前回の続き。







「さすけせんせー!」
わああと歓声を挙げる小さな子供たちが我先にと佐助に群がった。黒色のエプロンを着け胸のあたりには花の形のネームプレートがあり、ひらがなで名前が書かれている。
「だっこして!だっこ!」
「かたぐるまー」
「…つみき」
「あそんで、あそんで」
わらわらと小さな手が必死に手を掴んでくるので困ったような笑顔でそれに従った。

「順番、順番!先生はひとりしかいないんだから」
小さな背丈。大きな目。舌足らずな口調。どこを見ても懐かしい。それは佐助がすっかりと仕事に慣れて、園児の名前や特徴を覚えた頃にふと思ったことである。
今では小さかった頃の面影は段々と消えていき、すっかり大きくなってしまったが、それでもあの子はあの子のままだ。酷く愛しい。どれだけ経とうとも、この思いだけは昔から何も変わってはいないのだ。

今日仕事が終わったらメールでもしようかなと上の空でぼんやりしていたら誰かに名前を呼ばれていたことに気づく。
「さす…せ、さすけせんせー!」
「……え?ああ、どしたの」
やばいやばい。今は仕事中だったんだ。すぐさま意識を目の前の子供に向ける。
「つづきはー?」
佐助の膝の上に座る慶次という男の子が絵本(日曜日に放送してる戦隊もの。フルカラー)の続きをまだかまだかとせかしている。
「あ、ごめんごめん。えっと続きは……」
感情を込めて絵本を読み進めた。
それは敵役が倒された時の絶叫や女性の悲鳴などちゃんと読まないと、この子は何度も読み直しをさせるということを知っているからである。

「……次週急展開!またまた伊達が真田にさらわれた!?何やってんだリーダー!深まる仲間への不信感。リコールだリコール!リーダー交代しろ!
『第11話 再 変態と書いて幸村と呼ぶ!』愛と正義のバサラレンジャー!来週もお楽しみに!…はい、おしまい」
知り合いの名前ばっかだなこの本。そう思いながら絵本を閉じた。

ちなみにタイトルは戦国戦隊バサラレンジャー。
リーダーは団子好きのレッド。
自己管理の出来ない皆の世話係オレンジ。
休日は宗教団体にて活動中グリーン。
生物学状雌ならなんでもイケるイエローは今日もナンパ中。
パープルはいつだって一人仮面舞踏会。
そして世のお母さま層をわしづかみにしたのが敵幹部の青いお兄さん。眼帯がトレードマーク。
リーダーのレッドが一話目で敵幹部に一目惚れしたらしく度々誘拐まがいの行動をとるらしい。何やってんのリーダー。そもそも子供向け番組でいいのかそれ。

朗読を聞き終えた慶次は満足そうに立ち上がり変身のポーズを何度も真似する。
「おお、上手い上手い」
パチパチと拍手をしてほめると慶次は嬉しそうに笑った。それに気を良くしたのか佐助にも変身のポーズを教え始める。
「ちげーよせんせー!こうだって、こう!」
「えっと…こうか!」
佐助も立ち上がり、見様見真似で変身した。自身が小さい時から幸村や政宗の世話をしていたせいか子供の扱いには随分と慣れていたし、大学の実習などでしっかり勉強した佐助にとって子供たちのテンションについていくことなど容易なことである。
「もっとつよそうに!」
「こうだな!!」
ただしそのテンションを知り合いにはあまり見られたくないらしい。

「せんせー…」
慶次の変身のポーズの講義中に後ろからエプロンのすそを引っ張られる。その声に振り返ると生まれつき体が弱いらしく顔の半分を大きなマスクで覆った半兵衛がいた。
「ん、半ちゃんどしたの?」
佐助は生徒をこの様に名前+ちゃん付けをして呼ぶことがある。この年頃の男の子にその呼び方はあまり良くないのかもしれないが、どの子も大して気にしていないようなので仲良くなるひとつの手として使っていた。
「ひでよしが、」
眉をハの字に下げて悲しそうな顔をして半兵衛は見上げてくる。膝を曲げて佐助は話を聞きやすい体勢をとった。

「? なんかいじわるされたの」
秀吉というのは佐助の担当する年少組の中でも特に体が大きいのが特徴的な男の子である。時代が時代ならガキ大将になっていそうだ。
そう、オレンジの服で、殺人的な歌声とシチューを作る、あの子です。

しかしその見た目とは裏腹に口数も少なく、佐助はいまだに性格がよくわかっていないのである。
「あー、はんべ!」
お前また無茶なこと言って秀吉困らせてんだろ!後ろでずっと変身やヒーローごっこで遊んでいた慶次が突然話に入ってきた。
そして佐助は思い出す。そういえばこの三人、仲が良いのだと。

「…むちゃなことなんてしていない。ぼくはひでよしにたのんだだけだ」
その一言にどうやらムッとしたらしく慶次をじろりと睨みつける。
「…ふうん。なんて言ったんだよ?」
慶次は怪しむように聞き返した。
そして、間に挟まれたままの佐助はこの微妙にけんか腰の会話を止めるべきか否かと傍観している。これがこの子達の素だったりするかもしれないからだ。
会話は続く。

「あれだよ」
半兵衛は指を窓の外に向けた。慶次と一緒に佐助もそちらを向く。そこに見えるのは上杉園長の担当する年長組が中庭広場で遊んでいる様子である。
「………?」
あれの何が関係しているというのか。ぼんやり思いながら佐助は辺りをしげしげと眺める。
「…もしかして」
あの二人のこと言ってるのと聞いてみれば正解というように半兵衛はマスクの下で笑っているような気がした。

「いえやすくんとただかつくんのことだよ」
家康と忠勝。小さくて丸くころころした家康にいつも付き添うように隣にいる忠勝。忠勝の外見はそのなんというか『21世紀から来ました!』と言われてもおかしくないロボッt…子供である。

国民的アニメな青い狸のキャラクターが多いなこの幼稚園。
ちなみに広場で遊んでいるとよく空を飛んでいる所を目撃できる。

「ぼくはひでよしにつよくなってほしいんだ」
だから、とりあえず忠勝君みたいに背中にロケットをつけて飛んでみて。とそれはそれはかわいらしい微笑みを浮かべて半兵衛は言ったらしい。
しかし結果は言わずもがな。あらかた秀吉の不甲斐なさに半兵衛は怒っているのであろう。

「…大変だな秀吉」
佐助はぽつりと呟く。それは無理だろと内心思うがそこまでは口に出さなかった。
「そうだそうだ!はんべ、おまえはまちがってる!」
微妙に芝居がかった口調で慶次がそれに同意した。どうやらアニメのセリフらしい。






長いので半分に切ります。

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