真波山岳という男は本当に不思議で付き合って一カ月、二か月、三ヶ月が過ぎようともその不思議というイメージは変わらぬままだった。山が呼んでいる、といって山にすぐに言ってしまうしなにより学校と山どちらを優先しているかと言えばもちろん山なのだ。生きてると感じることができると彼は前に言っていた。それは別に大いにいいことであるがあの男があんな調子であるからいつまでたっても委員長はお世話係を降りることができないのだ。と心の中で文句をつけてみるもそれは所詮私の小さい嫉妬なのだ。彼女である私が山にいくのやめて、なんて言ったらそれはもう、ドラマで見るような仕事と私どっちが大事なのと同じなのである。委員長だから、幼いころから知っている彼女だからこそ許されるものがある。それが羨ましいと思ったことだってある。彼女にどうやってなったか、は曖昧でいつから好きだったかもよくわからなくて気付くと彼が山に夢中であるように私は彼に夢中だったのだ。付き合えたのも何かの奇跡なんじゃないかと常日頃から感じる。おはよう、じゃあね、それだけの挨拶をかわせれば私はそれで満足してしまう。もしかして彼は妖精なのか、と本気でバカな考えをもったこともある。儚くてあっという間にいつか私の前からいなくなってしまいそうなそんな気がした。
登下校を一緒にするわけでもなければ、休日に一緒に出かけたことなんてあっただろうか。会った気がする、指で数えられるくらいだがいつも彼は遅れてくる、そして申し訳なさそうな顔で山が呼んでいたからなんてはにかむのだ。それで私は許してしまう。惚れた方が負けとはまさにこのことでもう遅れてくるのは仕方ないことだと割り切っているが、いつか彼がもしかすると来ないんじゃないかと不安に陥ることもしばしばで、高望みはしたくないけれど彼に愛されているという自信はあまり、というかほとんどなかった。



何かあるのだろうか、久しぶりに部活が休みだということで今度の休日二人ででかけようかと山岳のほうから言われた。驚いて返事につまったものの了承するとよかったと笑顔で笑った。胸が満たされる。私のこの心はひょっとしたら東堂さんを眺めて騒ぐファンの子たちと変わらないのだろうか。

「じゃあさ、いつもの場所にしようか。今度こそ遅れないように気をつけるからさ待っててね」

いつもの場所というのは人通りが少ない山が近くにある交差点の近くだ、山が近いせいでそこを待ち合わせにすると遅れないでねといっても必ず遅れてくるのが真波山岳という男である。今回もそうなんだろうなと思いつつも頷いて待ってる、と伝えた。


何の服を着ていこうか、どうしようか悩んだ。山岳は必ずロードで来るんだろうなあと思ったし、また今日も二人でぶらりと歩くんだろうかと思った。それでもやっぱり少しでも可愛いと思われたいし気を使いたいものだ女ってやつは。その結果先日買ったワンピースにすることにした。
山岳はロードでも私はいつも待ち合わせの場所まで歩いていく。今日は特別日差しが強い、帽子でももってくるんだったなあなんて思ったけれどもう家まで戻るのすらなんだか面倒になってきたし帽子がなくても大丈夫だろうとなめていた。夏の日差しというものは意外と手ごわかった。
しばらく歩いているとのどが渇いたので、時間を確認してから少し休憩をしようと思った。山岳が遅れてこようがそんなことは関係なしになぜか時間はきっちり守る、というのがしみついていた。
自動販売機で天然水、というやつを選んでベンチに座ろうとしたとき若干体がぐらついた、おかしい。いつもならばこんなことはない体調は万全にしてきたはずだし寝不足でもないのに。さっきから少しだけ頭痛がするのも気付かないふりをしていた、少し休んだらましになるだろうと思った。

「あつい……」

ぽつりとつぶやいたけれど誰もいない周りに吸い込まれて消えていった。帽子をもってくるべきだった、生まれてから熱中症というものにかかったことはないけれど教科書で少し読んだことがある程度だがもしかするとこれはそうなのかもしれない。山岳に電話しようかどうしようか迷った、けれども今日は彼から誘ってきてくれたのだそれを無駄にしたくはなかった。



「あ、きたきた。珍しいね名前のほうが遅れてくるなんて」

ほんとに今日は遅れてこなかったらしく笑顔の山岳がもうすでに立っていた。だから今日はこんなに日差しが強いなんて日に当たったんだろうかと少し失礼なことを考えてみた。頭痛はひかないむしろさっきよりもひどくなったような気がするけれど必死で笑顔でいた。


「今日はさオレ名前と普通にお出かけしてみようかなって思ったんだ、いつも山に付き合ってもらったりしてて悪いなって思ったし。でも、やめようか」

にっこり笑って山岳がそうつげた、なんで、と目で訴えれば。「だって、体調悪いでしょ?」と尋ねられた。何でわかったのだろうか、先程よりも驚いて目を見開けばそれくらい分かるとでも言わんばかりに少し怒った口調で、

「何もオレに言ってくれないからわかんないとでも思った?残念でしたーオレ、結構名前のことみてるし他の人よりは分かってるつもりだよ。いつも笑顔でオレに何にも言わないから、分かんないことだってそりゃああるけどその分オレって君のことみてるんだよね。だてに彼氏って名乗ってないからさ」

だからさ、無理しないで良いよ。また今度にしよう。とまたいつものような笑顔で笑った。じんわりとその言葉がしみて涙がでそうだった。山岳はちゃんと私のことを見ていてくれていた。

「…うん…ごめんね」

「ははっそれって名前じゃなくていつも待たせてるオレが言うべきなんだけどね。今回はほんと遅れなくて良かった」

どこか店に行くのはやめてとりあえず私の家まで山岳が送ってくれるといったので申し訳なさでいっぱいになりながらもお願いすることにした。そこで初めて気付いたのだが今日山岳はロードに乗っていなかった。もしかしてどこかに止めてきたのだろうかと思って見回しても駐車場らしき場所はない。

「ああ、もしかしてロードかな。今日はね乗ってきてないんだ、だってデートだとあれは必要ないかなって、そしたらさ手も繋げるし」

そう言って自然と握られた手に顔に熱が集まった。今までこんな風なことはあんまりなかった。

「山を登ってるときはさ、ただ何も考えてなくて楽しいなあってだけ思うんだけどさ。今日登ってこなくて分かったんだけど、待ってる間っていろんな事考えちゃうんだね」

「…例えば?」

私もいろいろ考えるよ、と言いたかったけれど山岳がどんなことを思っていたのか気になったので聞いてみればうーんと唸ってから

「いつになったらきてくれるんだろう、もしかして何かあったのかなあとか、オレっていつも何も気にしないで待たせてたなあとか、ね」

その中にはきっと彼なりの反省が含まれていたのだろう、私は別に山岳を待つのが嫌いなわけじゃない。けれど付き合って結構な月日がたつ今日、やっと彼に近づけた気がするのだ。

「…そっか、うん。でも私山岳待ってるの嫌いじゃなかったよ。まるで待ち合わせしてる恋人みたいで山岳を待ってる間はこう、なんていうんだろうなあ迎えが来るのをまってる……」

「お姫様?」

「それはちょっと違うなあ」

お姫様ではないのだ、山岳は妖精みたいなものだと前に思った考えが抜けなくてお姫様ではないと否定する。それに私自身お姫様みたいな柄ではないのだ。

「ていうか、あれだよね。恋人みたいじゃなくてさあ俺達恋人でしょ」

「……そっか、うんそうだったね」

自分でも大分おかしなことをいったと思う今更になって恥ずかしくなって笑いがこぼれる。

「……オレ、何にも名前が言ってくれないからこのまんまでいいんだって思ってたんだけどさ違ったんだよね。今日で分かった、だから今度から気をつけるね」

その笑顔で何度気をつけるね、という言葉を言われただろうかと思った。
今なら言ってもいいだろうか、と少し躊躇したけれどもしだめだったら軽く冗談だと笑って流せばいいと思った。

「山岳は私と山どっちが好き?」

「…はは、驚いた。そんなこと名前でも気になるんだ、てっきりもうわかってるかと思ってた。山と比べるもんじゃないよね名前って。傍にいるだけで安心するからさ、なんだろうもちろん好きなんだけど。比べられないよね」

これはどっちでとらえればいいのか迷ったけれど、ここは自分の都合のいいほうでとらえても良いかと思ったのでそうさせてもらった。そのことが聞けてもう充分だったし山岳と一緒にゆったり会話してこうして歩いているだけで少し頭痛がひいたような気がする。やっぱり不思議だ山岳は。


「私、山岳と付き合ってることが不思議だったし山岳自体が不思議だなってずっと思ってた」

「ええ、なにそれ」

意味分かんないよと山岳は笑った。

「山岳とおはよう、じゃあねって言葉を交わせるだけで幸せな気分になってたしそれって東堂さんのファンクラブみたいな人たちと変わらないんじゃないかって思ってたんだけど、やっぱりそうじゃないね。こうして手をつないで一緒にお話しして山岳が山登るの近くで見ていたいから」

自分でも恥ずかしいことを言っている自覚はあったけれど山岳が無反応で余計に恥ずかしくなった、何かいってくれたらいいのにと思っていると

「……オレ、君がいればやっぱりいいかな…」
とぽつりとつぶやいた。

「………」

「顔が赤いね、これ以上太陽に当たってらんないね早くかえろっか」

先程のセリフは無意識なのかどうなのか数分でころっと元に戻る山岳に、日差しのせいじゃないのにと思った。真波山岳は不思議な男だ。一言一言が私を嬉しくさせる。
好きだとか嫌いだとか口に出すのが怖かったとかそんなこともうどうでもよくなってしまって、ただこの人が傍にいてくれればいいのにと思った。

「あ、そうそう山に登ってるときは生きてるって感じるんだけど、名前は生きたいって感じさせてくれるんだ」


ああ、私もあなたがいるならいきたい