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狐のはなし A

小屋に着く。相も変わらず吹き荒れる木枯らしと全身ずぶ濡れの人間を背負っていたせいか気を抜くと佐助も思わず倒れてしまいそうになった。
「うおー…薪燃やそ」
寒い。本当に寒い。自慢の尻尾までずぶ濡れだ。とりあえずお互いずぶ濡れのため暖をとろうと佐助は薪と火種を囲炉裏に投げて燃やした。これでは俺まで死んでしまう。意味ねえ。ごうごうと燃えさかる炎に手をかざしながら佐助は水気を飛ばした。

「さて、と」
服も水を吸って重くなっていたので着替える。そして今更ながら気づいた。この人間どうしよう。
自分で連れてきておいて存在を忘れるとか俺の脳みそはどうなってるんだろうかとぼんやり思う。とりあえず囲炉裏の近くに放置したけど、着替えさせた方がいいんだろうかと佐助は服を探した。着せられる服他にあったかな。ついでに包帯も探す。
佐助の戸棚をあさる音で目が覚めたのか、背中から物音が聞こえてきたので振り返った。
「………ぅ、」
小さな声でうめき、青年は目を開いた。寒そうに体を震わせて体を起こす。ここはどこなんだときょろきょろ小屋を見回す青年と佐助はしっかりと目が合った。ちなみに当たり前だが尻尾はすでにしまってある。
「! ん……?」
「あ、おはよ」
そのままじゃ寒いよ、着替えたら?佐助は軽く埃をかぶった着流しを手渡す。
「………。アンタ、誰だ?」
しかしその青年は困惑したように佐助を睨みつけた。せっかく拾ってきてやったのにずいぶんな態度だ(勝手にそうしたのは自分だが)と遺憾に思う。
「俺?俺はこの山に住んでる山男だよ」
木を切るのが仕事。そんな当たり障りのない嘘をついた。守るべき掟などはすでに破っているのだが、一応腐っても狐は狐。隠すことにしたこの判断はおかしくはないはずだ。言ったら色々めんどうなのとか心の中ではなんとなく言い訳。

「アンタ川に流れついてたから俺が拾ってきたんだよ」
それとも何、拾わないほうがよかった?身投げだったなら悪いことしたねとぞんざいに言う。別に口先だけで少しも思ってないが。
「いや、助かった。thank you.」
「こういうのも山男の仕事だから気にしなくていいよ」
まあまあ、とりあえずもうしばらくは囲炉裏にでもあたって。話はそれからだと佐助は今度こそこの青年に着替えを受け取らせた。風邪引かれても面倒だし。
再度同じ言葉を繰り返す青年に(多分お礼言ってるんだと思う)佐助はとりあえず笑いかける。

「そういえば、アンタの名前は?」
青年は着替え、今まで着ていた衣服を囲炉裏にかざして乾かしていた。しかし佐助がふと思い出したように問いかけるので、顔を上げる。
「名前を聞く時には自分から名乗るもんじゃねえの」
生意気だ!思ったより面倒な拾いものだったかと思いながら佐助はしずしずと名乗った。人間じゃなかったらもう食ってるね。食わないけど。
「ふうん…」
なんだこらその反応は。というか名乗れよアンタ。青年にそういう視線を臆面もなく佐助は向ける。

「………政宗」
ぽつりと、外から聞こえる木枯らしの音の合間に青年は小さく漏らした。
「政宗ね、ふうん」
「なんだよ」
「仕返し」
一度会話を切り上げもう一度戸棚と向き合うと一番奥から薬箱を見つけた。箱を開けると一体最後に使ったのはいつかと聞きたいくらいに埃まみれで古ぼけた包帯が出てくる。これを使っても衛生面は大丈夫なのかと自信がなかったので佐助はそれを囲炉裏に投げ捨ててまだ大丈夫そうな新しいものを探した。そもそもめったに使わないんだよなあ。

「あ、あった」
底に新品同然の状態の包帯を見つける。軽く確認するが多分大丈夫だろうと判断し政宗の手当てをし始めた。
「…ちょっと染みるよ」
始めは大した怪我じゃないと断っていた政宗だったが佐助の強引な押しに結局されるがままに治療を受ける。
見た目は派手だがどうやらそこまで深い怪我でもなく、佐助の感覚に任せた治療でも(!)そこまで政宗に実害はなかった。難を言うならその治療はとんでもなく下手で痛みが半端なものではなかった所だろうか。
そして最後に川に入っていたせいか多少汚れていた眼帯に手を伸ばすと、今まで大人しくしていた政宗が態度を一変しその手を振り払い「触るな!」と顔を歪めて叫んだ。
その豹変ぶりに慌てて謝るが、そのまま政宗は佐助の持っていた眼帯を奪い取り背を向けて取り替えた。
「………。悪い」
振り返り、申し訳なさそうに政宗はこの下は酷い怪我をしているから、触ってほしくないと顔に白く生える包帯を指で指す。
そっか。佐助は軽い相づちを打って包帯その他もろもろを片付けた。

「…そういえば、なんであんな所に倒れてたの兄ちゃん」
さっきから質問しか言ってないな。ぼんやり思いながら佐助は囲炉裏を挟んだ真向かいに座る。
しかし期待した返答はなく気まずげに俯くだけだった。
そんな露骨に話したくないオーラを出されたら無理やりにでも口を開かせたくなるのが野次馬根性というものである。
「ねえねえなんでなんで?不審者にでも襲われたの?俺ここに住んでるからそれだと本気で困るんだけど。それとも熊とか猪とかにやられた?遭難してたとかにしては荷物が少ないし。まさかテレビとかに影響されて自分の可能性に気付いたとかなんとか若い子にありがちな暴走して武者修行やってたとかじゃないよね。たまにいるんだよそんな子。そもそもこの辺滝はあるけど小さいから多分効果ないと思うんだけどね。うるさいからその自分の可能性とやらにさっさと見切りをつけて帰れと言いたい。それとも…」
次々と勝手な想像を言っていたら政宗が酷く小さな声で呟いた。

「…キノコ採ってたら足すべらした」
一瞬沈黙。そして爆発。
「あははははははは!アンタ見た目そんな感じじゃないのに…キノコ採るのに夢中で川、川に落ちたとか…駄目だ腹痛え!あっはははは!」
「う、うるせえ馬鹿!今月ピンチで食えるモンが塩しかなかったんだよ!冷蔵庫を開けた時のあの気持ちがアンタに分かんのか!!」
「俺様そんな切ないこと起きたことないからわかんなーい」
意外と人間はおもしろいのかもしれない。というかこの兄ちゃんがおもしろいのか。
「あはは…ごめんごめん、笑っちゃったお詫びにご飯食べてきなよ」
笑いすぎたせいか薄く涙の浮かぶ目をこする佐助に眉間にしわを寄せうまくなかったら許さねえと政宗はそっぽを向く。気にせずにこにこと楽しそうに佐助は立ち上がる。
まな板がわりの木の板と石で使った包丁で前日に水にさらした山菜や裏に生えてたキノコ(大丈夫。多分食える)をざくざくと切る佐助。
その様子を見てなんかやけに原始的な家だなと思う政宗。
黒い鍋を囲炉裏の上に吊して少し前人里でかっぱらってきた味噌をこれまた盗ってきたかつお節で取った出汁で溶かして山菜キノコその他野菜を豪快に投入。
たまに人里に降りては居酒屋やファミレスに通うので人間の料理にはそれなりに詳しかったりするのである。

「ほらアンタが食べたがってたキノコもちゃんと入ってるよー」
「…別にキノコが食べたかったわけじゃ」
「まあ細かいところはいいじゃない。食べてみてよ」
口を尖らせる政宗の言葉を遮ってお椀を渡す。自分の分もお椀によそい食べてみた。うん、いつも通りだ。








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