「はーるーか君、そろそろあがりなよーー」

もう何度目だろうかこの言葉を言うのは。休日に二人でデートできるかと思ったらこれだ、本当にあいつの頭の中は水で埋め尽くされている。別に遙が泳いでいるのをみるのは嫌いじゃないしむしろ好きだ、けれども水に負けるというのはそれはそれで悲しい。

私がさっきからしていることとをいえばさっきのように定期的に遙に呼び掛けたりプールの中で足を弄ぶことぐらいだ、暑いし冷たいプールに浸れるのは嬉しいけれど太陽の光もじりじり照りつけているしそろそろ帰りたい。
休日なのに部活のプールを勝手に使ってもいいのかと聞いたら「いいだろ別に、副部長だし」と返ってきたけれど私がいいたいのはそうじゃないんだよ遙。完璧これって私的利用じゃない、どんだけ水に飢えているんだろう。

口数も普段から少ないし何を考えているかわからない、でもこうしてここにいてずっと泳ぐのに付き合ってあげている自分、どれだけ寛大なんだろう。なんて慰めてみる。



「あついよーー焼けるよーーー紫外線があ、帰っちゃうよーー」

泳いでいるし水の音にかき消されてそんなの全く聞こえていないだろうけど本当にそろそろ帰りたくなってくる。少しは期待を抱いてみたのに呼び掛けても返事はなし、もちろん分かってましたとも。

水に私はどうやっても勝てない、彼の特別な価値観の水はなによりも彼の中で勝るものなんだろう。


(別にいいけど……)

それも承知で彼と付き合っているんだ、今まで何回も気にしてきたけど結局はどうにもならない。


水に浸していた足をあげて本当に帰ろうかと考えて立ち上がる。

「遙君、名前さんは帰っちゃいますからねーー」

一応断りを入れてから帰ろうとしたのだが、それは聞こえたらしくこちらに泳いできてふちに手をかけると「タオル」とだけ言った。
ぎりぎりまであがろうとしないあたり彼らしい、と思ったけれどそれよりも自分を優先してくれて嬉しかった。これでもし本当に一人で帰っていたらマコちゃんに思いっきり愚痴っていただろう。

柵にかけていたタオルをもって渡そうとしたのだがなかなか受け取ってくれない。こっちをじっと見つめたまま動かない、もしかしてまだ水からでたくないんだろうか。


「遙…?」

不思議に思って首を傾げしゃがみこんだときにタオルを差し出した手をぐいと引かれ後頭部を抑えられて視界いっぱいに遥がうつった。
唇にあたる柔らかい感触と突然のことすぎて離れたときには何を言ったらいいかわからなかった。

「は、は、はる……っ」

いつもはこんなこと滅多にしないのだ、ましてや遙からなんてどうかしてしまったのだろうか。

「寂しそうな顔してたろ」

しれっと言って自ら出るとタオルで体をふき始めた。遙のほうが普通すぎて何も言えない、自分ばっか照れてなおさら恥ずかしい。


「さ、寂し…かったけど…いつも遙こんなことしないじゃない」

「したくなった、からじゃだめなのか」

自分の感情に素直というか直球すぎてペースが狂わされる。
長い間付き合ってきたけれどもいまだに謎だ。恋人らしいことを全くしてこなかっただけに、今の遙の行動は貴重すぎる、もしかして明日でしんでしまうのだろうか。神様が最後にくれたご褒美なんだろうかとさえ考える。



「………ご、ごめん!!まだ泳いでても大丈夫です!!」

恥ずかしさにたえられなくてプール場から出ようとしたのだが遙の手が腕をつかんで離さない。


「着替えてくるから、待ってろ」

「……い、いや泳ぎたいなら」

言い終わる前に更衣室にはいってしまった。本当に今日の遙は遙なのか?






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がしがしと頭を拭きながら先程の彼女の反応を思い出す、普段からは考えられないようなあわってぷりだった。
自分でもらしくないことをしたなとは思うけれど、事の発端は渚のなにげない言葉だった。



「ハルちゃんと名前ちゃんって付き合ってるけど、それっぽいとこなんか1つもなくない?」

「………」

いつものように聞き流していたのだがその次の言葉が気になった

「ハルちゃんよりもむしろ同じクラスの人と恋人なんだと僕思ってたよ」

「な、渚…!」

真琴がなだめているけれど別に怒ったりはしていない、ただ恋人というものが一体どういうことをすればいいのかまだ俺にはわからなかった。今まで水にしか興味がわくものはなかったし初めてなのだ。


「チューは?2人ともチューしたことあるの?」






とまあそんな具合に渚におされていろいろ勝手に言われたわけだが、名前と他のやつのほうが恋人らしいと言われてむっとしたからには俺にも人並みの感情があったといことになる。


(………)



着がえを終えて更衣室からでるとそこにはなんともいえぬ表情をした名前、たぶん照れてるんだろうなと思った。


「帰るぞ」

「う、うん…」

それでも少しだけあいている距離、なんか悪いことをした気分になる。


「だめだったか?」

「え?」

「キスするのだめだったか?」

素直に尋ねれば視線をせわしなく動かしながらも首を横に振って「い、いやじゃなかった…」と呟いた。

それだけ聞ければ安心である。




「……今日の遙変だね」

「いつも通りだ」






ただのヒトまで後少し、それまで少し1人の人間に執着するのも悪くないかもな。