縁側に座る僕。横には80年一緒にいるちえさん。昔は可憐な少女だった。いまはかわいいおばあちゃん。

「あたたかいねぇ」
「太陽が心地よいです」

 僕はヒューマノイドだ。俗に言う人工知能、AIを搭載した最新型ロボット。ボディが劣化して壊れるまで、僕たちは死なない。記憶だって集合体のデータベースにすべて保存される。のだけれど、僕の場合は少し違った。データベースからの情報を意図的にシャットアウトして、ちえさんとの生活からすべてを学んでいる。だから周りの仲間よりも僕は格段に性能が悪く、会話も拙い。だけどそれはちえさんが望んだこと。AIに満足も不満足もないが、ちえさんが笑っているだけで通信の電波が安定した。これはきっと人間で言う「安心」なのだろう。

「不思議ね。初めて会ったときはあなたのほうがうんとお兄ちゃんだったのに、いつの間にか同年代になって、気がつけば息子になって、そうして今度は孫みたいだわ」

 ちえさんは目元にしわを寄せて静かに笑った。
 こういうときは、なんて返せばいいのだろう。「僕は幸せでした」?幸せの意味もわからないAIはそんなに重い言葉を使ってはいけない気がした。

「私はね、きっともうすぐいなくなるから。」
「お出かけになるのですか?」
「遠い遠い、宇宙の彼方の誰もいないところで星になるのよ」
「とてもロマンチックですね」

 話が噛み合っていない。仕方ないことだってわかってるのに、人間のような自然な返事ができない自分がもどかしかった。そんな人間じみた感情も僕らヒューマノイドにとってはただの電波の乱れでしかない。

「もし私が死んで、何か困ったことがあったらデータベースを同期してごらん」

 おばあちゃんの柔らかい声がやさしく響く。僕はその声を静かに保存した。
 それから何ヶ月かあと、おばあちゃんは僕を遺していなくなった。遠い遠いところで星になって僕を見ているのかな。空を見上げても、焼け付くような日差しが眩しいだけだった。
 僕の仕事はおばあちゃんの家とお墓を守ることだ。僕がいるから、と結婚しなかったおばあちゃんは独り身で、子供もいない。僕は人の心は埋められても、残念ながら子供はつくれない。身寄りのないおばあちゃんのお墓は僕が花を供えないと誰も会いに来ないのはいけない。毎日毎日、僕はおばあちゃんに会いに来た。

 そのうち周りの人々が噂し始めた。あそこの家に、オーナーが死んでも一人で働き続けているヒューマノイドがいる。人々は僕を冷たい目で見る。気持ち悪い、とイタズラをしてくる子供もいる。そういえばちえさんに初めて会ったのは、ちえさんがまだこのぐらいのときだったな、と柄にもなくメモリーを起こす。僕にだけしか見ることのできない、80年前の景色。
 世間はやっぱり異端なものに冷たかった。おばあちゃんとの思い出の家は取り壊されることになった。すべて持って行きたかったけれど、大きなものは持てないから家具はすべて売り、手元に残ったのは二人で撮った写真と、ちえさんお気に入りのくまのぬいぐるみだけ。とうとう僕は行く宛を無くしてしまった。

 困ったことがあったらデータベースを同期してごらん。おばあちゃんの声を呼び起こす。
 僕は何をすればいいのですか。どうやって生きていけばいいのですか。
 無意識に同期しようとする手を、僕の意識が止めた。同期をしてしまったら、おばあちゃんがいなくなったことによって僕のデータが初期化されてしまうのではないか、と。それはあまりにも、残酷すぎる。僕はデータベースを同期しなかった。

 何年も何十年も、僕は一人ぼっちで、おばあちゃんの面影を追っていた。長い事雨風にさらされ続け、長い事メンテナンスもなしに働き続けたせいか、不具合も増えた。データが飛んでも、おばあちゃんと過ごしたメモリーだけはバックアップで守り続けた。
 気づけば僕はちえさんがまだ若かったころ、二人で一緒に花火を見た丘に来ていた。少し疲れたから木陰に腰を下ろす。目の前はビルばかりで、もうきっと花火は見られないだろう。

 いつかおばあちゃんが言っていた。独りぼっちは寂しいけどね、寂しいって思うのは人間だけなんだろうね。
 おばあちゃん、僕は人間になれましたか。独りぼっちはとても寂しいです。今なら、おまえは誰よりもにんげんらしいよってわらってくれるのでしょうか。
 すこし、つかれました。ひゃくすうねん、よくはたらきました。

 もうねむってもいいですよね。


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