朝起きるとどうにも違和感を感じた。それが何だかはわからなかったしそれ以上考えようとも思わなかった。何の違和感かは知らない、けれどそれは確かにあったのだ。


「おはよう、ハル、真琴」

学校についてまず先にすることは二人に挨拶をすること、家が近いということもあり幼いころから仲良くしている二人と同じクラスになれたのは奇跡だと思っている。一人だったらどうしようかと考えたものだ。


「最近朝寒くなってきたよね、名前はまだ夏服?」

「んー、そうかも…」

尋ねてくる真琴の返答に少し迷った後そう答えた。
確かに朝は寒いけれど学校の中だとそうはあまり感じないのだ。ちらほら冬服に移行する人が増えてきた中自分もそろそろ冬服にすべきかなと考えたけれどまだ耐えられない寒さではない。

「今日はあんまり寒くないよね」

「え、そうかな。でもこれから寒くなるよ、そしたら屋外プールではもう泳げなくなっちゃうなあ、ね、ハル」

「ああ…」

そっか秋というのは泳ぐハル達をみられなくもなるんだ。水を見たらすぐに脱ぎたがるハルは秋の間どうするんだろうか、と思って視線をハルにむけるとじっとこちらを見ていた。


「顔になんかついてる?」

「別に」

長い間一緒にいようと相手に対するこの態度もなかなか治らないものなんだなと思った。まあこれがハルの性格である以上仕方ないけれど。別にハルのことが嫌いだから言ってるわけでなく、もう少し感情を表に出しても良いのになと常日頃から思っている。ちょっと愛想よくしたら顔だけはいいからモテるだろうに。昔から少しだけ損をしているとハルの近くにいるとよく思うことがある。大抵のことは真琴がいるからなんとかなっているもののもし真琴がいなかったら友達できるのか、とまで失礼なことを考えてしまう。ごめんねハルと心の中で謝っておく。


(…にしても今日あついなあ)

もうすぐ秋だというのに、どうしてこんなに体が火照るのか。













「…おい、名前帰るぞ」

「え」

帰りのHRが終わるとハルが自分の荷物と私の荷物を持ってそう言った。部活があるハル達とはいつも一緒には帰らない。たまに部活をのぞいたとき、ほんのたまになのだ。それが今はハルから誘っていることが信じられない。


「ど、どうしたの?部活は?」

「今日は、ない…」

あ、嘘ついたな。とすぐにわかる反応だった。顔をそらしたハルは感情を表に出さない分ハルの行動はそのしぐさなどに目をつけていれば案外すぐにわかるものだった。にしてもほんとに珍しい、今日は真琴はいないのだろうかと周りを見渡せばその姿はなかった。


「真琴なら先生に呼ばれてたぞ」

「あ、そうなの…でもなんでハル、今日どうしたの真琴待ってなくていいの?」

「いいんだ、だからはやく帰るぞ」

こうして相手にするのも面倒になったのかすたすたと歩き出すハルに頭の中は疑問でいっぱいなのだがとりあえずついていくしかない。


「…やっぱり冷え込んできたな」

「え、そうかな?」

「………」

ハルと二人で並んで歩くのはいつぶりだろうか。というかハルと二人きりということ自体が珍しかった。しかも珍しく歩いているときハルから話しかけてもらえたので返答を返すと目をつむってなにやら考え込んだ。寒いとは感じなかったから率直に答えたまでなのに、なにがおかしかったんだろうか。


「お前、気づいてるか」

「何が?」

「今日の朝から変だぞ」

「誰が」

「名前が」

じっと真っ直ぐ見詰められて言葉につまった。自分のどこがおかしかったのだろうか、いつも通りの朝を迎えていつも通りの一日を過ごしたつもりだった。


「熱があるんだ」

「え、ほんと?」

不調なのを本人が把握していないというのもおかしいかもしれない、そういえば朝起きたときから感じた違和感。それはもしかするとこのことだったのかもしれない。


「なんでわからないんだ」

ハルに言われて確かにと思った。もう随分風邪ひいてないからね、と笑って返せば「具合悪くないのか」と言われた。


「別にどこも悪いつもりはないんだけどね」

「だるいとか、疲れるとか、頭が痛いとか、ないのか」

「うーん、そうでもないかなあ、普段より少し体が重いかな」

そう言うとハルは少し驚いた顔をしてから「早く帰るぞ」とせかした。

「でも、珍しいねハルが気付いてくれるなんて」

「……わかりやすいからな」

嘘だ、ハルはいつも気付いてくれている。どんな時にだって人の変換に鈍感そうに見えるけれど案外鋭くてよく見ている。それを誤魔化すのは難しい。







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「鯖、食べるか」

今日両親がまだ帰ってきていないことを伝えるとじゃあうちに来ればいいといわんばかりにつれて来られたのでおとなしくハルのうちにお邪魔することにした。ハルの家までの階段で少し息が上がった。もしかして風邪のせいなんだろうか。

「ハル確かに鯖っていうか魚は体にいいと思うけど今はいいよ」

3色鯖でも生きているんではないだろうかというほどの鯖好き。私も確かに嫌いではないけれど飽きないのだろうか。見た目はなかなかでも中身がつくづく少し残念な人だ、と思う。


「今日ほんとは部活あったんでしょ、ハル泳ぐの好きなのにごめんね」

「…ないって言っただろ」

顔をそむけて言うハルに「悪い癖だね」と笑えばむっとした表情を浮かべた。


「……何で自分のことなのに気付かないんだ」

「さあ、なんでだろうね」

自分でも不思議でたまらなかった。朝からの違和感の正体はやっぱり風邪で、暑かったのもきっと熱があるせいなのだ。自覚をすれば途端にそんな体感になってそういえばだるいななんて今になってやっと思った。


「悪い癖、だな」

「ん?」

ぼそりとハルが呟いた。聞こえなくて聞き返せばじっとあの綺麗な青い瞳でこちらを見つめた。


「昔からのお前の悪い癖だ。つらいなら素直に言えばいいのに、我慢するからそれが今になって出てきてるんだろ。だからわからないんだろ」

じとりとハルの言葉が胸にまとわりつく、確かに昔から思ったことが素直に言えなかったかもしれない。ハルがそこまで見抜いていたことに動揺した。それと同時に嬉しかった。


「ハルってば案外優しいよね」

「………」

そう告げると無言でハルが立ち上がりこちらに近づいてきた、なんだろうと少し身構えると手をぴとりとおでこにあてられた。


「……寝てろ」

こんなに近い距離でこんな風にハルと一緒にいるのはいつぶりだろうってさっきも思ったけれどなにかが違う。さっきよりも脈があがって心臓のばくばくする音が自分でもわかる。なんでだろう、不思議でたまらない違和感がかけぬける。
ハルの目を見つめるとさらにそれが強くなって思わずそむける。


「わ、わわかった…!!家に帰るね!」

「は、ちょっとまて」

即座に立ちあがって帰ろうとしたが手首を掴まれてそうはいかなかった。


「い、いいよ。ここまでしてもらったし…!」

「何もしてないぞ」

「送ってもらったし…」

「………帰るのか?」

「…………」

ハルの目には昔からとことん弱かった。なんでこんなに綺麗な目をしてるんだろう、損な目でこっちをみないでほしいと何回思っただろうか。



「…俺は、水があれば生きていけると思う、実際今日部活あったしすごく悩んだ。でもそれよりもお前を家まで送り届けて看病するってきめたんだ」

「え、えと…その……」

「…お前鈍いな」

「これ以上体温上げるのやめてください」

嘘も何もかもばらして最後の最後にとんでもない発言した目の前の七瀬遙をどうすればいいのか、何を言ったらいいかわからなかった。


「……あ、あのハル…」

「悪い癖だな」

「え」

今日ハルの口から出る二回目のセリフ。


「困った時、嘘をつくとき俺の目を見ない」

もうばれてるなら言わせないでほしい。