現代。 政宗の立場が何故か弱い。 春休み。 特になにも用は無く、課題や作文などの休み時には必ずと言って良いほど出される面倒事も無い。休み自体、中途半端な期間のため旅行やバイトをする気も起きず、新入生以外は特にやらなければいけない事もない。 そんなお休みの時期である。 「……暇、だな」 はあと、伊達が煙草の煙を吐き出しぽつりと漏らした。 ため息の主はベランダに腰掛けちらちらと浮かぶ雲を見上げる。彼も例外に漏れることなく暇なのだ。 遊びには行きたいが金は無いし目的地まで向かう気力も無い。だらだら思っていると机の上に置いてある伊達の携帯が鳴り響いた。 背中からぱたんと倒れて机に手を伸ばす。そのまま電話に出た。 「伊達ちゃーん、生きてる……よね?暇なんだけどそっち行って良いー?」 携帯の向こうから酷く間延びした声が聞こえる。 「アンタか、土産持って来るんなら良いぜ」 「やったー……」 あと五分くらいで着くと佐助が最後に告げて通話は切れた。 それだけ早いってことは最初から近くにいたのか。 寝転がったまま携帯を机に戻した。 伊達は段々と短くなってきた煙草の火を消す。新しいものに手を伸ばしこれを吸い終わる頃にはやってくるだろうと白い息を吐いた。 *** 「伊っ達ちゃーん!」 聞こえてきたチャイムの音におもむろに鍵を開けるとドアが勢いよく開き近場のコンビニの袋をぶら下げた佐助がそこにいた。 やっぱり近くにいたんだなとぼんやり思う。 「テンション高えよ……」 せっかく会いに来たんだからテンションも上がるもんよとにやにや笑う佐助を一瞥すると玄関にまだ残る人影に気付いた。 「ん、元親もいんのか」 「よお、俺も暇なんだよ」 その言葉に反応して家主よりも先に部屋の中でくつろいでいた佐助が伊達の背中に声をかける。 「途中で親ちゃんと会ったから誘っといたの」 「アンタは俺の家をなんだと思ってんだ」 「第二の我が家」 「という名のたまり場」 「帰れ」 「親ちゃんアイスどれが良いー?」 「じゃあガリガリ」 「聞けよ!」 「伊達ちゃんは何が良い?」 「……無視かこの野郎」 そして心底嫌そうに俺もガリガリと伊達は呟く。 それじゃあ残りは冷蔵庫にいれとくからと慣れ親しんだ我が家のように佐助は動いた。 「……………」 なんで俺より手際が良いんだこの男。 その様子を横目で見ながらアイスに罪は無いと言い訳するように食べはじめる。 「あ、うま……なあ、なんか暇潰せるようなことないのかよ」 「あったら来ねえだろ」 既に食べはじめていた元親の言葉にそれもそうかと思いながら伊達はがりがりがりと溶け始めたアイスを食べることに集中した。 「あんま急いで食べると頭痛くなんぞ」 元親が心配半分冗談混じりで声をかける。しかし自信満々に伊達は笑った。 「そんなの簡単にならねえよ馬鹿……いて」 「いやいやなってる。それ思いっきりなってんだろ。……変な所抜けてんなあ、お前」 「……うるさい、黙れ。馬鹿」 減らず口を叩きながらもやはり頭は痛いらしい。伊達はいたたたたと頭を抱えてした。 大丈夫かと控えめに声をかける元親の声でさえ頭に響く状態である。 しかしそんな状況とは露知らず。 「ねえ、この氷枕出して良いー?アイス全部冷蔵庫に入んないしさー!」 台所でアイスの整理をしていた佐助の声が伊達の脳天を貫いた。 「い…いってえええええ!!!」 頭を強く抱え苦しそうに足をばたつかせる。そんな伊達の様子に元親は呆れたようにため息を吐いた。しかし佐助が再度問いかけを投げた時には、かかかと楽しそうに笑って答える。 「佐助、政宗が今死にそうになってるから大声上げんなー」 「元親お前うるせえ!ってマジで痛え!」 何やら騒がしい居間に何事かと、氷枕を机の上に置いて佐助がふたりのそばに近づいた。 「…何やってんのー?」 「アイス早食い選手権で見事政宗が脱落した」 優勝は俺だと笑う元親に痛む頭を押さえながら伊達は吠える。 「ちょっと待て!そんな勝負誰がいつやるなんて言った!……っいたたたた」 ふたりの様子に何があったのかなんとなく理解した佐助は苦しそうに暴れる伊達にちらりと目を向けた。 「ああ、そう。伊達ちゃん…本っ当に馬鹿だね」 「うるさい……」 頭の痛みは一向に引かず、悔しそうに呟く伊達はしばらく頭を抱えて震えることになった。 *** アイスも食べ終わりその後は各々好きなことをして時間を潰していた。 時計の短針が半分を過ぎた頃になると昼間晴々としていた空が雲で覆われる。大粒の雨で視界が見えなくなっていた。 そろそろ帰らせようかと考えていた伊達にとってこれは面倒な展開である。 「うっわ、帰れない…」 「雨で濡れたくねえ……」 しかし級友達の困ったような表情を見てしょうがないかとため息をつく。 「……なら泊まっていけよ。今日、夜からずっと雨なんだとさ」 「伊達神様ありがとう」 「というか元からそのつもりだった」 ……前言撤回したい。お前達、絶対感謝してないだろ。 「というか伊達ちゃん、お腹すいた」 「なんか作れ」 「…………お前達が作れよ」 「料理なんか出来ない」 「まあ、食費くらい出すからよ。ほれ」 「しかも小銭か……」 何なんだこいつらは。何なんだこいつらは。 今だけ実家に置いてきた小十郎が懐かしい。いつも俺がわがままばっかり言っていたな。今ならお前の気持ちが分かるぜ。ごめん。 もう少し感傷に浸っていたいのに早く早くと急かすふたりの疫病神に悪態を付きながら、もう何も無いよりはましかと思い、伊達は銅色に鈍く輝くそれを握りしめ立ち上がる。 「何か食いたいもんあるか?」 せっかく作るのだから何かリクエストくらい聞いてやろうと意外と献身的な伊達。 「カップめん以外」 「食えるもの」 しかしふたりの疫病神のその一言は彼の堪忍袋の尾を切った。 「馬鹿にしてんだろお前達……俺の手料理見てビビんんじゃねえぞ!」 目に見えるくらいに憤怒している伊達にふたりは少し怯む。しかしすぐにお互いの顔を見合わせ笑った。 「どうせカップめんにお湯注いで出す気だったんでしょー?」 「もしくは輪切りになったきゅうりとかか?全部つながってるやつな」 いかにも馬鹿にしたようなその言い分を黙っていられるほど伊達は聖人ではない。 もちろん、怒った。 「うまいって絶対言わせてやるからな!」 「あっと言わせることが出来たらさあ、なーんだってやってあげるよ伊達ちゃん」 「……ま、出来るんならなあ?」 ふたりはまた顔を見合わせ高らかに笑う。俗にいうアメリカン。 頭に血ののぼった伊達はその笑い声を気にも留めず台所に入っていった。 その後ろ姿を見送った後、佐助が小さな声で元親に問いかける。 「……成功した、よね?」 「多分」 元親も台所で未だに憤慨している伊達に聞こえないように呟いた。 「親ちゃんさあ、怒らせすぎたんじゃないの?」 食事代払うとか言っといて全部十円玉は酷いって。どんな嫌がらせだよと佐助は言う。 「お前だって、カップめんはないだろ」 それに負けじと元親も反論した。 「だって、伊達ちゃん怒らせた方が良いって言ってたじゃない。そっちの方が躍起になって作るからって」 「お前が政宗の手料理食べてみたいって言ったから手助けしてやったんだろ!」 「はあ!?その言い方何なのさ!第一親ちゃんだって食いたいって言ってたじゃん!」 いらないなら俺がもらうからと佐助が言うと元親は必死に否定する。 「ざけんな!こんな事までしたんだから俺だって食うに決まってんだろうが!」 ちなみに会話は白熱してきたが、ちゃんと小声で伊達には聞こえないほどの音量である。 そんなこんなと言い合っているうちにふわりと鼻孔をくすぐるような匂いがしてきたのに気付いた。どうやら料理の完成が近いらしい。 「……今はけんかしてる場合じゃないよね」 「……そう、だな」俺なんで、何でもするとか言っちゃったんだろと佐助が呟いた。一時のテンションに身を任せるとこういう事になるものだ。 先ほどの伊達のように頭を抱え始めた佐助を横目に元親は、あ、と何か思い出したような声を出す。 「何、どしたの」 「そういえば、あの怒った政宗、どうやってなだめるんだ」 「……え、考えてなかったの?」 「今気付いた」 「も、元親あああああああああああ!!」 アンタは脳みその中まで筋肉なのかと佐助が胸倉を掴んだ。しかし元親は引きつった笑いを浮かべて佐助の後ろに視線を向けるだけである。 「アンタはどうしていつもそうなんだ!」 「佐助……後ろ、後ろ」 「ああ!?後ろがどうかしたって?そんなのに誰が騙されるか、馬鹿!」 「……いや、本当に、後ろに」 まだ言うかお前はと佐助が元親の胸倉を掴み直してがくがく揺さぶろうとした時 「……楽しそうだなあ、お二人さん」 地をはうような伊達の声が聞こえた。 油の指してない機械のように佐助が後ろを振り返ると、全身から怒気を放った伊達がお盆を抱えて立っていた。 「……出来たぞ」 すたすたと机の前まで歩き無言で料理を置く。 「さあて、感想を聞かせてもらおうか……食えよ?」 机を挟んでふたりの真向かいに膝を付いた伊達がにこやかな笑顔を浮かべていた。一見素敵笑顔に見えるのかもしれないが、よく見ると笑っていない。目が。 (元親ああああああああああ!!ものすっごい怒ってんじゃん!どうやって今までのは作戦でしたとか言うんだよ!!) (落ち着け!もしかしたら怒ってないかもしれねえじゃねえか!……ありえねえけど) (本音を漏らすな!!) 胸倉を離し政宗と向き合うように座りもそもそと話していたが、痺れを切らした伊達が聞く。 「どうした……なあにふたりで喋ってんだ?食え」 「「……っいただかせていただきます!!」」 声をそろえて勢いよく料理に箸をつけた。伊達が満足そうに頷く。 「で、味は?」 「「トテモ、オイシイデス」」 念願の伊達の手料理は後から思い出すとお世辞抜きにおいしかった。しかし何故かこの時全く味を感じなかったそうで。 まあ不思議。 「あはは……旦那がいればこんなにおいしい料理一緒に食べられたのにね…」 そして恐怖も分かち合ってほしかった。 「ああ……毛利も呼べば良かったな…」 いや、あいつならこうなる前に帰る。俺達を生贄にして。 一向に味のしない伊達の手料理を機械のように詰め込んで詰め込んで、無くなるまで詰め込んだ。もはや作業である。 伊達は空になった食器を片付けて、あわよくば逃げ出そうとしているふたりを呼び留めた。 「さて、と……約束は守るんだろうなあ?」 「あの伊達ちゃーん……実はあれ作戦で」 「それ、俺関係ねえんだけど……」 「問答無用!!」 その晩、とあるマンションの一室から悲鳴が轟いていたのだとか。 |