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デンドロビウム・ファレノプシス

00


(俺はアンタのこと、嫌いじゃなかったぜ)

骸が散らばり砂塵が舞う戦場で手負いの男が呟いた。
立ち尽くすもう一人の男は口を開こうとはせずただ手負いの男を眺めている。

(次に、会うことがあったら、笑ってkissの一つでもできれば上等だ)


01

文化祭が近いらしい。

「劇?」

見知らぬ題名だった。うちのクラスがやる出し物だと隣の席の女子が口を開く。
「佐助君、昨日休んでいたでしょう」
どうやら役割ももうすでに決まってしまったらしい。彼女は照れくさそうにお姫様役になったと教えてくれた。
その照れた顔は中々に好みだった。

「その、それでね」
小さな声で呟く彼女に耳を傾けるととんでもない一言が聞こえてきた。

「佐助君が、王子様役なの」
「はあ!?」
誰だよそんなめんどくさいことを押し付けたのと思わず声を荒げる。
「第一、他にイケメンいっぱいいるのに」
あれとかこれとかそれとかと指を指すとお前が休んだのが悪いんだと反論される。どうやら俺が王子をすることはクラスの決定事項らしい。そして彼女も。

「わ、私は佐助君、かっこいいと思うの」
恥ずかしげに目線を反らしながら必死に弁解してくれた。
いい子だ、かわいいし。
それなのにわたしが相手でごめんねと卑屈に謝る彼女は彼とは全く似ていなかった。
彼?誰のことだ。

「あ、違うよ、君が相手なのが嫌なわけじゃない」
嬉しそうによかったと眉を下げて笑う彼女を見て、まあいいかと思うことにした。

「きっと佐助君、王子様の格好とっても似合うと思うよ!」

それはどうだろう。



02

「よう、王子様」
段々と文化祭の準備に騒がしくなる校内を歩いていると後ろから声をかけられた。

「その呼び方、やめてくんない」
クラスメイトがそこにいる。王子様なんて正統派イケメンなこの男がやればよかったのにと何度思ったことか。
伊達、この大して接点のない男の名前は伊達と言った。
長い肢体、整った顔付き、高い運動能力に成績優秀とくれば文句のない色男だ。しかし性格はひねくれていると、俺は思っている。

「悪かった、そんなに怒るなよ王子様」
やっぱりこの男は好きになれない。

何の用と聞くと台本が出来たと薄っぺらな冊子を渡される。
「今日の放課後からリハーサル」
アンタが来ないと俺が困るんだから来いよと背を向けて伊達は言った。
「アンタも出るの?」
「俺はアンタからお姫さんを守るお邪魔虫の役」
近衛兵はせいぜい邪魔させてもらうと伊達は維持の悪い笑顔を向けて立ち去る。

「…………」
台本をぱらぱらとめくると王子様がお姫様を迎えに行くクライマックスのシーンが目に入った。最後までお姫様との恋愛を認めない近衛兵が王子様と一騎討ちをするようだ。そして死闘の末、勝利を勝ち取った王子様はお姫様と晴れて結婚。めでたしめでたし。

「ひっでえ台本」
なるほど女子が好むわけだ。
ヒーローとヒロインは幸せに、悪役はひとりぽつねんと残される。

あの男は負けるのか、俺に。
甘ったるく消化不良を起こしそうな脚本でそこだけが不思議と印象に残った。


03


文化祭当日。
舞台はとくに大きな問題もなく終盤、クライマックスに差し掛かり俺は舞台脇の幕に隠れて最後の出番を待っていた。
小道具の女子が渡してくれた王子様の衣装は装飾が多く動きづらかったが、ちょうちんブルマじゃないだけマシとしよう。

舞台を眺めると綺麗に着飾られたお姫様と正装に身を包んだ騎士姿の伊達がいる。
観客にきゃあきゃあ言われながらお姫様に庇護欲と少々の恋慕を匂わせる騎士の姿は雄々しく、哀れに見えた。

伊達が俺の名前を呼んでいる。
さあ、出番か。


『姫を連れ去りたければ俺を倒してからにしろ』
伊達がお姫様を背に演技とは思えないような厳しい表情で俺を見る。彼女は伊達の肩口から俺のことを本当に愛しの王子様だと思っているかのような演技をしている。
そして俺はこのお姫様を奪いたい色ボケした王子様のように青臭くて歯の浮く甘いセリフを吐いた。

一騎討ちが始まる。
一合、二合と剣を交わす。

疲弊してお互い後一合しか剣を交えることが出来ない、台本を思い出しながらそういう演技をした。
次が最後の一撃になるとナレーターの声が入り、お姫様は俺達二人を心配そうに見守る演技をする。

会場もこんなテンプレートな流れに飽きもせずついてきているようだ。
観客が息を飲む。
練習通り、右足を一歩引いて踏み込む姿勢を作る。
向かい合う男と視線を交わした。


(俺はアンタのこと、嫌いじゃなかったぜ)


誰かの声が頭に響く。
その声がなにかのスイッチだったのか、遠い昔、俺の知らない記憶が鮮明に流れ出した。
「独、眼竜?」
小さく呟いた言葉は耳に深く馴染む。
ふいに現れた既視感が頭を殴った。


俺の、俺の名前は。


04

違う。こんな音じゃない。
こんな綺麗な剣劇じゃない。もっと鈍く響く音を俺は知っている。この男と泥を飲み血へどを吐いた汚い殺り合いを俺は知っている!
「アンタの本気はそんなもんじゃないだろう!」

剣が伊達の手から離れ宙を舞う。手首を押さえる彼に足払いをかけてステージの上に押し倒す。
佐助君すごい演技、と裏方の女子達が呟いた。

「俺はずっとアンタに会いたかったのに」
なんで忘れていたんだろう。
好きだと言えなかった、血に濡れたアンタの泣き顔がずっと頭に残っていたのに。

「おっ、おい猿飛、なにアドリブ入れてんだよ、次はお姫さんに駆け寄るんだろ」
小声で忍ぶように声を荒げる伊達の顔を見て記憶の片隅に見た彼の顔を思い出す。
やっぱり、同じだ。

「会いたかった、ずっと会いたかったんだ」
うるさいくらいに鳴り響く心臓の音は聞こえてしまっていないだろうか。こんな時くらいは格好をつけさせてほしいのに。
俺は随分と下手くそに笑う。
目を白黒させる彼の顔を両手で包み、薄い唇を昔のように重ねた。
静まりかえっていた体育館で、リップ音が響く。

「好きだよ、今も、昔も、ずっと」



「……き、きゃああああああああ!」
今まで魅入れていたように押し黙っていた観客達が騒ぎ出す。女子の黄色い悲鳴、男子の冷やかすような口笛、割れるような歓声がステージに向けられた。

呆気に取られていたお姫様に慌てふためく裏方。
無理矢理下げられた赤い幕と陳腐なエンドロール。
思わず笑いが込み上げる。ごめんね独眼竜の旦那。昔のアンタが見たら、顔から火が出るくらい恥ずかしい方法を取った俺をアンタは怒るかな。
でも俺は、着飾られたお姫様じゃなくて凛々しいお殿様がいいよ。


ちなみに、結局劇の内容は『王子様が近衛兵とランデブー』という訳のわからないものになってしまい俺が卒業した後もなんだかんだと口伝てで伝わってしまったらしい。

クラスのみんな(特にお姫様の子)に悪いことをしたなとは、少し思いました。
馬鹿なことしてんじゃねえよと彼は怒ってくれるでしょうか。

でもね、約束守ったんだから、これくらい大目に見てほしいなあ。

















05

動かなくなった手負いの男に手を伸ばす。赤黒く染まった血と少しの涙に濡れたその顔はそれでも綺麗だった。

(俺はアンタの泣き顔を初めて見たよ)

親指でその汚れをぬぐう。
目は覚ましてはくれなかった。

「俺はただ、アンタと手をつなぎたかっただけなんだ」
投げ出された手のひらを握るとそれはとても冷たく感じた。
もっとはやく、こうしたかった。彼の手のひらを暖かいと感じる内にこの手を伸ばしていればよかった。

「次に、もし出会えたら、アンタに言いたいことがある」

忘れていてもいい、呆れてくれても構わない。ただここにいるこの情けない忍はもう一度アンタの笑顔を見たいだけなんだ。

手向けの花を一輪傍らに、俺は随分と下手くそに笑いかけた。






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