオカメラだ。動画を撮ることができるんだが、ホースケには撮るなと怒られたよ』
『ああ成る程…。法介をあんまり虐めないでくださいね』
『虐めてはないんだが、まいったな…』

ちらりと映った幼い自分は、姉にしがみついて顔が見えなかった。


画面が切り替わって、いきなり大音量で音楽が流れ始める。音楽というか、姉と自分たち兄弟の歌声だった。安っぽいアコースティックギターを抱えてアップテンポの曲を奏でる姉の前で、飛び跳ねたりヘンテコな踊りを踊っている自分たちはまるで幼稚園のお遊戯会みたいだった。幼稚園行ったことないけど。

(なんか、聞いたことあるような…最近聞いたような…)

『それ、前に酒場でソースケが歌ってたな』
『ギターも歌も兄さんに教わりました。施設でよくみんなで歌ったりもしたんですよ』


また画面が切り替わる直前に気づく。今の歌はラミロアさんの歌と曲調がどことなく似ていたんだ。
次の映像は真っ暗な廊下から始まった。どうやら目の前に姉が立っているらしい。

『よし、ホースケはぐっすり寝てるな?』
『もう、法介がこっそり撮ったことを知ったらまた怒られますよ?』
『なかなか撮らせてもらえないんだ。少しはいいだろ?』

そして、姉の腕に抱かれ深く眠っている5、6歳くらいの自分が映る。ドゥルクのやつ、黙ってこんなことして。盗撮だぞ。
それにしてもなんかデコ広くないか?小さい時の俺。

『あ、顔隠しやがったコイツ』
『やっぱり寝ていたって分かるんですよ、ヨコシマな人の考えは』
『ヨコシマってお前な…』

カメラが追いかけても追いかけても、幼い自分は寝ているくせにプイッと他所を向いてしまう。自分で言うのもアレだがどんだけカメラが嫌いなんだ


それからまたいくつか画面が変わって、懐かしかったり覚えのなかったりする光景が映し出されていった。姉の歌、兄の笑顔、自分の泣き顔……家族の戯れ
中にはダッツさんのお馬鹿映像も映っていた
父は殆ど映っていなかった




場面は変わって、今度は姉が1人でビデオカメラをセットした所から始まった。背後で10歳くらいの自分と兄が寝ている。夜の寝室か。

『これを観ている頃には……なんてね。何を話せばいいかな。伝えたいことはいっぱいあるはずなんだけど、こうしてみるとなかなか言葉にならなくて難しいものだね』

画面の前で座ってこっちを観ている姉は、まるで今の俺と会話しているみたいだ。もしかしたらこのビデオは事実”俺”に向けたものなのかもしれない。
それから画面の中の姉は俺にとっては遠い昔の思い出をぽつりぽつりと語り始める。なんとなく、このビデオはあの日の前日に撮ったものではないかと予想がついた。

『大切な人はできたかな。辛い思いはしてないかな。お腹は空かせてないかな、……』


『愛しています。いつまでも、どこにいても』


姉は泣かなかった。あの日も、その前の晩も。

それからのビデオはもう撮っていないのか、画面は砂嵐に切り替わる。
真っ暗な部屋でぼーっと光る画面を眺めてから、ぬるくなったビールを一飲みした





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