また夏がやってくる。



学校への通学路を歩きながら汗がでてくるのを感じる。春なのに絶好に天気が良い日でなんだか少し汗をかきそうなくらいの天気だ。春がすぎて早く夏がくればいいなあと思った、眠たくなるこの春の感じは好きだけれど夏の方がすきだったりする。

昔の話になってしまうが、小さい頃スイミングクラブに通っていた私はそこで一目ぼれというやつだろうか、そこらへんは今でも曖昧なのだけれど泳ぎをみるたびにどうしようもなく胸が高鳴る人物がいた。
両親の勝手な意見でスイミングクラブに通わされていた私はどうしようもなくやる気もなく、やるからにはがんばるぞ、とかいう前向きな考えもなかった。彼の泳ぎを見るまでは。

なんというか才能に満ち溢れている、そんな感じだった。彼を見てからあんなふうに早く泳いで誰よりも水の中で早く、ゴールにたどり着けたらさぞかし気持ちいいのではないかと思った。憧れ、というやつだったのだろうか今思うと。
とにかくまあ彼の泳ぎをみてから真面目に取り組むようになったし、そこそこ泳ぐのも早くなった、小学校では女子の中じゃ結構上位だったしそれなりにいい成績も残せるようになっていた。
けれども中学になってスイミングクラブもやめ、彼を見れる機会も減った、というよりなくなったに等しい。

けれども彼を高校で見つけたときの感動といったらそれはもう、運命なんじゃないかと思ったぐらいだった。七瀬遥、女っぽいなと印象を持ったその名前は忘れない。もしかしたらまた彼の泳ぎが見れるんじゃないかと思ったけれども高校に水泳部はなく、昔あったスイミングもなくなってしまうと聞いて絶望した。こんなのってないよ神様。






「あっついなあ…」

日差しが照りつける中、横の方をみれば目に映る青い海。無性に恋しくなったし泳ぎたい。そんなことより学校にいかなければならないのだけれども。
誘惑につられそうになりながらも、また歩く足をすすめる。











「すいえーぶ!!部員募集中だよーー!!」



学校の中で繰り広げられる水泳部の勧誘。突然すぎてなぜ?急に?と頭はついていかなったけれど、勧誘している人物に見覚えはあった。昔同じスイミングクラブに通っていた人たちだ。水泳部を作るなら、もしかして、とすこし期待を抱く。もう一度あの泳ぎを見れるならば入ろうとも考えたけれど、一人で入るのもなんだか気が引けたし、懐かしい人に再開する気恥ずかしさも少しあった。というか、彼らとは通っていた間ほんの少ししか話したことがないし友達、というわけでもない。女子の中でも早かったやつ、という認識にすぎないだろう。だからこそなおさらなんだか入る気にはまだなれなかった。


「………文化部にしとこうかな…」


高校ではゆるくいきたいと思っていたし、中学でもそうだった、だからこそ今更運動部にはいってもついていけないと思った。もちろん夏になれば泳いだりはしていたけれどそれとは話が別になる。




「ねえ君、水泳部入らない?」



廊下で突っ立って考えているうちに私にも勧誘にかかったようで、驚きつつも


「すいません、運動部はちょっと…」とやんわりと断るが、何故かその後もじっと顔を見つめられもしかして何かついてるんだろうかと顔を触ってみるも目や鼻、きっとそれらのパーツ意外はついてないはずだ。


「僕、君に見覚えがあるんだけど、なんでだろう」


そりゃあ昔一緒のクラブでしたからね、渚君。なんてことは言ったら言ったできっと面倒になるんだろうなあと思った、


「きっと、人違いですよ」

「そっかあ、で!水泳部入らない?」


やっぱりそこは推してくるんだね、もちろん断りました。







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美術部や茶道部、なにか向いてそうなものはないかみてみたものの、どこも新入生勧誘に必死なんだろう、必死すぎて逆に入る気力がなかなか出てこない。もう少し考えてもいいかなと思うものがほとんどでこういうとき優柔不断とは困るものだと思った。
やっぱりこれからの夏になるし水泳部は魅力的だなあと思った。


「名前何に入るかもう決めた?」

「まだ決めてない…決めたの?」

いろいろな部活を巡りながら似たような会話の繰り返し、そろそろもう回るのも疲れてきた頃廊下でまたもや渚君とばったり遭遇してしまった。
けれども今度のターゲットは一度誘った私ではなく隣の友人だったらしく、声をかけてみるも断られていた。経験がない人に水泳はきついだろうに。


「後1人だけなのになあ……」

肩をがっくりと落とす渚君の横を通り過ぎ次の部活へと行こうとしたとき、




「名字名前ちゃん、第23回小学生の部女子優勝者…」

ぼそりと突然そんなことを言われて振り返る。



「な、なななんで…」

絶対に私のこと覚えてないだろうと安心していたのに

「思い出せなくてまこちゃんに言ったら思い出してさ!ずば抜けて早かったもんねえ、だから僕と一緒にこの夏泳ごうよ!!」

「……え、遠慮します」

「遠慮しなくていいからさ!」

「もうあんなに早く泳げないし……」

「そんなのこれからまたどうにでもなるなる!」

迫力というかものすごい勢いでおされている、これではだめだ。友人もいつの間にかいなくなってしまったし他のまだ言ってないところにも行きたいのに。


「お願い、ちょーーっとだけ、少しだけ見てみるだけでいいんだよ!」

「……じゃあ、少しだけ…」

少し見学したらきっと諦めてくれるんだろうと思っておとなしくついていくことに、うまく流されてしまってる。












おとなしくついていくまま連れて行かれたのは外のプール、最初みたときは汚かったのに今は綺麗な水がはられている。


「部員一人つれてきたよー!」

「えっ、見学の約束のはずじゃ…!」

「まーまー細かいことは気にしないでさ」

全然細かくないと思うんですけど…!
プールにいたのは真琴君にもう1人女の子、それに


「ハル!まだ泳いじゃだめだって!」

「この時期はまだ寒いってハルちゃん!」


あこがれの人。七瀬遙君。



「ごめんなさいねえ、ばたばたしててやっと泳げるのがよっぽど嬉しかったのかしら彼」

近くにいた女の先生が苦笑いで話しかけてきたので、大丈夫ですと返す。
正直来るべきじゃなかったのかもしれない、水が貼ったプールを見るのは久しぶりで無性に泳ぎたくなる。


「……じゃ、これで…」

「ええ!ちょっとまってよ名字さん!!君みたいな人が入らないで誰が入るの!」

「……もう部員足りてるんじゃないの…」

粘り強いなあ渚君は、見る限り4人はいるし大丈夫なんじゃないだろうか。



「そうだよ、昔スイミングクラブに通ってたならこれみて泳ぎたくならない?」

真琴君の言うことは確かに当たっているし、また憧れの人物と泳げるなんて嬉しいにきまっている


「…でも、本当に昔みたいに泳げるわけじゃないから」

たぶん今の自分は50Mも泳げるのか危ういだろう。




「そんなのべつに関係ない」

いつの間にやらプールからでて若干顔色の悪い七瀬君がそう言った。



「そーそーハルちゃんの言うとおり、泳ぐのが好きならそれでいいんだって!」

「ハルだって、泳ぐこと最近じゃ全然してなかったけど、今こうしているわけだし、全然気にすることないと思うよ」


うまくまとめられてなんだか入る雰囲気にもうなってしまっているけれど、一体どうすればいいんだろうか。自分に問いかけるまでもなく、もうすでに答えは決まっているはずなのに何を迷っているのか。



「……入部…します…」


青い空の下、もう一度水の中を自由に泳いでみたいと思った。



「やったー!!」

「良かったなあハル、強力な部員だ」


その時微かに七瀬君が笑った。




やっぱりあの時の気持ちは憧れではなく、恋だったのだろうか。
この胸の高鳴りはなんなのだろうか。