ある日の昼下がり、ドゥルクさんが狩りから帰ってくるとうさぎを手に持って笑顔で「今夜はうさぎ鍋だ!」と言い放った。
未だ生きてるその野うさぎは、耳を掴まれながらもドゥルクさんから逃れようとジタバタもがいている。

「その野うさぎ……今から捌くんですか?」
「ああ!うさぎ鍋は美味いぞ!毛皮は高く売れるしな」

うさぎを食べる習慣の無い環境で育った私は、思わずその言葉に眉を寄せてしまった。どうしてもかわいそうだとか食べるのは嫌だとか思ってしまう。しかし、自由に食材を選べることの出来ないこの環境では、狩りで捕まえた動物は貴重である。せっかく捕まえて来てくれたドゥルクさんに、私はそれ以上何も言おうとは思わなかった。
しかし、ドゥルクさんに否を唱えたのは子ども達の方だった。居間で遊んでいた法介とナユタの二人は、ドゥルクさんの手にいるうさぎを見てみるみる内にその目に涙を溜めた

「ど、どうした二人とも!?」

ウルウルした目で見つめられ、ドゥルクさんは思わずうろたえる。子ども達はドゥルクさんに縋り付いて訴えかけ始めた

「ドゥーク!うさいさんたべうの!?」
「やだ!ぼくうさぎさんたべるのやだからね!!」
「おねあい!ドゥーク!!うさいさんたべるのナイナイ〜!」
「ぼくたちおせわする!おねがい!」

ドゥルクさんはしばらく視線を彷徨わせて私に助けを求めたりしていたが、子ども達に甘い彼は結局根負けしてしまった。

命名ぴょん太
家族が増えました。


お世話するから!と宣言したナユタも、ぴょん太を食べたくないと主張した法介も、しっかりとぴょん太のお世話をしている。と言っても、森に生えたカズラの葉を餌としてあげたりする程度のお世話ではあるが。幸い、私達の家は山奥の広々とした場所にあるので、うさぎ用の小屋を用意する必要もなく半放し飼い状態なのだ。
ドゥルクさんは結局、このぴょん太を二人の情操教育の一環として世話を任せることにしたため、ぴょん太が最終的に逃げようがそれが定めと考えさせる方針らしい。野生的で古典的だが、この大自然で育てるならそれもありなのかもしれない。

ぴょん太は野うさぎなので、ペットショップに売られている様な愛玩的可愛さは一切ない。が、この小憎たらしい目つきがちょっと愛らしい……所詮ブサカワというやつだった。
私はぴょん太を飼うことについては特に意見を言うことは無かったけれど、食べないことに正直ホッとしたし案外ぴょん太を気に入っている。
法介とぴょん太を撫でながら、ヒクヒク動く鼻をじっと見つめる。撫でようと手をかざせば、「撫でろ!」と言っているかの様に頭を押しつけるところなんかは堪らなく可愛いと思う。でも、抱っこはあまり好きではないようで、餌をやっていた法介がぴょん太を持ち上げようとすると、するりとその腕の間をすり抜けて走って行ってしまう。

「ぴょんたまって!」
「法介、足元気をつけて……あ、」

ぴょん太を追いかけようとした法介が、石につまづいてすっ転んだ。すぐに駆けつけると、法介は一瞬ポカンとした後堰を切ったように泣き始める。膝っこぞうと手のひらを擦りむいて血が出ているようだった。

「ぅ、うぇえええ〜〜ん」
「うんうん、痛かったね法介。ちょっと染みるから我慢してね」
「ヒック、ヒック、うぅぅ……」

ハンカチを水道で濡らし、傷に付いた砂を拭いた後に消毒液を掛ける。消毒液がジンジンと染みるのか、少し収まりかけた泣き声がぐずるように変わる。
絆創膏代わりのガーゼを貼ったところで最後の仕上げ、膝の傷に向かって指を円を描くように動かす。

「いたいのいたいの、飛んでいけ!」

キョトン。
私が子ども向きのおまじないを、さも魔法をかけるように使うと、何をしているのか理解できていない法介が私を見上げる。びっくりして涙も止まったようだ。
他の傷にもどんどんおまじないをかけていく。その様子が面白いのか、法介がキャラキャラと笑いながら私の真似をし始めた

「いたいのいたいの飛んでいけ〜!」
「とんでけー!」
「いたいのいたいの……飛んでいけー!」
「いたあのいたあの、とんでいけー!」

「う、ぐわああぁあ!いたいのいたいの飛んできたであーる!イタタタっ!」

おまじないを飛ばした方向になんとダッツさんが来ていたようで、腕を抑えて大袈裟に地面にうずくまる。
ダッツさん、ちょっと口が笑ってますよ。
それに騙された法介が焦ってダッツさんに駆け寄って、覚えたばかりのおまじないを一生懸命にかける

「いたあのいたあのとんでいけー!いたあのいたあのとんでいけー!」
「うう、今度は膝が痛くなってきたであーる……」
「えー!?いたあのいたあのとんでいけ!いたのいたあの、とんでって!」

慌てた法介がそろそろ泣きそうになってきたところで漸く、ダッツさんは立ち上がった。

「おお!いたいのいたいの飛んでったであーる!」
「ダッチュ、いたいいたい、ナイナイ?」
「ああ、ホースケは良い子であるな!凄いであーる!」

ダッツさんから頭をよしよしと撫でられ、法介は満面の笑みで頷いた。自分の怪我はすっかり忘れてしまっているようだ

「ダッツさん、こんにちは。今ドゥルクさんはナユタと山菜を採りに行っていますよ」
「ああ、ドゥルクに用があったんで待たせてもらうであーる!それと、これ、土産であーる!」
「わあ、美味しそうな林檎!」
「リンゴ!?やったー!」

ダッツさんの差し出したカゴいっぱいのツヤツヤした林檎に法介と一緒にはしゃいでいると、林檎の匂いにつられたのか、戻ってきたぴょん太が足元で鼻をヒクヒクさせていた。

「お!活きの良さそうなうさぎであるな!今夜はうさぎ鍋であーる!」
「?! ダメー!!」

その後は、ドゥルクさんが帰ってくるまで、ダッツさんが怒った法介の機嫌を取ることになるのだった。