人間は二度この世に生まれるという言葉を聞いたことがあるだろうか。 昔の偉い人の言葉だと、大学の講義で何度か耳にした。 時間の経過と共に人間は新たな自己を生み出し今までの自身をどこかへと放り投げる。 所謂、思春期のことである。 そう、思春期。思春期思春期思春期。別名、前期青年期だったり春機発動期だったり。 思春期って何なんだろうね。そう佐助が呟くのもこれで何回目だろうか。 ……こっちはそれどころじゃねえよ、馬鹿。 「政宗ー」 「政宗くーん」 「政宗ちゃーん」 「政宗政宗政宗政宗」 「伊達ちゃん伊達ちゃん伊達ちゃんちゃん」 「うっるせえ!帰れ!」 「機嫌悪いなあ、もう」 朝から人の隣で思春期思春期なんて呟かれていればそりゃあ機嫌も悪くなるというものだ。 「中学生にそんなもんわかるわけねえだろうが」 ちなみにそれを提言したのはルソーだと、名前だけ覚えている自分はなかなか頭が良いのではと思ったが、教育系に進む予定はないためこれも無駄な知識で終わるだろう。 そんなことよりも、切実に知りたいことがあるのに。 その思考は佐助の呟きに停止する。 「……最近ずいぶん反抗期になっちゃったねえ伊達君は」 「は!?」 「え?」 何気ない一言のつもりだったのであろうその言葉に過剰に反応された佐助は怪訝な顔で政宗を見ていた。 その一言は自身の置かれている環境を見つめ直すには十分だった。 一拍置いて、なんでもねえよと返す。 「え、なになにどうしたのー?」 「別に、アンタには関係ないし」 「本当に反抗期なんだからー」 第一アンタは俺の親ではないのだから反抗期ではないだろう。 そうだ、佐助は恋人なんだ。そう、恋人。 俺達が本当の恋人になってからそろそろ一年が経つのだろうか。 最近、自分たちが世間の恋人同士とは違うことに気づいた。 佐助とは恋人なんだと昔のように叫ぶことは、もうない。 してはいけないことだと、気づいたのだ。 「伊達君が好きなの」 高く結わえられた艶やかな髪や、弱々しく折れてしまいそうな手足や、甘く柔らかな匂い。 今までに味わったことのない感情。 「私と、付き合って」 酷く、甘い匂いがした。 目の前で震える彼女に目眩を起こす。 「…………」 何も言えず黙っていると彼女は待ってるからとその場を立ち去る。 何を言えばいいのか、何を言おうとしたのか、何も思い浮かばなかった。 佐助のことを思い浮かべて、一言恋人がいると口に出せば良かったはずなのに。 何故自分がこんなに考えているのかわからない。 ただ、あの匂いは嫌いじゃなかったのだ。 それでも、 「悪い」 期待を持たせて悪い。すぐに返事が出せなくて悪かった。 そう返事を返すと彼女は困ったように笑う。綺麗だと、素直に思えるほどに。 「そうなんだ、やっぱり好きな人いるんだよね」 「その、ごめんな」 「……伊達君は、困ったときにいつもそうやって頭をかくね」 そんな所も好きだった。 少し押せば泣き出しそうな瞳を向けてそう言う彼女が、何故か頭から離れない。 「アンタは俺のことが好きか?」 脈絡もなく問いかける俺に佐助は困ったように頭をかいた。 「え、なあにいきなり?」 「俺は困ったときに頭をかくアンタが可愛くて好きだよ」 「……いきなり素直になるんだから。うん、俺も同じ」 浮気なんてしないでよと隣に座る佐助の言葉に笑いかけた。 「大丈夫。俺にはアンタだけだ」 守らなきゃいけない存在はお互いだと知っている。 女の子に興味を持った伊達君の話。 彼女に抱いた感情は庇護欲なんです、多分。 恋人にはなにも言わないで自己完結する伊達君は駄目ですか。 |