「荒北くんってさあ、筋肉めっちゃやばいよね」
「あーわかる、それに自転車始めてからかっこよくなったよね」
「そうそう、新開君とか良いって思ってたけど荒北君もなかなか良いよね」


だ、そうですよ荒北靖友さん。
確かに筋肉の付きは細いけどしっかりしてるしやばいかもしれないけれど。そんなのただの理想じゃないかと毒づいてみる。女の子たちの会話はわざと盗み聞きしていたわけではない、ただ体育をしているときに近くで会話していたから聞こえてきただけなのだ。わざとではない、大事なことなので。

「あんたイライラしてるでしょ」
「別に?かっこいいって言われるのって良いことじゃない」

友人がにやにやしながらこづいてきたのでなんでもない風を装って返す。イライラだなんてしていない、でもむかついてはいる。

「急に靖友君をかっこいいだなんてなんだか都合がよくない?リーゼントの時はあんなに怯えてたのに!」
「そりゃああんなヤンキーに怯えないわけないでしょ」

ごもっともすぎて返す言葉が見つからない。あんな現代ではもう見かけることも少ないだろうヤンキーがいたら確かに怯える。

「でも、かっこいいのは頷けるよねえ。東堂君と新開君とあんたの彼氏いっつも体育のときキャーキャー言われてさあ」

確かにだ、女子が外で体育をやるとき休憩している女の子たちは大抵男子のほうを向いて声援を送ったりしている、それに答えているのはまあ東堂君ぐらいであるけれど荒北君と呼ぶ声もたまに聞こえる。リーゼントもやめて自転車に真面目に取り組むようになってからかっこよくなったという声が聞こえるのは彼女としては別に嬉しくないわけではない。むしろ喜ばしいことであるのに。

「……」
「荒北君も幸せだねえこんなに思ってくれる彼女がいて」
「からかわないでもらえますか」

荒北君は人前でイチャイチャするのを嫌がるし正直なのか口が悪いのか意見をはっきり言いすぎて喧嘩になることもしょっちゅうだ。
現に今私が見たところで荒北君はこっちを見てくれることはない、でも我儘を言ったところでどうにかなるとは思ってはいないので諦めている。

(あ、新開君)

ふと新開君と目線がたまたま合ったのでひらりと手をふれば新開君はバキュンとこちらに向けてひとつ。私にされたのかと思ったけれど周りの子がひときわ大きな声で喜ぶものだから本当に自分にむけてなのか分からない。その後なぜか傍にいた靖友君はじっとこちらをみてから新開君をはたいていた。靖友君が見てくれることなんて指で数えられるぐらいだ。なんでとは思ったけれど気のせいかもしれないしな、と思ってあまり気にかけないようにしていた。それでも授業中ずっと心臓がばくばくしているしスポーツをする靖友君はかっこよかった。運動神経は悪くはない、大抵だるいだのそういったことばかりを言っているがきちんとやればできる人だ。見ている間友人が頬が緩んでるだのだらしない顔してるだのいろいろ言っていたけれどそんなこと気にならない。
授業終わりのチャイムが響くまで眺めることができただけでもう満足だった。更衣室に着替えに行こうとしたとき同じクラスの男子が何やらニヤニヤして「荒北がよんでる」と告げてきた。これはどうすれば、と思ったけれど確かに指をさした方向には靖友君がいたので友人に先に行っててと声をかけてから駆け足でよれば手を掴まれて「ちょっとついてきてくんナァイ?」とぐいぐい進んで行く。
どこに行くのか尋ねたけれど「内緒」の一点張りで教えてくれないので大人しく従っていると休み時間でも誰も来ないであろう他の部活の部室に入っていった。これはバレたらまずいのでは、というか部室の鍵は普通閉めてあるものだろうと思ったのが伝わったのか「ここ古いから鍵しまんねえし、今は使ってねェからいいんだヨ」と言った。

「それで、えーと靖友君どうしたの?何か話したいことでもあった?」
「お前さァ、今日の授業ン時何見てた?」

唐突な質問に正直に答えるべきか、恥ずかしさはあったものの「靖友君」と素直に答えれば「嘘ついてんじゃねェぞ」とほっぺたを挟まれた。いつも容赦がないから私の顔はさぞかしぶさいくなんだろう、止めてほしいと手を叩いてもなかなかはなしてくれはしない。

「ほんとだって、今日サッカーでゴール決めてたのも見てたし敵からボール奪ったのも見てたよ!」
「そんじゃ新開はァ?」
「え?新開君?なんで…?」
「お前今日新開のこと見てただろ」
「ああ、たまたま視線が合った時に…」
「新開のこと見てたんじゃねェか!!」

怒ると指に力が入って私のほっぺがそのうち形を変えるのではないかと思ったので痛い痛いと言えば少しやっとはなしてくれた。

「なんでそれで靖友君は怒ってるの?靖友君だって女の子に視線もらえてないわけじゃないんだよ?」
「そういうことじゃねーヨバカか!なんでそんなバカなんだよ!」
「ひどい!靖友君私が見てても全く私のこと見てくれないくせに!」
「じゃあ言うけどお前だって俺のことは応援してくんネーのに、同じクラスの奴は応援すんだナァ?」
「………」

確かに声援は送ったかもしれない、勝ってほしいという意を込めて。それなのにほらね、と言わんばかりにニヤリと笑う靖友君に言い返せないのが悔しい。でももとはと言えば人前でのそういった恋人らしいことを嫌う彼がいけないのに訳が分からない。

「靖友君、そういうの嫌だと思って…」
「嫌だって言ったことねェだろ?」
「だって、いつも私が手つないだりそういうことすると嫌そうな顔するじゃない」
「……アー…それは、ワリィ。東堂とかの視線がうざってぇンだよ」
「………だから私そういうの靖友くん嫌がるかと思って」

やめたのに、とぽつりと呟けば「別に嫌じゃねぇから、他の奴応援すンのやめろよな」とぎゅっと手を握られる。

「あと、足もだすなヨ」
「ひっ…!」

するりと手が這ったのは太ももで暑い日差しの下でやる体育に耐えられず折っていた短パンが気に食わなかったらしい。細くてごつごつしている手が這うたびにぞくぞくしてなんだかくすぐったい。

「名前ってば見せてるわけェ?」にやにやと笑いながらもう片方は握っていた手を離して腰にまわしてぐっと距離を近づける。なんだかいけないことをしているみたいだし体温も上昇して心臓もばくばくと唸る、そのうえ夏の更衣室は換気も悪く蒸し暑い。

「や、靖友君…」
「次の授業なンだっけ」

そう言って首筋に這う感触は紛れもなく指でもない、靖友君の舌で舐められたのだ。そう思うとかっと熱が登る。

「や、やめてよ次の授業もあるし…!」
「ここまで来たんだしもういいじゃナァイ?諦めなよ名前チャン」

私にちゃんをつけて呼ぶ時の靖友君は大抵よくないことばかり考えている。
仕方なしに流されてみるのもいいかもしれないと思いぎゅっと抱きつけばきっと彼は驚いているんだろう。彼の意外にもしっかりとついた筋肉はきっと私にしかわからないのだ。ただ歓声をあげて荒北君と呼ぶあの子たちにはわからないものなのだ、少しの優越感があった。

「積極的だネ」

靖友君もまた力を入れてぎゅっと抱きしめる。暑いのにこうやってくっついている私たちはよそからすればさぞかしばかみたいに写るんだろう。人前では絶対にしてはくれないのに、こうして靖友君は甘やかしてくれる。

「靖友君、筋肉かっこいいねって他の子が」
「名前は?」
「かっこいいよ靖友君」
「そりゃドーモ」

いつもは褒めんなとか怒るくせに今日はなんだか優しい、もしかして暑さにやられたのかもしれない。でもそれもありだなあと思いつつ汗と靖友君の匂いのする胸に顔をうずめれば少し距離を開けて靖友君がキスをしてくれた。

「次の授業遅れても問題ねーナ」
「えっ」
「諦めろって言ったダロ」

きっと目の前にいる彼のことは私しか知らない。皆知らないのだ。