季節の変わり目というのはどうしてこうも体調を崩しやすいのか。風邪を引き成歩堂さんやみぬきちゃんにまで心配された俺は仕事を早退し病院に立ち寄り風邪の薬を貰って会計を済ませた。

(…ん?)

病院から出ようとした時、病院の別の棟へと続く薄暗い廊下に見覚えのある金髪の男が消えた気がした。そしてその正体を確かめるべく、俺の足は自然と男の消えた方向へ動いていった。

金髪の男はやはり牙琉検事だった。牙琉検事は俺に気づかず、病院の奥へ奥へと進んで行く。
俺はなんとなく、そのまま牙琉検事の背中を追いかけていた。別にライバルの弱みを握ってやろうなどと考えていた訳でもなく、だからと言って牙琉検事が何か病に侵されている心配などもこれっぽっちもしていなかったが。ただただ、このまま消えていってしまいそうな彼の背中に妙に既視感を覚えたのだ。

(牙琉検事はこんな場所に一体何の用事があるんだろう…?)
ここら辺は既に診察する為の場所ではなく入院スペースとなっている。しかも、結構重体の。
もしかしたら、俺が知ってはいけないことなのかもしれない。誰しもプライバシーは保護されるべきだし、ただの知り合いに分類されるだろう俺が易々と踏み込んでいい領域ではない気がする。

(…帰ろう)
そう考え踵を返した。



「おや、帰ってしまうのかい?もう着いた所だったのに。」
オデコくん。

いきなりかけられた声にびくりと肩が大袈裟に跳ねた。気づいていたのか。

「気づいてたなら声をかけてくれれば良かったのに」
「自分を棚に上げるのは良くないな。キミが先に足音忍ばせて着いてきたんだろう?」
「うっ…。(異議も出ない)」

しかし、”着いた”とは一体何処に着いたと言うのだろう。そうふと横を見た俺はギョッとした。

大きな窓を超えた部屋には、何の管かも分からない物が沢山着いた女性が独り、中央でただ静かに眠っていた。

「あ、あれって……」
「僕の幼馴染だよ」
「え、」
「もう7年も眠り続けてるけどね」
「7年……」
「ああ、そういえばお宅の元弁護士さんも、7年前だっけ?弁護士バッチ剥奪されたの」

「あの、彼女はどうして、眠っているんですか?」
「はは、デリカシーが無いなあ。おデコくんって。」
(アンタが俺をここまで誘導したんだろーが!)
「まあでも、話してあげてもいいかな。キミにだったら。
彼女……名前っていうんだけど、7年前に駅のホームから突き落とされたんだ」
「え!それって大事件じゃないですか!犯人はもう捕まったんですか?」
「それが、まだなんだよねぇ。ホント、悔しいことに」
グッと握られた拳に、筋が浮かぶ。
強く、強く、怒りを忘れずにいようとするかの様に
「実はさ、名前が事故にあった日の朝に彼女と喧嘩したんだ」
「!それは……」
「僕は、自分を責めたよ。勿論、彼女を事故に負わせたのは犯人だ。そんなこと、分かってる。
でも、あの日、喧嘩をしていなかったら……彼女は、僕の家を飛び出さずにきっとまた違う電車に乗っていた筈だ」
「…………」
言葉は見つからなかった。
きっと、ここで「検事のせいじゃないですよ」なんて慰めたって、きっと彼の心は癒されない

「どうして、喧嘩なんかを?検事、言いましたよね。"あの日"喧嘩をしなかったら彼女は僕の家を飛び出したりしなかったって。家に遊びに来るぐらい、仲が良かったんですよね?」
「へえ、案外鋭いな!そうだね。僕と名前は、仲が良かったよ、確かに。幼い頃はね」
「幼い頃は?」
「僕が検事になった17歳くらいの頃、アメリカに行っていたのは知っているだろう?あの頃は、検事として仕事をし始めて間も無い頃で、名前とも数年ぶりの再会だったんだ。」
「なるほど……」
「ただ、彼女は少し性格が幼くてね。留学から帰った僕は、その幼稚さにイライラすることもあった。そして、そのイライラをついに彼女にぶつけてしまった」
「それが喧嘩に発展してしまった、と」
「あの日はね、僕の初めての裁判を傍聴した彼女が、僕に珍しく文句を言ってきたんだ」
「初めての裁判……って、成歩堂さんの!」
「そ。あの裁判での僕のやり方に対して、色々説教をされたんだ。『何かオカシイ』『絶対あの弁護士さんは悪くない』ってそればっかり」
「…………俺だって、成歩堂さんはやっぱり捏造なんかする筈ないって思いますよ」
「さあ、どうだろうね?僕は、未だに彼のことを信じちゃいないよ」
ずっと、喉に魚の骨が引っかかったみたいな気持ち悪さを感じてはいるけど、ね


(中略)

「じゃあ、もしかして検事って」
「……うん。
好きだよ。昔から、ずっと…好きで好きで堪らなかったんだ」

ストレートな表現をする検事に僅かに驚いた。いつも気取ったこの人は、きっと愛を紡ぐのだって気障ったらしい言葉を並び立てるのだろうと思っていた。しかしこうして飾らない言葉を使う今の牙琉検事は、本当に彼女を愛しているのだと分かる。


「バチが当たったんだ、きっと」

くだらない意地なんか張って彼女を傷つけた罰なんだ。

「離れてから気づくなんて遅いよね」

そう泣きそうな顔で笑った牙琉検事の顔はどこか幼さを帯びていた。
俺は牙琉検事と彼女の間に何があったのかは分からない。ただ、この少年のような表情が余裕たっぷりな検事の顔よりも余程似合っているように思った。

きっと本当は2人きりでいたいはずだ
そう思って俺は牙琉検事とガラス越しの彼女に一言断ってその場を後にする。去り際にもう一度振り返って牙琉検事を見てみたら、彼はガラスに頭を預け静かに目を瞑っていた。

まるでその姿は祈るように

本当に会いたい人に会えない気持ちは痛いほどに分かる。気持ちの名前は違っても、きっとその想いはそう違いないことだと思う。
いつも人に囲まれ笑っているあの人が見せた孤独な顔に、せめて彼の想いがいつか報われて欲しいと願った。


姉代わりと繋がっているようなそうでもないような
時間軸は4の3話と4話の間くらい
いつか中編に出来たらいいな
imagesong : さぁ / surface





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