「美味しいお店があるんだ」なんて。
確かに料理はとっても美味しいし、お酒も文句無しに旨かった。
ただ、こんな店だなんて聞いてない
いかにも高級そうで、個室型の芸能人のお忍びの為のお店だなんて。いや、確かに牙琉検事は元芸能人だけども。


「そんなに緊張することないのに」
「私…こういうお店来るの初めてで。こんな高級店に来ると思っていませんでしたし」
「事前に知らせていなかったのは悪かったね。君を驚かせたかったんだ」
「あ、いえ、牙琉さんは何も悪くないので、謝らないでください」

あーなんでこの口は可愛げの無い言葉しか言えないんだ。
そもそもなんで牙琉さんは私を食事に誘ったんだろ
私と呑んだって楽しくないんじゃないかな

(あ、このお料理美味しい)
流石高級店とも言える柔らかな肉料理に舌鼓をうっていると、響也はそんな料理を美味しそうに食べる名前を優しい目で見つめていた。



「うわっなんですか」

お手洗いに立ってから戻って来た響也は、なんか、すごくニヤニヤしていた。でもイケメンはニヤニヤしててもイケメンだった。
そしてそのニヤニヤした顔のまま、名前の隣にトスンと腰を下ろしてきた。

「!?」

混乱する名前を置いて、響也はぐいっと名前の顔を覗き込む。そして急に真剣な顔をしこちらを見つめたまま、だんだんとその顔が近づいてくる。

「顔っ!かお、ちかいですっ…」

響也が近づくたびに背を反らすも、遂に背は壁に着き逃げられなくなってしまう。パーソナルペースなんて関係ないとばかりにあまりに近くなった顔に、もうだめだという気持ちで強く目を瞑ったが

「ぶはっ」
「!?」

響也はもう耐え切れないとばかりに吹き出した。

「なんなんですか、もう…」

揶揄われていたのか、と疲れ気味に呟けば、響也はさっきとは違い、柔らかくはにかむ様に笑った。

「俺、君といるの楽しい」

響也の珍しい笑顔に、名前はびっくりしたように彼の顔を見つめた。響也は基本的に笑っている顔の方が多いが、それは大体ファンその他一般の女の子達に見せる甘い微笑みであったり、自信ありげに眉を上げ笑ってみせる笑顔(ドヤ顔とも言う)であったからだ。
それに、私と居るのが楽しいってどういうことだろう。牙琉検事の周りには可愛い女の子なんて沢山いるだろうし、自分に可愛げがない事など分かっているつもりだ。

「牙琉さ…」
「ん?」


「……いえ、なんにも」



「名前ちゃんも酷いよね。頑なに奢らせてくれないんだから」
「女だから奢ってもらう、とかそういうの好きじゃないんです」
「まあ、名前ちゃんらしいけどね」
「でも本当に美味しかったです、ありがとうございました」
「そうだろう?このお店は俺にとってとっておきなんだ」


とっておきって、どういう意味だろう。なんでとっておきのお店に私を連れて来てくれたんだろう。

なにが「美味しいお店があるんだ」だ
何故か分からないけれど、ふわふわしたわたあめの上を歩くような変な気分で名前は響也の横を歩いていた

Special to you

(お財布の中身が寂しい…)


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