春は嫌いだ。出会いと別れの季節というからだ。出会いだってあるかもしれないけれど別れが私にとってとても嫌なものであるからだ。年を重ねるにつれて別れの重みがだんだんと強くなってくる。小学校から中学校はまだいいだろう、同じ地域の友達は皆ほとんどいなくならない。けれども高校になればそれぞれが目標を決めて別の道へと進む。それだけじゃない、大好きな先生だっていなくなる。子供にはどうしようもないことだけれどもつらくて苦しい。涙が出る。どうにもできない別れが嫌だった。だから私は春が嫌いだ。 「本当に?名前ちゃん、どうしてわざわざここを離れるの」 荷物をまとめていると後ろからもう何度も言った言葉で母が心配そうな顔をのぞかせる。 「海外に興味があったし、良い機会かなって思って」 高校を卒業したら私は海外へ留学することを決めた。お金もかかるしもちろん悩んだけれど海外に行くのはきっとこれから先人生で指を数えるぐらいしかないと思う。ならば今まで何もしてこなかった分今回だけは思い切ってみようと思ったのだ。 「…尽八君には教えないの?」 その名前に反応してしまう癖はどうやってもなおりそうにない。高校で別々になり中学まで仲の良かった近所の尽八君。高校に入るとき私に進路を教えずに、連絡先だけを教えて彼はいなくなった。きっと春が嫌いなのはそのせいもあるかもしれない。高校卒業の進路を彼にさりげなく会話におりまぜて尋ねてみても何度もはぐらかされ別の話題へと変えられてしまったのでもう諦めた。だから私も彼には教えない、精いっぱいの嫌がらせ、本当はとても悔しい。相手は知りたいだなんて思っていないかもしれないけれど。 「…いいんだ、尽八君もきっと忙しいから」 「そう…」 きっとまた彼は何も言わずに行ってしまう気がした。だから今度は私から大嫌いな春らしいお別れをしてあげようと思った。 * どたどたとうるさく足音か何か地響きのように聞こえてきた。なんだもしかして家に泥棒でもはいったかと急に怖くなった、気のせいじゃなければ足音はこちらへ近づいている。私の部屋には何もないのに。荷物はもうダンボールにわけてあるし、海外留学といっても部屋に残るものはそれなりにあるけれど金目のものはあまりない。ああどうしよう、どこかに隠れようにも隠れるところがない。がちゃりと扉があいて呼吸が一瞬止まる。 「名前ちゃん……!!」 「じ、じんぱちくん…」 拍子抜けだ、ありとあらゆるところに入っていた力がすうと抜けた。びっくりさせないでほしい。親が留守で勝手に人様の家に派手な足音とともにはいってくるだなんて訴えられても何も言えない。 部屋の入口につったって周りとぐるりと見た後尽八さんは苦虫を噛んだような顔をした。 「なぜ……」 「ど、どうしたの尽八君。落ち着いて」 「落ち着いてなどいられるか!!なぜオレに言ってくれない!!」 なんのことかさっぱりわからなくて必死に考える、なんでこちらが問いつめられ悪いことをしている気分になるのだろう。尽八さんは明らかに怒っている、それはみれば分かる。走ってきたので頭もいつものように綺麗に整ってはいないし息も荒い、なにが彼をそんな風にさせたのだろう、ここにいる時点で私が原因だということだけしかわからなかった。 「海外に、行くと言うのは本当か」 「本当だよ」 「出国がもうすぐというのは本当か」 「うん」 「…じゃあ、オレが知らないのはどうしてだ」 尽八さんの質問を聞きながらもしかして私のいじわるが少しは効果があったのだろうかと思った。不謹慎かもしれない、けれども嬉しく思った。 「…なんでだろうね」 「言ってくれたらよかったのに…!!もう残り僅かしかここに名前ちゃんはいないというのか!」 「なんで、尽八君が怒るの」 そう問いかければ、視線を少し泳がせた後「友達…だろう…?」と泣きそうな表情でそう言った。 「…尽八君も高校のこと言わなかったし、それに尽八君の進路は私は知らない。だから、私も教えてあげないって思ったのに、なんで知ってるかなあ…」 わざと肩をおとして場の空気が少しでも軽くなればと思ったが尽八君の顔が一向に明るくならない。美人さんがずっと顔をしかめているというのはなかなかの怖さだ。 「…そうだな、うむ。オレも言わなかった、なんせ名前ちゃんには会おうと思えば会える距離だったからな。進路も国内にさえいれば会えるだろうと思っていたから言わなかった。けれどもな名前ちゃん、海外というのはそう簡単には会える距離じゃない」 「やだ尽八君、彼氏みたいね」 「そうなりたいと言ったら信じてくれるか」 冗談のつもりだった。笑いながら言ったのに尽八君が笑う気配は全くなく真剣な表情でそう告げられた。エイプリルフールまではもう少し日にちがあるのに、今日は一体どうしてしまったのだろう。 「…それは、無理だね尽八君」 「………振られたのか」 「告白されたの?」 尽八君のことは嫌いではない、むしろ恋心を抱いていたと思う。けれどももうすぐ私は出国するのだ。 「私が行く期間の一年って、短いようだけど長いんだよ。高校卒業したらそれぞれ好きなことをしてもいいんだよ。だから私も海外にいこうっておもったの尽八君。私じゃなくていい、私じゃない子を選んでほしいな」 「無茶なことを言うんだな」 「高校を尽八君がね教えてくれなかったとき、もしかして私にはそんなに教えたくないのかなって思ったの。今だって教えてくれない尽八君ってやっぱりずるい」 幾分か身長が高い彼を少し見上げるかたちで頭のカチューシャをとって髪をなでつける。さらりと指を抜ける綺麗な黒髪が羨ましい。綺麗に整えてからまたつけてあげればいつもの彼のできあがりだ。 「……オレは我儘だな。いってほしくないと、そう言いに来た」 「…だめだよ尽八君、私も決めたから」 「分かっている、自分でもこんなにぎりぎりになって焦るのははじめてでどうしていいかわからなくてとりあえずきたんだ。でもな、名前ちゃん君の意志は曲げられないようだな」 残念だ、とぽつりとつぶやいて彼はぎゅっと私を抱きしめた。突然のことでなすすべもなく彼の腕におさまっているけれど心臓は今にも爆発してしまいそうだった。 「だがな、オレはそう簡単に諦められる男ではないのだ。ずっと待っている、勝手にな」 「そっか…」 ばかだなあ尽八君、強がり。手が震えてるし本当は不安で仕方がないんでしょごめんなさい。こんな意地悪すべきじゃなかった。私も本当は離れたくないってここに尽八君がきてしまってからずっと心が揺らぎっぱなしだ。こうやってひきとめてくれて嬉しいって思ってしまってる。 「次の春、オレがまた告白しよう」 「ずっと好きでいられるってこと?」 「ああもちろん」 自信満々な笑みで笑う彼に少しだけ期待を抱いた。 |