ほしうた家へようこそ★





眠気を誘う、とある日の午後。
うとうととした頭を揺らしながら床にうず高く積まれている本の隙間を這っていると、キラキラと輝く一冊の本を見つけた。
表紙はピンクから紫、水色へのグラデーションが鮮やかで美しい。
その本にタイトルはなかったが、中心に描かれているベールを被った長いツインテールの少女が可愛らしい、穢したくなるほど真っ白なシルエットがその本の内容を少しだけ教えてくれた。
見たことのない本だった。
ここに積んである本は自分が読んでそのまま積んでいったものだから、見たことのない本はあるはずがないのだが……。
本の管理を丸投げされている郁は知っているのかもしれない。
自分が知らなくてもここにあったということは郁が許可したということ。郁が許可した本ならきっと大丈夫だ。
ふあ〜とあくびを一つ落として、その少女の物語にワクワクと期待する気持ちをどうにか抑え込みながらゆっくりと本の表紙を捲った。

ふわり

「む?」

小さな優しい風が頬を撫でたと感じた途端に、アザトの指で開かれたページからぶわっと光の粒子が飛び出し、突然なにかのスイッチが入ったように束のごとく集まっていく。

「……っ」

驚きで目を大きく見開いて声も出ないアザトを置いたまま、本の隙間から見えていたなにもない空間に巨大な光の柱を放った。
周囲の本のタワーや郁のきちっとした性格をよく表す綺麗に整頓された本棚、そこから少しだけ離れた場所に無造作に放り投げられている星や動物の形をした、アザトのお昼寝用のふわふわとした感触のお気に入りのクッションの海、その他諸々の郁とアザトが持ち込んだ様々な私物をキラキラと照らして行く。

(綺麗……)

その光もやがては収束する……。
なにもなかった空間に、あれほどの驚くべき出来事があった中でも手離せなかった、本の表紙に描かれた少女の姿を作り出して。
自分より高い位置にいるから自然と上を向くことになる。
普段、本を読むのに没頭しているため自然と俯いた姿勢を取っていることが多く、こきりと首が痛んだ。
その痛みが、半分眠りかけて今起こっているこれは夢だと現実逃避を始めようとしていた頭を叩き起こしてくれた。
状況が分かっていないのだろう……自分と同じく驚いた顔をしている少女と目が合った。
自分を目に捉え、さらに目を見開く少女が重力に従い下降する様子に、白いシルエットでは分からなかった少女の容姿をまじまじと観察している場合ではないと焦り出す。
焦りからつい、まともな人間の前では絶対に出すことはなかった擬足を伸ばしてしまい、後悔する。焦ったにしても酷い助け方だった。SAN値を減らしてどうする。
別の方法を探そうとも思ったが、後で記憶を改竄すればいいかと半ば諦めた気持ちになる。
だから少女が衝撃を待つかのようにぎゅっと目を瞑ってくれたことはこちらには好都合だった。
抱き潰してしまわないよう優しく受け止め、この後のお昼寝に使う予定だったクッションの海にそっと横たえてやる。
手早く擬足を長いワンピースの中に収納してしまうと、自分を襲うはずだった衝撃が来ないことに気づき疑問を持った少女がゆっくりと目を開ける様子を近くに這い寄って観察する。
シルエットでも、遠くで見たときもそう感じたが、見ればみるほど可愛らしい子だった。
私の一番はくれはだけど!一番がくれはだから浮気じゃないもん!と言い訳のようなものを重ねながらじっくりと堪能した。
郁が見たら無言で引っぺがえされそうな光景である。

「ふ、あ……?……、ここはどこなんでしょう……」

ここはどこでなぜ自分はここにいるのかと、そんなことを考えているのだろうか。
キョロキョロ視線を彷徨わせてと辺りを探る少女は、ふと自分を見つめるアザトの視線に気づき疑問を投げかける。
が、常に傍で世話をしてくれる郁や、稀に訪れる自分と似た存在であるイリカ以外と関わらない生活をしているアザトが対応できるわけもなく。

「……ぎにゃああああああっ!?郁うううううっ!!郁きてええええええ今すぐっ!!!!」
「はあ……なんなの」

見知らぬ少女に話しかけられたことでパニックになったアザトに突然大声で呼びつけられ、不機嫌な様子を隠さない郁の声が近づいてくる。

「よっ……と。ふぅ……」

いつも郁に通路を塞いで邪魔になるから読んだ本は毎回片付けろと叱られている通り、自分の進路を邪魔する本のタワーに苛ついているのか静かだった足音が次第に怒りを伴う大きなものとなる。
ようやくアザトのいる場所へ辿り着いた郁は、先ほどのアザトの大声に驚き、怯えたのかビクビクとしている少女を認識して気だるげに溜息をついた。
どうせ、自身が仕える幼いままの困った主がまた余計なことをしたのだ。

「……どちらさま?」

ひっく……ぐすっ、ううっ……郁ぅううううっ!!っと勢い良く涙目で抱きついてきてぐすぐすと鼻を鳴らし、必死でしがみつくアザトを無視して見知らぬ少女に努めて穏やかに問いかける。
アザトがなにをしたのかは分からないが少女に罪はないはずだ。

「私はカラー・フリージアと申します。どうしてここにいるのか分からなくて……。私はパーティの仲間たちと一緒にいたはずなのですが……?」
「ふぅん……。私は郁。私に暑苦しく抱きついているのがアザト。……それで、アザト?あなたは一体なにをしたの」
「うううううっどうせ私が悪いことしたと思ってるんでしょおおおおっ!!」
「そうね」

郁ひどい郁いじわる……途中でボソボソと恨み言を呟きながらも説明し終えたアザトは久しぶりに長く話して疲れきった様子だった。

「……そんな本は見たことない」
「えええ!?郁が見たことない本が置いてあるわけないのに……」

はて?と自身の記憶を遡るが該当する本がなく考え込む郁。
この事態の原因が本と聞いて、その本を探しに行くカラーは本当に残してきた仲間のことが心配なのだろう。
ここでは珍しい、仲間想いの可愛らしい迷い子のためにも早く解決して元いた場所へ返してあげたいものだ。
一応自分が原因の本を開いてしまったことでこの事態を引き起こしたと自覚しているアザトは、郁を呼べばどうにかなるだろうと楽観的に考えていた自分をコラ!と心の中で叱ってから、解決のために考えを整理し始めた。
まずあの本があった場所はここ、郁や自分といったヒトではないものが存在することのできる領域。
先代やそのもっと前のアザトが招待した存在なら出入りは出来るはずだが、出来るからといって招待した者は今のところいない。聞いたことがない。
もしかしたらカラーの世界の人間の仕業かとも思ったがまずないだろう。カラーに触れたときに分かったことだが、自分らとは全く違う者が生み出したセカイの住人のようだった。仮に自分と同じ立場、セカイを生み出す側の存在が仕向けたころであったらカラーには悪いがそれなりの対処をさせてもらうことになる。触手ぷれーではない。決してそちらの方面の話ではない。というかもしそうであってもこんな、本を開いたらこんにちは★だなんて可愛らしく平和的(?)な送り込み方、絶対にしない。
それが何故……。もんもんと考え込むアザトの脳内に思い浮かんだのは、大人しく聞き分けはいいくせにアザトを限定してちょっかいをかけてくる、年下(あくまで外見年齢であるが)の少年。
ここでは経過する時間というものは各個人によって異なる。特に頂点に居座る自分は。いつのことだったのか、それが遡れないほどの過去のことだったのか、あるいはすぐに思い返せるとても最近のことだったのかなんて自分には到底分からないけれど。
少なくとも一番最後に訪れたことだけは分かるあの少年ならば……別の次元、別の神の支配域から自分の物語を歩む旅人を一人、こちらの領域に全く同じまま、ヒトとしての状態を保ったまま連れてくることくらい容易いことではないのか。
本人に確認するまでは仮説のままだが限りなくその可能性が高い。そうではないかと確認するため、同じく考え込んでいた郁を見ると、郁もそう考えていたのだろう、アイコンタクトでなんとなく分かった。
ちょうど探していた本が見つかったのか、カラーがあの本を持って戻ってきた。そういえば降ってきたカラーを受け止めるときに動転して手離してしまったんだっけ。

「これ、ですよね?教えて頂いた特徴が当てはまるのはこれしかなかったのですが」
「これだね……ああっ開いちゃだめだよ!?」
「ふぇっごめんなさい……っ」
「ふぅ〜これは私が持っておくよっもう一度開いてどこに飛ばされるのかわかんないからね……ぎゅうううっ」
「!?!?」

チャンス!とばかりに自分が持っておくと宣言したばかりなのにも関わらず、しっかりと閉じた本を郁に渡してカラーを抱きしめると、突然のスキンシップに驚いたのか、慣れていないのか。初々しく頬を紅に染め上げて口をパクパクと開閉していた。かわいい。
こんなときに……とあからさまに大きく溜息を吐いてじとりと冷めた目で見ている郁に気がついたが、不安気なカラーを安心させるため!またどこかへ飛ばされてしまうことがないよう繋ぎとめておくため!だってもしも元の場所へ戻れたらそれが一番いいけど、私以外のところへ飛ばされて、カラーがどうなるのかわかんないんだよ!?だから私悪くないですオーラを出し堂々とカラーを堪能した。すーはーすーはーいい匂い。

「ふぃ〜♪よし満足……っじゃなかったっ。んもー!ぜーったいイリカのせいなんだから!ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん★ いあ いあ ×××!」

嫌な呼びつけかただった。さっとカラーの耳を塞いだ郁が今回のMVPだろう。

「はあーい!」

呼ばれて飛び出てこんにちは!にゅっとクッションの海から顔を出した薄いクリーム色の頭の少年が元気良く右腕をあげてニコニコと返事をした。

「カラーを連れてきたのイリカでしょおおおっ!?別の次元のセカイから連れてきたら後でこの子の創造主からなに言われるか……っ!というか本人の了承もなしにここに連れてこないでね!」

いや了承を得に姿を現したらSAN値直葬だろうと郁だけが心の中で突っ込みを入れていた。

「むぅ……どうして僕のせいだと思うのさっ!僕のせいだけど」
「てめえ」
「あ、あのっあなたが私をここに連れてきたんですよね?どうしたら元の世界に戻れますか?」

戻りたい、と懇願するような表情で切なげに眉を寄せ、胸元で手をぎゅうと握るカラー。ここで戻せません、だなんて言ったらどんな手を使ってでも構わない。イリカが吐くまで問い詰めようとワンピースの下に潜む擬足を唸らせ物騒なことを考えているアザトだった。

「僕が連れてきたのに僕が戻せないわけないじゃない!むぅー……悪いことしたって思ってるもん」
「毎回思うけどなんでここまでして余計なことするの!?」
「わかんないしー!」

完全に子供のような捨てセリフで拗ねているイリカに郁の雷が落ちるのはそう近くないことかもしれない。それを察知したのかぶるっと震えてから、しかしまだ口を尖らせたままカラーを元の世界へ戻す準備を始めたようだった。

「はあ〜ごめんねカラー……イリカが」
「もうあんなことが起こらないように注意しておきます……はあ」
「あはは……」
「イリカーそういえばカラーがでてきたあの本はどうなるのー?」
「多分消えちゃーう!」
「ああーそうなんだ……しょんぼり」
「消えたら嫌なんですか?」
「もちろん!あの本の表紙可愛かったし……郁、預けといた本を貸して!せんくす♪見てみて!ここ、カラーもいるんだよ〜♪えへへかわいい」
「は、恥ずかしいです……っ」
「こんなにかわいいのに〜……そうだっ!」

ハッと思い浮かんだ考えは自分でも絶賛するくらいにいいものだった。それをカラーは受け入れてくれるだろうか。

「カラー。私、アザトはまだカラーといたいな。カラーと遊んでみたいな。本だって一緒に読んでみたい。この後のお茶会だってお昼寝だって過ごしてもみたいよ。もちろんカラーが元の世界へ帰りたいのも帰らないといけないのもわかってる。わかってる、よ……。き、今日の記念に、っていうか。あの……ううっ。あのねっ」

全く同じものとはいかないかもしれない。でも私が創造した本を媒体に、また遊びに来てくれるかな……?アザトからカラーへ贈る一番最初の招待状。ここへアザトが"招待"するという形で、また来てくれるかな……?

しどろもどろで何度も噛んだ、下手くそなお誘い。もちろんこれはお誘いだから、カラーは断ってもいい。めちゃくちゃな出来事に巻き込まれて迷惑しただろう。もう二度と懲り懲りだと思われて当然のこと。だけど……。

「いいですよ」

最初、耳に入った言葉が信じられなかった。恐る恐る顔をあげて、カラーの顔を見た。優しげな顔で静かに、小さな花が咲くように、控えめに可愛らしく微笑んでいる彼女を認識して思わずじんわりと涙が浮かんできてしまった。
近づいてきて、そっぽを向きながらもよかったなと頭を撫で付ける郁。変わらず微笑んでくれるカラー。不変で単調な、悠久の時を過ごすアザトに久しぶりに訪れた、忘れられない幸せなひと時だった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



イリカの準備ができたようで、さきほどまで珍しくアザトに優しく。頭を撫でてくれていた郁はどこへいったのか、ぺりっとシールでも剥がすようにカラーから適当に引っぺがえされた。
ほんとうはもっと抱きついていたいが我慢だ。ただのわがままなのだから。
カラーは特に荷物などは身につけていなかったため、特に準備をする必要はなく、後は帰るだけ。アザトがお土産にとクッションや茶菓子を持たせようとしたが郁に叱られた。イリカ曰くその身一つでないと後で色々と面倒なことになるのだとか。
カラーがしゃんと背筋を伸ばし、年の割りに大人びた表情で凛々しく立つ。その周りをイリカがこの騒動の原因になったあの本のページをちぎり、ぐるりと囲むように落としていった。ちぎり取られたページでさえもキラキラと輝き美しい。ここで本という形で存在するということは表紙とページの一枚一枚、文字の一つ一つがそのセカイを表す。カラーの生きているセカイはこんなにもキラキラと綺麗で輝いていて、読んでみたくなるほどにワクワクとしたものなのだろう。

「ふぅ……できたよ」
「ありがとうございました」
「な、な、なんでお礼を言うのさっ元は僕が悪いのにぃ〜……むぅ。また遊びに来てよねっ!」
「はいっ!イリカさん、郁さん。……アザトさん。また、会いに来ますね!お元気で」
「うええええっ来てねっ来てねっ!カラーこそ元気でね!次はお茶会しよーね!絶対なんだからっ」
「アザトったら……。わ、私も、待ってる……から」
「えへへー郁が照れてる〜♪」
「……」
「あいたあっ!?郁ひどい……」
「あははっ」
「ふふっ……そろそろ、時間みたいですね」
「うん……」

ここへカラーが降ってきたときと同じように、カラーを囲むページが光の粒子へ変化し、柱のように束ねられ形を作っていく。
だんだんと目が開けられないほどに光り輝き溢れて行く。ああ、もう帰っちゃうんだな、と思った。
別れのときがすぐそこまで近づいていると悟れないほど子供じゃなかった。
だから駆け出した。カラーから自分たちまで、少々の距離があったが足を動かせばすぐに縮まってしまう。
大きく息を吸い込んで、伝えたい言葉があった。さよなら、じゃない。さよならではだめだ。もう一度会おうと約束したのだから。もう前方なんてほとんど見えない。手で光の中を掻き分け、必死で近づいて行く。身体を包み込む光は、カラーへ近づく前は、カラーを隠してしまった……自分にとって目隠し布やカーテンのように邪魔なものだったが今ではなんとなく温かく、安心させてくれるものに感じた。

「またねっ!」

最も相応しいと思った言葉を、精一杯張り上げた声で贈ったとき。確かに、見えないはずのカラーと目があった気がした。
カラーがカラーのセカイでよい旅ができますように……心から願う。いつか、カラーの歩いた物語を読んでみたいと改めて思った。












おしまい★


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