「政宗様」
床のきしむ音の方向に首を曲げるとと小十郎がいた。政宗の隣に座っていた幸村はその声を聞くと庭の方に移動してふたりの話が聞こえないようにする。
政宗はそれを横目で見た。誰と話す時でも幸村は自身から距離を置いて会話を聞かないようにしていた。気にしなくても良いと何度も告げてはいるのだが幸村は首を振り断る。
どうやらそれは彼なりの気遣いらしかった。

「……小十郎か」
「はい、あなたの調子が不意に気になったもので」
「なんだそりゃ」
薄く笑うと小十郎がほっと安心したような顔で笑い返す。
「やっと、笑ってくれましたね」
最近のあなたは少し塞ぎ込んでいたように見えたと小十郎は政宗の横で膝を付いた。
「……そんなことねえさ」
「いえ、政宗様のことに関してなら誰よりもわかります。……真田幸村の件以降、あなたは何か悩んでいるように見えました」
「お前の気のせいさ」
「しかし……いえ、そうですか」

納得がいかないというように小十郎は苦い表情を浮かべるが、しぶしぶと引き下がる。
「あなたのそんな顔も見れたことですし、私は執務に戻ります」
今はあなたにとって体を休める時期ですと告げ、小十郎は腰を上げてその場から立ち去る。小十郎の姿が見えなくなると入れ替わりで幸村が政宗の隣に戻ってきた。

「…片倉殿、どこか様子がおかしいのでは?」
遠目で見ていてもどこか様子がおかしいことがわかると幸村が恐る恐る告げる。
「俺のせいだろうな」
「何故…ですか?」
ぽつりと伏し目がちに呟く政宗の言葉に幸村は反射的に言葉を返した。
「いや、なんでもない」
そして、頭を振って話を無理やり終わらせる。

「……政宗殿」
その様子に幸村は何かを言いかけるが釈然としない気持ちで言葉を飲み込んだ。
その代わり半歩近寄り何も掴めないその透明な体で抱きしめる。
感覚が無いことは自分が一番わかっていたが、何かに突き動かされるように幸村は政宗の背中に手を回した。
幸村の思考が漠然とこうしたいと感じたからだ。
政宗はそんな幸村の行動に驚き、目を見開いて動きを止める。

「某は、この時に貴殿を抱きしめることさえ出来ないこの身が不甲斐ない」
片倉殿なら、そんなことをいくらでも叶えられるというのに。
歩くような早さで閑談と幸村は呟いた。
「……幸、村」

「某は、片倉殿が羨ましい」
貴殿の一番近くにいるあの方が。


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