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ep.02 [Each]

 暗い路地裏に佇む猫と少年。
 その少年は長い髪を後ろでまとめた中性的な顔立ちのため、一見すると少女のようにも見える。彼は黒猫を撫でながら空を仰ぎ、呟いた。

「明日は雨かな……」

 ふいに人の気配がしたかと思うと、背の高い黒髪の青年が立っていた。彼はじっと少年を見つめている。
 少年は急に現れた青年を不審に思い見つめ返す。青年に表情はなく、ただぼうっと少年の事を見つめていた。

「アンタ誰」

 少年はぶっきらぼうに言い放つ。青年は何も言わないためちゃんと聞こえてるのかとすこし不安になる。
 しばらくの沈黙のあと、青年は口を開いた。

「……………人に名前を聞くときは、自分から名乗るのが常識」
「東国人かよ……伊崎焔。アンタ誰」
「雅」

 "みやび"と名乗った青年は焔の横に座り込み、顔を覗き込む。もともと人見知りをする焔は、目を合わせられると、避けるように顔を逸らした。すると雅も目を見ようとして更に覗き込んでくる。
 薄い翡翠色の瞳に長いまつげ。ハーフなのだろうか、まるで東国人には見えない。

「何の用だよ」
「……」

 雅は何も言わずただじっと焔の目を見つめていた。マイペースなのか、ただの変人なのかはわからない。かとおもうとふと雅が尋ねた。

「あんたさ、明日の天気分かんの」

 再び質問の答えになっていない言葉を発する。やはり雅ははじめからコミュニケーションを取る気が無いのではと焔は呆れていた。が、遠い異国の地で同じ東国人に会えたという喜びからか、なんとしてでもコミュニケーションを取ろうとした。

「何となく……ね。湿気の度合いで猫の毛の湿り気が違うんだ」

 黒猫は"関係ない"といったように、喉を鳴らしていた。改めて雅の顔を見ると、焔より幾分大人っぽく感じる。大体34歳くらい上だろうか。
 そんな事を考えていると、雅は空を見上げながら呟いた。

「雨……か……あんた、家は」
「この旧市街には空き家がたくさんあるんだ。いまどき珍しいだろう?」
「うちに来い」
「へ?」

 雅の唐突な提案に焔は怪訝な顔をする。焔から見た雅の印象は第一印象から変わっているの一点張りだったのが崩れてさらに変人へとランクアップした。
 どういう教育を受けたのか知らないが、見ず知らずの、初対面の自分を自宅へ連れ込むなんて!なにか企んでいるはず……と不安になって距離を取る。すると雅は寄ってきた猫を撫でて立ち上がった。

「ここは狭苦しい……。とりあえず、ついて来て……」

 雅は咳き込みながら歩き出す。
 ここに来て早3年、すっかり慣れきっていたものの、確かに言われてみればここは薄暗く、狭い。その上、埃っぽい。旧市街はそういうところだから仕方ないのだが、どのみち理由アリな焔にとってパトリア旧市街は監視の目も薄く好都合だった。
 焔は雅を追いかけた。
 家に帰るのだろうと思い、ついていくと、都市部ではなく郊外の森の方へと歩いて行った。あの"郊外に現れるゴーストスラム"は本当にあるのだろうかと少しばかり好奇心が疼く。
 雅の異質な雰囲気から、ミュータントだろうという事は察していたが、一体何故自分の事を連れて行こうと思ったのか、さっきから表情や声のトーン何一つ変えない雅の考えを察そうすればきっと日が暮れる。迷いの森とも噂される、パトリア旧市街郊外の森を迷う事なく進む雅の後ろ姿をじっと見つめた。

「アンタ、なんで見ず知らずの俺を…」

 雅は少し立ち止まり、振り返ることなくまた歩きはじめた。焔も面倒くさくなり、それ以上は詮索せず黙ってついていく事にした。
 気がつけば小さなスラムに出ていた。ほんの一歩前までは森だった筈だ。
 何だここは。"森の中に突如現れるスラム"なんて、まるでRPGの様な非日常を目の当たりにして、焔は興奮していた。まあ5年前、自分に炎を操る能力があると気づいた時点でもう既に非日常なのだが。辺りを見渡してるといつの間にか立ち止まっていた雅にぶつかる。

「いったぁー、急に立ち止まんじゃねえよ!」
「……伊崎、あんたほんとにミュータント?」
「は?」

 てっきり「前見て歩いてないそっちが悪い」とか言い返してくるかと思っていた焔は、雅の予想外の返答に拍子抜けする。

「結界、見えてなかっただろ」
「結界?」

 今の今までずっとポーカーフェイスを貫いてきた雅だったが、その時何故だか、翡翠色がより一層冷たく感じた。

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