この国では、死は終わりではないの。
なら、兄さんも天国で私たちを見守ってくれているのだろうか。
もし今の私たちを見たなら、きっと腹を抱えて笑っているはず。現に、私も可笑しくって仕方ない。

曰く、施設に残したきょうだい達に言わせれば、私たち兄妹は仕草も、楽観的な性格も、そしてツボが浅くてすぐに笑い出すところもそっくりだったらしいから。




「こらっ、ホースケ待ちなさい!」

ドゥルクさんの声が木霊する。ドタドタと響く廊下の曲がり角の先。バスタオルを広げ、足をついて私はじっと獲物を待ち構えた。そして段々と足音が近づいて来て……

「 捕まえたっ! 」

茶色く柔い髪を、うりうりとタオルで拭いていく。真っ白いタオルからぷはっと顔を出した法介は、楽しそうにきゃあっと声をあげてはしゃいでいる。


法介は特に重い病気にもかからず、無事に2歳の誕生日を迎えたばかりだ。健康に育ってくれた法介とナユタには感謝が尽きない。この1年間はあっという間に感じてしまった。
やはり子どもの成長とは早いものだ

約1歳を過ぎた頃の法介は、まだまだ疎いが意味のある言葉を喋るようになった。
最初に喋った言葉は「るーく」
おそらくドゥルクさんを指す言葉は、舌を上手く使えない幼子にはまだ早かった様だが、ドゥルクさんはそれを泣いて喜んでいた。
そしてそのドゥルクさんが私を呼び捨てで呼ぶ影響なのか、私も「名前」と2人に呼び捨てで呼ばれてしまっている。
別に私はそれで構わない……ただ今は、法介が「ママ」を呼ばなかったことに独り胸を撫で下ろしたことを誰にも話せないでいる。法介の母親は優海さんただ1人であってほしいという私のワガママだった。そして、ナユタの母も、アマラ女王に代わりは居ない。


「…名前??」

ハッと気がつけば、チョコレート色のまん丸な瞳がキョトンとこちらを見上げ首を傾げている。その頭のツノの先から一滴、乾ききっていない水が滴り落ちた。

「あっ、ごめんね法介。速く拭かないと風邪ひいちゃうね」
「ふふっ、ふ、おみみ、くすぐったい!」
「ほら、耳の穴までちゃんと拭かないとだーめ」
「やだぁー!ふふ、あははは!!」
「あ、こら、ちゃんと大人しくしない子には……こちょこちょの刑だー!」
「きゃー!?こちょこちょやー!!あはははは!ひゃはははっ!」

存分に法介とのイチャイチャを楽しんでいると、駆ける足音と共に非難の声が浴びせられた。

「あー!!名前とホースケたのしそう!ずるいー!」
「あ、ナユタ!ナユタもおいで」

法介を拭いたタオルとは別の、ふわふわのタオルを法介とナユタに向かって広げてみれば、2人とも迷わずタオルの中へと飛び込んできた。タオルで2人をぐるぐる巻きにしてみたり、うりうりとほっぺたを擦りよせたりしてみれば、楽しそうな声が上がり一層こちらも心が弾む。後からやって来たドゥルクさんが子ども達に負けず劣らず遊び楽しんでいるのを見て呆れていたけれど、止めることはしなかった。

毎日を過ごすほど、愛しさは増してくる。兄さんの居なくなった今、唯一の血の繋がりのある法介に依存をしてしまうこともあるけれど、法介も、ナユタも、そしてドゥルクさんも。私にとっての大切な家族となったのだ。
こうしてくだらないことで笑い合える日々が、楽しくてしょうがない。

ねえ、兄さん。貴方はいま何処にいますか?
私たちのこと見守ってくれていますか?
私は今とても、幸せです。