高校生になって自分でも欲しいものが増えてきたのでバイトを始めた。最初の頃は超がつくほどの過保護の兄弟たちになかなか認めてもらえなかったがなんとかおしきって、自分の力で探して、働くという大変さを知った。自分で働いてお金がもらえるならそれで私としては満足だったのだが、なんせ昼は学生だ。夜遅くに家に帰ることなんてしばしばで家族との時間が少し減ったような気がして寂しかった。高校生にもなって、なんて思ったが心配されなくなればそれはそれでどこか寂しいものもあった。
皆の共同スペースにもちろん誰かいることもあるけれど一番下の弥は寝るのが早くて朝しか会えてないし最近は遊んであげられていなかった。さらにいうと多忙なスケジュールが開いた日にふらりと帰ってくる風斗には全くといっていいほど会う機会がなかった。

「名前ちゃん、いつおしごとおやすみ?」

朝に弥がそう尋ねてきた日はタイミングがよく、テストが近いということもありバイトのシフトは一週間ほどいれていなかったはずだ。

「もうすぐテストだからね、もうおしごとは少しお休みだよ。弥と遊んであげられるよ」

私としては弥にむけていったつもりだったけれど、そこに居合わせて御飯を食べていたつば兄がにこにこしながら
「えー!まじー名前休みなのラッキー」と言った。

「なんで弥が聞いたのに椿が喜ぶのさ」

「梓だって嬉しいんだろ」

にやにやしてあず兄をこづくとあず兄もこちらをみて笑ってくれたのでなんだか嬉しくなった。このままバイトをやらなくてもいいかなと思った単純な自分の頭をどうにかしたい。
テストが近いと部活動も休みになるので今日は早く帰れると少しだけ胸を躍らせた。










「今日って風斗君きてるの!?なんで言ってくれなかったの?!」

学校でいつもどおりに過ごしていたつもりだったけれど友人どこからかかぎつけたのだろうか風斗は今日登校しているようだった。有名人でアイドルともなれば学校にくるだけ女の子は騒ぐし仕方のないことなのかなと思いつついつも通り、学校でなるべく風斗とは関わらないようにしようというのを貫こうと思っていた。風斗も同じ学校に入るとは思っていなかったし兄弟はなるべく同じクラスにならないようになっている、もちろん双子ならばなおさらだ。
私と風斗はあまり顔も似てないし名字が一緒だからといって聞かれて答えなければ双子だと思われることはあまりなかった。だから私はこれまでファンからとやかく言われることもなく、風斗とは学校では関わりを持たずに過ごしてきた。


「朝日奈さーん、風斗くんが呼んでるよ」

だった、のに。聞き間違いかと思った、風斗が私に話しかけることなんて全くなかったし、話しているのも最近新しくできた絵麻姉さんばかりだったので少し、いや結構驚いた。
もしかして違うふうとくんがこの学校にいるのかもしれないし、と思ったがやっぱりそんなの私の無意味な想像だったようでにこにこと家ではめったにみせてくれることない笑みを浮かべてたっていた。こちらとしてはその笑顔に何か隠されているような気がしてならなかった。

「僕が今日学校にきてること知らなかったでしょ、まあ当然だと思うけど。ちょっとついてきてよ。ここで話すの名前も嫌でしょ」

確かに風斗と一緒にいるっていうのも目立つのでおとなしくついていくと階段の少し影になっている場所で止まった。振り向いた風斗に先ほど浮かべていた笑顔なんて全くなくて不機嫌丸出しの表情だった。風斗を怒らせた覚えはないので何をしたっけと必死に考える。もしかして絵麻さん絡みだろうか、なんだろうとびくびくしていると風斗が「あのさあ…」ため息をはいてからこっちを睨み付けた。

「な、なに…」

私からすれば本物の風斗に会うのすら、こうして直接話すのも久しぶりで緊張して、まるで大勢の前にいるような気分で突っ立っていた。

「なんでバイトなんか始めたわけ」

「えっ」

何を言われるかと思っていたらバイトのことで少し拍子抜けしてしまった。そういえば風斗にいってなかったな、なんて今さら思い出した。でもそれをどうしてわざわざ今学校でいう必要があったんだろうかと疑問になった。

「僕が家に帰ってもいっつもいないよね、そんなに会うのが嫌になっちゃった?」

別にそんなつもりはなかった、風斗に会えるのはたのしみにしていたけれどバイトの時間を考えると不規則な時間の生活の風斗に会うのはどうしても難しかった。

「侑介だってしてるし、風斗は自分で稼いでるし私も自分でやってみようって思ったの。確かに会う時間は減ったけどそれは風斗だけじゃなくて皆とだよ。でもテスト期間はお休みを貰ってるから大丈夫…」

「ふーん…じゃ今日は僕と家に帰ったら過ごすことね」

「えっ」

「何、不満なの?」

風斗がこんなに構ってくるなんて単に珍しい。それに今日は弥にも遊べるといってしまったしどうしようか答えに迷っているといつものような笑顔で「これ強制だから、よろしくね」とひらひら手をふっていってしまった。暫くそこでぼーっとしていたが授業が始まることを思いだして慌てて教室に戻った。予想通りまわりからは何があったのかとても気になるようだったので家のことだとはぐらかしておいた。実際間違ってはいないし良いと思う。
それにしても今日の風斗はおかしい。








「わあ!名前おかえり!今日はねもうふうたんが帰ってきてるの!」

家に帰るなり出迎えてくれた弥がにこにこと嬉しそうにそう言った。お休みというのは本当らしく私より先に帰ってるなんて驚きだった。

「風斗今日はお休みなんだ、珍しい。弥、部屋に戻るから待っててくれる?」

「うん!」

成長していくとはいえ、いつまでたっても可愛い弟を見ていると和む。風斗も弟なのだが同い年だし生まれた日は同じなので弟という感覚はない。それにあの生意気な性格なので余計弥が可愛く見えるのだ。




「それで、なんで私の部屋にいるわけなんですか」

なんとなく、それとなく察しはついていたけれど自分より早く帰ってきていた人物はわがもの顔で部屋に居座っていた。別に今更気にしたりしないけれど、こういうこと自体久しぶりであるし一体風斗は何の用事があるのか不思議だった。

「別にいーじゃん、可愛い弟がせっかくのお休みを名前のために使ってあげようっていうのにそこはもっと喜んでもいいんじゃない?」

「…映画見たいの?勉強教えてほしいとか?あ、ゲームなら絵麻姉さんのほうが持ってるよ」

「……そういうんじゃないんだけど、ほんと鈍いよね」

「ご、ごめん…あのねもしよかったらなんだけど弥もいるし一緒に遊ぶ?」

すると風斗はこちらをじっとみて深いため息を吐いた、呆れたようなすこしむくれているようなそんな顔だ。


「僕に会うの三週間ぶりぐらいだけどさ、その間どうだった」

「え…、寂しかったけど」

「は…」

「え」

素直に思ったことを言ったのに当の聞いてきた本人が驚いていた、その反応におかしいことは言っていないはずなのにと少し焦ったけれど「ふーん」とまたいつもどおりに戻ったので気にしないことにした。


「じゃあさ、バイトする必要ないじゃん」

「…なんで?」

「どーせチャラ声優とか他の兄貴達も名前には優しいでしょ、逆に僕はなんでしてるのか不思議でたまらないよ、ていうかよく許したよね過保護達の塊なのに」

確かに説得するのには時間がかかった、特に要兄とかつば兄がなかなか許してくれなかったような気がする。それでもやはり続けているのは、


「…なんでだろう、欲しいものがあるからっていうのはもちろんなんだけど私どうして続けてるんだろうね。バイト初めてから、皆に会う時間すごい減っちゃったし勉強の時間も削られるし夜遅いと疲れるし、ああでも風斗はいつも私より大変だもんね」

そこまで言って、なんとなくぽろりと零れた言葉「双子だから、風斗が大変なら私も同じことしてみたかったのかな」と呟くと「ばっかじゃないの」と言われた。


「そんなことしなくていいよ、名前が欲しいものなら僕があげるからさ。僕が家に帰ってきたらさ家にいてくれなきゃ困るんだよ。あんたの仕事は今は働くことでもなんでもないんだよ、ただ僕におかえりって言ってくれさえすればそれでいいからさ」

今度は私が驚く番だった、いつもは言いそうにない言葉をつらつら言ってのけた風斗は本当に風斗なのか、もしかして酔ったりしてるんじゃないかと思った。


「風斗……」

生意気で兄弟達にも可愛くない口を聞いた後必ず冗談だったかのようにばかにしてくるのに今日はそれがなかった。

「…映画でもみよっか」

そこらへんにあったDVDを適当に選んでセットして風斗の隣に座る。弥には悪いなと思ったけれど珍しく素直は風斗と一緒にいてあげようと思った。


「なーんて言うと思ったー……とかいつもなら言ってるんだけどさ、僕自分でも不思議なんだけどやっぱり双子って不思議なとこがあるのかな、ちょっとだけほーんの少しだけ寂しいって思った時があったんだよね。っていってるからって浮かれないでほしいんだけど何その顔ぶさいくだよ」

思わず顔がにやけてしまったのを指摘されたので「双子だから風斗もぶさいくだね」と言えばほっぺをつねられた。風斗が寂しいと思ってくれたのは素直に嬉しかったし家に帰ってくればいつも寝てるか何をしてるかわからない弟が自分に時間を使ってくれてるのは良いなと感じた。バイトをしなくてもいいかななんてやっぱりその考えにいきついてしまった。やっぱり、甘いのだ私は兄弟に。

「で、結局やめてくれるんだよね。いくら鈍くても僕の言ったことが理解できなかったなんてこと言わせないから」

それはもうお願いとかではなく、私にとっては命令にあたるのだけれどまあ仕方ないかと思った。

そしてその後弥との約束をやぶって拗ねられたのは言うまでもない。