「まだ用があったんだった、な」
政宗に伝えなくてはいけない事があったのにあの顔を見てしまうと何もかも忘れてしまった。腹心失格だと自嘲しながら元来た道を戻る。
長い廊下を歩き曲がり角を曲がると主の姿が目に入る。が、そこには人影が二つあった。
そして、そこにいるべきではない存在に気が付く。

「政宗様、と……真田、幸村!?」
尚且つ、あの真田幸村があろうことか主の体を抱きしめていたのだ。
幸村のことばかりを考えていた自身が出した物だと思ったのだが政宗の様子を見るとそれは幻覚ではないらしい。
真正面にいる幸村をじっとあどけない表情で見つめていた。

主が唯一認めた好敵手。
主との一騎打ちの結末を見ていたのは自分と戦っていた彼等二人だけだ。
いや、唯一客観的に見ていた自分が一番わかっているのだろう。
真田幸村は既に苦界に存在しない者だと。
それなのに、その様な存在になってさえも我が主の心を奪うのか!

幸村の表情は真摯。しかしその表情は小十郎の呼びかけに気付くや否や驚愕の表情に変わった。
政宗もその声に気付き振り向く。
「……小十郎、お前」
「か、片倉殿!某の姿が!?」
「手前何でこんな所にいるんだ!政宗様から離れろ!!」
「す、すみませぬ!!」
「その様子だと…昨日今日で取り憑いたわけじゃねえようだな……」
「取り憑かれたわけじゃねえんだけど」必死に首を縦に振る幸村に見向きもせず小十郎は人差し指を口に当てる。
「……そういえば、政宗様。あなたはこれがずっと見えていたのですか。道理で近頃様子がおかしいと――いやそんなことより」
小十郎の登場により慌てて政宗から離れた幸村はあわあわと情けない表情で二人の会話を見ていた。

小十郎は政宗の後ろをふよふよと漂う幸村を指差して怒鳴り付ける。
「真田幸村ァァァ!」
「は、はいいっ!」
「手前いつまでもうろちょろしてんじゃねえ!さっさと成仏しやがれ!」
「それは、その…某にも事情がありま」
「うるせえ塩まくぞ!」
「ひぃいい!片倉殿それだけは勘弁を!」
透明な体は泳ぐように中庭へ逃げる。
それを怒声と共に追いかける小十郎。草履を履く余裕もなく裸足である。



ぎゃあぎゃあ騒ぐそんなふたりを縁側に座り直し政宗はぽつりと呟いた。
「ああ、全く……」

「どいつもこいつもお人好しだ」









小十郎にも幸村の姿が見えるようになったよ話。

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