東堂尽八とはつくづく面倒なやつだと思う。自分のことは常に一番かっこいいと自負しているナルシストであるし他の女には普通に媚び売り(ファンサ)をする。細かいことにまで口をだしてくるし普段はおしゃべりでうるさい。トークが切れすぎてもはやあれはしゃべりすぎであると思う。自分は女の子に愛想をたくさん振りまいている、もはや周りからも公認の女好きなのに、そうしたのは自分なのに私が荒北と話していたとしよう。そうすればかなりの確率で邪魔をしてくるし、荒北と話すなとか余計なことばかりでじゃあ自分はどうなのだと毎回思うのだけれどつくづく面倒な人なのだ。 「それだけ好きなんだろ。お前らみてるとウゼーからよ」 ひとしきり語ると雑誌に目を傾けつつも荒北がそうぼやいた。荒北とはこうして日常のことを話したり、いわゆる普通にお友達だったりする。どうやって仲良くなったかは忘れてしまった。最初は怖かったけれど話してみれば案外優しい人だったので自然と話すようになっていた。 「ひどいなあ荒北。いやでももっとひどいのは尽八かな」 「仕方ねえだろ。あんなあいつを好きになったお前ってつくづく見る目がねェな」 ごもっともである。何も言い返せないので口を紡ぐ。 「カチューシャだしィ?口を開けばなんだっけェ?マキチャンとかマキチャンとか、付き合ってる方も大変だよな」 「マキチャンって呼ぶより私の名前が出てくる回数のほうが少ないって傷つくよね」 「………気にすんなヨ」 別に良い。マキチャンのことは今に始まったことじゃないのだ。いつからかマキチャンの話題がたくさん出てくるたびに疎外感は感じるしどんな人物かは分からないし、会ってみたいと告げればだめだと大声で即答された。その気迫に理由を尋ねる気にもならなかった。別に男の人なら修羅場とかそんなことにはならないし会わせてくれてもよかったのにと少しだけ残念だった。 「マキチャンに週何回電話してる?私荒北から聞く限りかなりの回数だと思うんだけどな。それなのに私には全然してくれないんだよ」 東堂からこちらに電話をかけてくることはあまりない。彼女なのにな、ともう何度思っただろうか。私がロードに乗れてすごいクライマーだったなら、もっと彼の眼は私に向いてくれていただろうかと考える。 「名前チャンさァ、そんなにうだうだすンなら別れちゃえば」 「………」 「…考える余地アリかよ」 荒北が少し驚いたようにこちらを見る。別れてみる、それもありかななんて頭をよぎった。好きだけど尽八のほうは違う好き、つまりはファンの子たちに向けるような好きと同じかもしれない。 「なんで今まで考えなかったんだろう。違ったかも」 「アァ?まじかよ名前チャン、あいつ聞いたら泣くぜ」 「いや、泣いたりはしないと思うよ。だって尽八だし」 泣くのはマキチャンのことぐらいだよきっと、という言葉はのみこんだ。私のために泣いてほしいなどは少しも思わない。むしろ自転車のために泣けるなら、私はそっちを見ている方が良い。 別れてみないか、と別れようではなく、少し表現をぼかしたのはやはり私の中でまだ少しの未練があったしもしかするともしかしたらいいだなんて私の期待が少し込められていたのかもしれない。否定して、私のことを引きとめてくれると思っていたのかもしれない。荒北の言ったように泣いてくれたらそれはそれで驚くけどそれでもいい、と限界まで何かの可能性を信じていた私は愚か者だったんだろうか。泣いたのは私で引き留めたかったのも私で、好きでいてほしいとずっと思っていたのに。 真面目な顔で仕方ないなんて言わないでよ。好きなのはあんたもじゃなかったの尽八。少しぐらい焦ったりしてみたらどうなのよ。 「バカだね名前チャンも大概。嫌なら別れなきゃよかったじゃネーか。結局泣いてんのもおめーだろバァカ」 荒北に見つからないと思って、誰もいない場所を選んだのにこの男は本当に獣なんだろうか。もしかして匂いで探してきたのだろうか。ぽんと頭に載せられた手が優しくてどうにもできない、優しい荒北がむかつく。今優しくされたらもっと泣いてしまいそうだ。涙は止まらないし顔はきっとひどいのだろう。そして彼の言うことは正しいからさらに悔しくなる。 「尽八もずっと、好きだと思っていたから…こんな風になるって思ってなかった。私、自分から言ったのにすごく後悔してるし、あの時じゃあひきとめておけばよかったかって言われれば頷けないの。これで、よかったのかもしれない……」 ひざに顔をうずめて表情は絶対に見せない、というよりは見せたくなかった。高校に入ってから誰かの前で泣くのは初めてだった。情けない、惨めだ。 「確かに彼、泣いてくれなかった。仕方ない、ってそれだけ。だって、尽八だもの」 つい先日自分が言っていたセリフがこんなにも嫌に聞こえるものなのか。ぎりぎりと心臓を蝕んで今にも張り裂けそうだ。どんなに彼が女の子に優しくても、どんなにマキチャンに電話をしていようと彼女であるということが私をなんとか支えていたのに、思っていたよりずっと私は尽八のことが大好きだった。誰よりもきっと好きだった。 「ほんっとバカだね名前チャン。」 「うん、ばかだね」 今は荒北の言葉に頷いて泣くことしかできなかった。彼が友達でいてくれてよかったと思った。もっと言いたいことはあるのだろう、でもきっと彼は言わないのだ、本当は優しいから。その優しさにまた涙を流した。 「私、尽八の面倒なところだって、全部全部好きだった」 「名前チャンも結構面倒だからな」 大事な練習の時間を割いてまで傍にいた彼はやっぱり優しかった。 「で、オメーそれでよかったのかよ」 「…よかったもなにも、相手から言われたのだから何も言い返せんだろう。引き留めたらそれこそ女々しい男として彼女の中に残ってしまうだろう」 荒北が名前と仲が良いのは知っていたし、もうすでに知っているんだろうとは思っていた。けれども荒北のほうから言いだされるとは意外だった。それに対して素直に述べれば「お前みてーなウゼーやつに付き合ってくれた女、もういないと思うんだけどォ」遠まわしにあんな良い女もう他にいないと言われたようだった。今日のこいつはやけにつっかかってくるな、と思いつつもあれは仕方がない。なんせオレのほうではなく相手から言われたらどうしようもない。 「今までもそうだったからな、名前もきっと耐えられなくなったのだろう。なんせオレは女にモテる」 女性と付き合うのはいつだって真面目だし、ふしだらな気持ちで付き合ったことはない。それでも誰かに応援されるオレを気に食わないとおもう人も少なくはなかった。そうして離れていくのならオレには止められなかった。名前のことはちゃんと好きだったけれども、きっと追いかけてもだめなんだろうなと今までの経験からそう思った。 「しね」 「ひどいな!!しねはないだろう!しねは!」 「いんやお前はいっぺんしんだほうがいいネ。どんな気持ちで名前チャンがお前のことみてきたと思ってんだよ」 「……何だ、荒北。言いたいことがあるならはっきり言えばいいだろう」 こうして言ってくるのも何かあるんだろうとは薄々考えていた。いつもはずけずけと物をいうくせにこういうときばかりまどろっこしい技を使うこいつはずるい。 「昨日泣いてたぜ、お前名前チャン泣いたところ見たことあったか」 「………な、なぜ泣くのだ…」 だって、別れを告げられたのはオレのほうなのに。彼女がないたことはそういえば一度もみたことがない。どんなことがあってもいつでも彼女は笑顔でいたから。 「お前まだわかんないのォ?わかんネーならそれでいいケドよ。後悔してんならさっさと行動しろよボケナス!!みててイライラすんだよ!!」 「な、なんだ急に!!ひどいではないか!わからん!オレにはわからんな!彼女が何を思っていたかなんてわかるわけないだろう!!そうやって、別れた後に真っ先に頼られるのもお前で、いつも、いつも……!」 いつもお前ではないか、荒北。ぐっと言葉を飲み込んで手を握り締める。後悔ならしてるさ、してるけどオレにどうしろと言うんだ。彼女にあって、なんと言うんだ。泣いてるときそばにいてやれないオレに何をしてあげられるんだ。 「ずっと強がってたんだよバァカ。オメーが誰に指を向けようと、誰とおしゃべりしようと何にもあいつは言わなかったダロ。お前が頼らせてくんねーカラ、そうなんだよ」 わかったら行けよボケナス、と付け加えて舌打ちをした。荒北にここまで言われて黙っているわけにはいかない。まさか、この男に恋路で説教される日がくるとはなんとも情けない。自分を叱咤して早く行かねばならない。 ずっと笑顔でいたから、何も心配ないと勝手に思っていた。でもそれは大きな間違いだった。 自分の携帯とにらめっこをして10分、いやもうそれ以上たっただろうか。未練ったらしい自分に嫌気がさす。さっさと消せばいいのに東堂尽八ということをなかったことにするのがまたつらかった。ため息をついてはまた、開いてアドレスを消そうとするけどなかなかできそうになかった。教室には私一人であるしもう少しだけ悩んでも良いだろう。 別れた、という噂はすぐに広まるのだろうなと思っていたけれど案外そうでもなかった。尽八はどうやらまわりに言ってはないらしい。私はといえば気を許せる友達にだけは言っておいた。付き合った当初驚いたように、目を大きく広げ嘘だと言った。あんなに仲よさそうだったのに、と言われてまわりからはそう見えたのならなんだか嬉しいなと思った。ちゃんと、そう見えていたなら。 目がしらが熱くなるのを感じた。実際はそんなことなかったのになと思うことすら嫌だ。もう私のそばであのうるさいトークだって、自分のことについて延々と語られるのも、好きだと言われることもないのだ。それがひどく心を痛めつけた。画面の文字が滲んで見えた。 「名前!!!」 人一人いない静寂の中突然の大きな音に方を震わせる。ものすごくびっくりした、心臓がさらに早くなった。慌てて目をこすってみれば息を切らせた尽八が立っていた。部活のウェアの姿なので恐らく部活の途中だったのだろうか。なんでこんなところに、顔を見ることができなかった。携帯をしまって気付かれないよう鼻をすすって涙をこするけれどきっと無駄なんだろう。変に敏感に彼ならきっと気付いている。 「……」 無言で机の表面をじっとみてるだけしかできなかった。尽八が来るならさっさと帰ればよかった、泣いてるところを彼の前で見せたくはない。きっと最悪な顔だし、なにより彼のことで泣いているのが一番悔しいと思った。 こちらに近づいてきて私の目の前に立った、尽八の顔は見えない。見ないようにしていた、俯いてなんでくるのという疑問ばかりが頭を埋め尽くしていた。 「…やはり、オレは別れたくない。これを伝えるためにきた」 なにそれ意味分かんない、言葉を吐きだそうとしてもひっくと喉をならすだけで言葉をうまく吐きだせない。なんでそんなことあの時言ってくれたらよかったじゃないか。 「まだ好きなんだ。女々しいと思うかもしれないがな、それでいい。お前のことが諦められないのだ」 また滲んでくる視界にもうどうすればいいのかわからなかった。ぐすりと鼻をすすって袖で涙をぬぐうけれど止まらなかった。 「な、なんで。じゃああの時言ってくれなかった、のよ…私がいなくても全然平気そうだったし、ほんとに、なんなのあんた、ばか。あほ。尽八のかす」 口からあふれる言葉もとめどない涙も止まらなかった。言いたいことはたくさんある、けれども出てくるのは悪態の言葉ばかりだった。 「…む、たしかにばかだったかもしれんな。あの時引き留めてればと思ったさ、でもそれはもう良い。今こうして言えたからもう後悔はない。あるとしたら名前の気持ちをオレは全く理解できていなかったな」 私の前の席の空席に立っていた尽八が腰をかけて座った。こっち見なくていいのに、そう思うと余計に顔を見ることができなかった。 「オレは頼りなかったか」 ぽつりと言われたそのセリフだけがやけに頭の中に残って反響した。 「……そんな、ことない…」 そんなことはなかった。頼りなく見えたことがむしろなかったぐらいだった。けれども私はどうにも彼に対して甘えるだとか、普通の恋人らしい行為を表に現すことが苦手だった、それが彼にとっては頼りないと思えたのだろうか。 「…尽八、ごめんなさい」 そこでやっと顔をあげることができた、きっとひどい顔だったろうけどそんなのもう気にしていられなかった。 「ありがとう」 面倒な彼女でごめんなさい。 「…私やっぱり、面倒な女だわ。自転車に乗ってる尽八が大好きだからきっといつか重荷になる、昨日別れてみないって聞いたとき本当は、本当は…嫌だって思った。でもね、私やっぱり自転車に乗ってるときの楽しそうなあなたに惚れたんだもの」 無理やりに笑って見せる、けれども尽八の表情は固い。私がいいたいことをなんとなく察してくれていたら良いのにな。 「互いに好きならば、何も問題はない!断る!」 何かを言う前に尽八が遮ってそう言った、眉はつりがって怒っているようだった。 「いつもお前は何も言ってくれないから、オレだって、オレなりに考えた結果名前が別れたいというならば仕方ないと思った。今までたくさんオレは、我慢させただろう…でもな、どうしてもこれだけは譲れないオレの我儘だ。重荷になどならん、それくらいで山神は敗れたりなどしない!だから、頼む…」 ぎゅっと尽八が引き寄せて抱きしめた。いつもみたいな強気の彼じゃなくて弱々しくて声が震えていた。どうして尽八のほうがつらそうなの。 「…諦めたくはない」 「ほんとに、ばか、なんだから…」 何と言えば良いか迷った結果、そんなことしか私には言えなかった。尽八をぎゅっと抱きしめ返せばもっと力を入れて抱きしめ返された。なんだかんだで結局私は彼のことが好きで、どうしようもないのだ。じんわりとまた視界がぼやけた、尽八の首筋に顔をうずめればまた気持ちがいっぱいになって涙がでる。 「好きだ」 すっと尽八の目が細められて視線が合って、それから彼の唇が私の唇にふれる。熱を帯びて彼に触れたところが熱くなる、どうしようもなく好きだと思った。こんな私を好きでいてくれる彼が、面倒な私でも好きだといってくれる彼が私はやっぱり好きなのだ。 「それでな、荒北。お前に背中を押してもらったことは感謝する、だがな。ひとつだけ言っておきたいことがある!!」 荒北には一応世話になった義理がある、こいつに貸しを作る日がくるなんてと思いつつも別れないということと感謝の意を伝えればさもめんどくさそうな表情を浮かべた。 「別にィ、お前らがうだうだしてっから言っただけだし。言っておきたいことは心の中にしまっとけヨ」 「ならんな!!それではならんのだよ!!荒北お前は少し名前と仲が良すぎる控えてくれ!」 「ハァ!?テメェさっきまで感謝するとかほざいといてなんだよ!!」 昨日ほど泣いた名前を見たことはなかったしお互い本音を話しあえてよかったとは思ったが、自分より先に荒北にそういったことを相談しているのが気に食わない。なんで荒北なんだ、正直に認めても良い荒北に嫉妬している。しかも昨日の泣いた顔すらかわいいと思ったオレは重症かもしれないけど本当に愛らしかったし普段自分に弱い部分を見せない名前の昨日の状態はくるものがあった。それを荒北がみている、というのがなにより気に食わなかった。 「…わかった、話しても良いが一日少しにしてくれ!」 「お前ほんとウゼーわ」 「うざくはないな!認めたくはないがきっと名前はオレの次ぐらいにお前と仲が良い。だから困るのだ!!気に食わん!」 「うるっせェ!!元はと言えばオメーがしっかりしねーからだろボケナス!」 ああいえばこういうの攻防戦が続いて結局はどうにもならないと思った。不本意であるけど彼氏はオレだ、と思えばなんとかなると自分に言い聞かせた。 「東堂次はねーからな」 「なに!!なんだと荒北!!」 |