「初日の出を見に行きませぬか」

事の始まりは真田幸村の一言だった。
「Good morning. なに考えてんだアンタ」
と返すのは伊達政宗。口は悪いがこれが政宗の素の口調だと幸村は既に知っていた。少し毒々しいその言葉が気に障ることもない。
それほど時間は経っていた。

「昔、佐助に聞いたのです。とても良い場所があると」
頬杖をついた政宗が白いため息をついて目線をそらす。
「じゃあアンタが行けばいい」
一人でどこにでも行けるだろと興味なさげに呟く政宗は顔をしかめる。文机に置かれた手付かずの書は畳にまで広がっていた。

「そんな良い場所を独り占めするのはもったいない。それに、俺は政宗殿と行きたいのだ」
その訴えに見えないのかと指を下に向けて書を指す。
「……そんな顔したって駄目だ、馬鹿」
書に筆を走らせながら政宗は答えた。いくら相づちを打っていてもその速度は変わらずに淡々と筆が紙の上を滑っていた。いかにその執務に慣れているのかがわかる要素である。
しかし、時期は大晦日。この年を振り返り、新しい暦を受け入れるためへの準備は並ではないのだ。
天守から見ればいいと提案をする政宗の言葉は廊下から聞こえる不躾な音にかき消された。足音だ。

「政宗様!」
景気の良い音を立てて障子が開く。顔を見なくても誰だかわかる。それだけの付き合いがある人物だ。「……よう、小十郎」
ご機嫌斜めかと顔をあげると、渋い顔をした竜の右目がそこにいた。
「なんだではありません。筆は進んでいるかと思いましてね、しかし……」
ちらりと政宗のまわりを漂う透明の姿を一瞥し、また政宗に目を合わせる。
「また前のようになにかあるのではないのかと……心配の種が、そこにいるので」

小十郎のわざとらしいため息に幸村は目線と共に眉を下げた。その言葉に、霊魂となってまで付きまとうこの姿は酷く滑稽なのだと思い知らされる。わかっていた。わかりきっていたはずなのに、幸村は俯いた。

「やめろ小十郎」

更に口を開こうとする小十郎に鋭い言葉がかけられた。
俺が原因なのだと、目をきつく細めると小十郎は居心地が悪そうにたじろく。
「お前に何も言わずにいたのは俺の意思だ」
何故尚も食い下がろうとする小十郎に言葉を重ねられる。

「必要がないと思ったからじゃ、悪いか?」
その一言に息を飲む音が聞こえた。幸村が非難するように声をあげるも政宗は一瞥し目線を書に戻す。
彼の話は終わった。これ以上に続く言葉はない。

「……失礼します」
小十郎は立ち上がり踵(きびす)を返した。

「政宗殿!いくらなんでも言い過ぎでは……!」
食い下がる幸村をあしらい閉められた障子を見た。

「おい、その場所ってのどこだ」
不意にかけられた言葉に幸村は間抜けな声を挙げる。それを笑うように政宗は口を開いた。

「初日の出、見せてくれるんだろう?」
「あ、はい!いやでも……」
自身の感情を素直に表す幸村を眺めながら頬杖をついた。
「こんなもん小十郎に任せとけ」
「いや、しかし」

「さっきのはあいつが悪い。それとも見せてくれるってのは嘘か?」
「う、嘘などつきませぬ!」
にやりと人の悪い笑みを浮かべ政宗は立ち上がり襖を開ける。燦々と輝く太陽を背に笑いかけた。

「さ、夜明けまでには行こうぜ」
「……それは嬉しいのですが、しかしどうやって?」
城下に出るのか。政宗の自信に溢れる笑顔に思わず頷きそうになる。しかしこの広い城内、誰の目に触れることなく城下に出るのは難しいと政宗自身がわかっているはずだ。大晦日とはいえ城に残っている臣下や侍女はまだいるのである。幸村はいぶかしげな様子で口を開いた。
「Ha! 俺を誰だと思ってんだ、真田。この城ん中は俺の庭だぜ?」
不安そうにする幸村をよそに城主は笑い出す。
「ついてこいよ。俺しか知らねえとっておきを見せてやる」

そうして口角を上げる政宗は、まるで悪戯を考える童のようだったのだ。


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