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リトル・ミッシー

お嬢さん、おはいんなさい。
そんな声が聞こえた。






「……何やってんだ、馬鹿」
「何って、水浴び?」
視線を庭に向ける。するとそこには馬鹿がいた。毎日騒がしかった蝉の声もすっかりと止み燦々と輝いていた太陽も秋の夜長に向け足早に沈み始める初秋。それなのにこの男は惜しげもなく足……どころか全身をさらしている。

「昨日倉庫掃除してたんだ。そしたらちっちゃい頃に一緒に使ってたビニールプール見つけちゃった」
「…………」
子供用プールに入りきらない肩と足を縁に乗せる水着姿の男がいた。言うまでもない、佐助である。鼻歌混じりに手招くのでサンダルを履いて庭に降りた。

「これ懐かしいよね、本当。」
だからといって入る必要がどこにある。体を起こし、腹ばいにのしかかる佐助の耳にはそんなことは届かないらしい。

毎年夏になると二人で一緒に入ってたのにと佐助は呟いた。二人でも十分に広かったプールは、今では佐助の体一つでスペースが塞がってしまう。不意に成長したと思うのはこういう時だ。

「伊達ちゃん昔オンナノコみたいにちっちゃくて、髪も頭のてっぺんで結ばれてたじゃない。あれかわいかったー!近所のおばちゃんから『まーくん』とか呼ばれちゃってさあ」

「余計なこと思い出すなっての」

古傷だ。あんなことを今さら思い出したって懐かしさよりも羞恥が上回るだけだ。
腹が立ったので膝を曲げてプールの水を引っかける。すると佐助はばしゃばしゃと水を跳ねさせ応戦してきた。馬鹿、濡れるだろ!

「ふん、アンタだってフリフリ付いたピンクの水着着せられてたじゃねえか。『さっちゃんかわいー』とか、あんたこそ近所のばあさんの人気者だったよなあ、さっちゃん?」「残念、俺あれけっこう楽しかったの」

「あっそ」

にへらとおなじみのバカ面で笑う佐助に肩が下がる。
「じゃあ一緒にプール入らない?」
「もう秋なので馬鹿とは違って半裸で外には出られません」
「伊達ちゃんのけち」
「…………。」

口を尖らせるその姿に、ふと小さな女の子の声が被る。そして、良い年こいてガキみたいに水をかけてくるこの男に俺は紛れもない『さっちゃん』を思い出した。
俺の恋した小さな少女。片目を気にして内気だった小さな頃、そんなことを気にしないでいつも遊びに誘ってくれた。舌足らずに俺の名前を呼ぶ綺麗な声、少し強引に手を引っぱって皆の輪に連れ出してくれるその後ろ姿に、幼心にこれが初恋だと思っていた。が、母にあの子が好きだと告げた時に言われたのは笑い飛ばしたくなるような現実で。

「…………。」

現実は無情だ。元さっちゃんを見るとその面影はすっかりとなくなった。これのどこが少女だ。いつの間にか体を反転させおっさんのように水の中に沈むその姿にため息が漏れる。

あの頃浴びていた熱の帯びた太陽はいなくなり、このプールに合う小さな体も変わってしまったけど、思い出通りにならない馬鹿は目の前にいる。馬鹿だけが目の前に。

「……風呂になら付き合ってやるから、それ、さっさと片付けてこい」

背中を向けると後ろから狼狽した佐助の間抜けな声が聞こえてくる。もう一度言ってやると焦りすぎたのか上擦った声に思わずにやけながら首を捻る。

「Little missy, come on in.」
お嬢さん、入りましょう。そんな歌うような誘い文句に元少女は引っかかるだろうか。

「まーくんかっこいい」

うるせえよ、さっちゃん。



松本さんの企画に渡そうとしていたボツ話。
テーマから完璧に離れていったのでしょうがないと言えばしょうがない。



Little missy, come on in.

訳:お嬢さんおはいんなさい








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