「革命軍だ。その名も”反逆の龍”」

「弁護罪が制定されたのは知っているか?」

「名前、お前は革命軍に入るといい。革命軍であの事件について俺たちと真実を追うんだ」



私は法介とナユタの離乳食を作りながら、ドゥルクさんの言葉を頭の中で反芻させていた。
この電気も通らない様な山奥の家で4人で暮らし始めて数週間が過ぎた。全く知らない者同士でいきなり共同生活を始めるのは、自分から言い出したこととは言え不安ばかりであったが、特に問題無く進んでいる。元々全く知らない人と一緒に暮らすというのは初めてのことではなかったし、大して心配することはなかったのかもしれない。「これから家族になるんだから」と呼び方を変えさせられたのにも慣れてきた。

「ナユタ、あーん」

眠っている法介を紐で背に背負ったまま、スプーンに掬ったなめらかにすり潰した人参を椅子に座るナユタに食べさせようとしたら、少し嫌そうな顔をされてしまった。結局はあむあむと食べるのだけど、私がごはんをあげようとすればこの態度だ。

(家族になる、かあ…)

こんな風に嫌われていては、私と家族にならなきゃならないナユタの方が可哀想な気もする。


「名前、帰ったぞー」
「お邪魔するであーる!」

口の端から溢れた人参を拭いてあげていれば、ドゥルクさんが帰って来たようだ。それに、なんだか他の男の人の声もする。おかえりなさいと言いながら振り返った先に居たのは、あの裁判の日に隣に座っていた人だった。

「裁判の日以来であーるな!ドゥルクから話は聞いている。俺はダッツ・ディニゲル。よろしく頼むであーる!」
「その説は…本当にお世話になりました。私は王泥喜名前です。こちらこそよろしくお願いします」
「うむ、名前は礼儀正しい奴であーるな!ナユタ坊も久しぶりであーる!名前の背に乗っかってるのは何て名前であーるか?」
「この子は法介といいます。私の弟です」
「おお!お前がホースケであーるか!」
「ほら、この前話しただろ。数週間前から4人で一緒に暮らしているんだ」
「そうかそうか!よし、ナユタ坊もお気に入り、ダッツ様特製”いないいないばあ”を見せてやるであーる!」

ダッツさんはニコニコしていてとても良い人そうであったが、この展開には嫌な予感しかしない。

「いないいなーい………ばあ〜であーる!!!!」
「びえぇぇぇぇぇえええええん!!!!!」
「何でであーるか〜!?」

嫌な予感は見事に的中してしまった。
いきなり現れたダッツさんの顔が相当怖かったのか、ただびっくりしてしまったのか。法介は大声を上げて泣き出してしまった。ナユタもそれに触発されたのか、次第にぐずり始めてしまう。
それに慌て始めるのは大人達であった。
180cmはあるだろう大の男2人が赤ん坊がどうすれば泣き止むか慌てふためく姿はどうにも情けなくて、

「…ふっ、あはははははは!」

ほんと、可笑しかった。

「…ハッ!名前には効いたであーるな!」

そうじゃない、と呆れたドゥルクさんの顔も、きょとんとしたナユタと法介の顔も。



「名前」

皿を洗っていた手を止めて、声のした方へ振り返る。酒を飲んで酔っ払ったドゥルクさんの顔は少し赤かった。一緒に夕飯を食べた後でつい先程帰って行ったダッツさんの方がベロンベロンに酔っ払ってはいたが、あの人は大丈夫だろうか。いきなり来てはいきなりハプニングを起こすなど、なんだか嵐のような人だったな。

「悪いな、後片付けまでさせちまって」
「いえ、これくらい、大丈夫ですよ」
「……。」
「な、何ですか?」
「いや、名前はあんな笑い方をする奴だったんだなと思ってな」

あんな笑い方、とは。どの笑い方だろうか。私がドゥルクさんの言葉の意味が分からずに首を傾げていると、彼はダイニングチェアに腰かけながら小さく笑った。

「いや、元々あんな笑い方をする奴だったのか」
「??」
「今日、声を上げて笑っていただろ。あんな風に笑うお前は初めて見たからな」
「はぁ…そうですか?」
「お前はなんていうか…いっつも穏やかな笑い方をしていたからな。”母の顔”ってやつかもな」

私はその言葉にますますどんな顔をしていたのか想像つかなくなってしまった。私にはそのモデルとなる人物が居なかったから。
しかし、言われてみればそうなのかもしれない。穏やかな笑い方で思い出したのは優海さんのこと。私は無意識に彼女の代わりをしようとしていたのだろうか。

「普段の顔だって悪くはねえが、声を出して笑う方が俺には似合って思えたぜ」
「…よく、分かりません」
「ああ、そうだな。あんな事件があった後だ。なにか変化があったとしたって、何ら可笑しくない。無理に戻す必要だってない。ただ、無理をしているんじゃないかと…思っただけだ」

無理なんて、してない
そう言えれば良かったのに。強いお姉ちゃんだったら、良かったのに。

「…ナユタが」
「うん?」
「ナユタが、私がごはんを食べさせようとすると、嫌がるんです。やっぱり、私じゃ駄目なのかなって、アマラ様じゃなきゃ駄目なんだって…。私がもっと強いお姉ちゃんだったら良かったのに。ううん、お母さんの代わりになれたら…。私、家族なんて居なかったから、お母さんなんてよく分かんなくて、家族になんてなれないって、」

何だこれ。自分でも何言ってるのか分かんなくなってきた

こんなんじゃだめだ
強いお姉ちゃんにならなくちゃ
母親を失ったあの子たちを支えなきゃ
無理なんてしなくたって笑えるくらい強いお姉ちゃんにならなきゃ

そごで ポン と頭を撫でられ、そのままぐしゃぐしゃと掻き混ぜられた。
何が何だか分からない私は、昼間の法介たちみたいにポカンと目の前で優しく笑うドゥルクさんを見つめた。あ、なんか今の、兄さんみたい

「そうか、薄々感じてはいたが、 施設育ちだったのか。妙に幼い子どもの世話が手馴れていると思ったが。」
「っ…」
「そうか、だからか。…名前」
「は、い」
「俺はお前と本当に家族になりたいと思っている。俺のことを兄の様に思って接して欲しいし、ナユタを血の繋がったの弟の様に愛して欲しいと思う。」
「……」
「だがな、急ぐ必要なんて無いんだ。家族ってのはな、一朝一夕でなれるもんじゃねえ。お前のペースで、お前がなりたいように家族になっていけばいい。」

なりたいように。そうやって言われたって、やっぱりまだよく分からない。
でも、ドゥルクさんはゆっくりでいいって言ってくれたから、きっと、その答えもいずれ分かればいいのかもしれない。ただ、なんとなく、私は兄さんみたいになりたいからふたりのお姉ちゃんになりたいのかもしれないなんて、ぼんやりと思った。
そうして私がやっと頷いて見せると、ドゥルクさんはにっかりと笑った。

「しかし、ナユタが飯を嫌がるというのは信じられんな…」
「それはご飯をあげるのが私だからとか、アマラ様じゃないからとかなんじゃ?」
「いや、ナユタは基本乳母に飯の世話もしてもらってたからな。アマラじゃないというのも関係ないだろう。乳母も一人じゃなかったしな」
「そうですか…」

落ち込んでしまった私に、ドゥルクさんは私のせいではないととっさにフォローを入れてくれた。申し訳ない……。
なかなか原因が思いつかず、ふたりで腕を組み考え込む。

「なあ、ナユタにいつもどうやって飯をやっている?」
「えっと…施設ではあれぐらいの子どもなら椅子に座らせて離乳食をあげるのを手伝っていたので、ナユタにも同じようにしていました。」

私の言葉に、ドゥルクさんは何かひらめいたように頷いた。
「それだな」
「え?」
「ナユタは未だに抱きかかえられながらじゃないとすぐ不機嫌になるんだ。多分、椅子に座らされたままってのが嫌だったんだろう。ちゃんと椅子で食べる訓練もさせるべきだろうが…明日はとりあえずそうして食べさせてみるといい」

なんだ、ナユタって、意外と甘えん坊さんなんですね
そう言ったらなんだか可笑しくなって、ナユタと法介を起こさないよう肩を震わせ二人で笑った。

そして次の日、昨日の話の通りナユタを抱き上げて食べさせれば嫌な顔せずおとなしくしてくれて、距離が縮まった様で嬉しかった。