一か月前ほどから何にしようかと必死に悩んで、その他にも悩むことはいろいろあるのだけれど好きな人が生まれた日、たとえあっちが私のことを知らなくても何か感謝の気持ちをこめてあげることぐらい許されるだろう。モデルで有名人で海常高校のエースとも呼ばれるべき存在の彼には私以外にも好きな子がたくさんいて、私よりも話している子なんてたくさんいるし、そう私が唯一優越感を得るのは彼の隣だということだろうか。
初めて隣の席になったとき彼のことは全く知らなかった、普段雑誌なんて読まないしかっこいい俳優さんとかを見ても然程興味がわくわけでもなかった。なのになぜか彼だけは初めて言葉を交わしてから目で追ってしまうし毎日のおはよう、を期待してしまうようになって気付いたら好きになっていた。
でも決して自分の気持ちを伝えようとか思ったことはないし、私の中で彼はテレビの中の存在のような人だったのだ。毎日女の子に囲まれる彼は近いけれど遠い存在だった。学校が終わればさよならでもう他人のように高い高い壁がすぐさまできているような気がした。
だからもちろん彼のことを少しも知らなかった私は偶然聞いてしまった黄瀬君の誕生日の日のことを、どうしようかとずっと悩み続けていた。


「黄瀬君に何あげようかなあ」

「えーあげるの?!」

「もちろん、だってそこからもしかするとお近づきになれるかもでしょ?」

「ないよねえ、ねー名前」

目の前で繰り広げられていた会話を突然ふられあわてて頷くと「もしかして名前もあげるつもりだった?」と聞かれた。


「ち、違うよ…ただ黄瀬君ってモデルだし貰って嬉しいものってあるのかなって…」

咄嗟に嘘をついてしまったけれど最後の方は本当に思っていたことだ、モデルをしていてそれなりにお給料ももらっているであろう彼が欲しいものなんてあるのだろうか。


「そーじゃないのよ!気持ちよ気持ちー!」

「下心丸見えだったじゃない」

「…だってぇーいいじゃない少しぐらい期待をもっても。あー名前の席になりたい…」

会話に苦笑いで相槌をうつことしかできなかった。友人のようにもっと積極的な性格であればきっと私も悩まずにあげようとする勇気がもてただろう。そう思う私の心も下心と何ら変わりないのだろうけど。


「………どうしようかな」


黄瀬君は何が好きで、プレゼントを親しくない人間から貰うのは好きなんだろうか。そんなちっぽけなことすらも私は知らない。














ここのところ雨が続いていて気付くと黄瀬君の誕生日も近づいてきていた。結局悩むばかりで何も決められずじまい。優柔不断でどうしようもない性格だと自分でもわかっていたけれどそれもなかなか治らないものである。もうあげなくてもいいんではないだろうかと思えてくる。


「おはようっス、名字さん!」

「えっ!?あ、おはよう黄瀬君」

どうやら考えているうちに登校した彼に気付かなかったらしい、挨拶を返すと微妙な表情でこちらをじっと見つめてくる。

「き、黄瀬君今日は早いんだね」

そんな視線から逃れようと前に視線を移して話題を必死に取り繕う。いつもはバスケ部の朝練があれば教室にはぎりぎりだし、そうでなくても学校へくるのはいつも遅い彼が今日は珍しく早かった。私はと言えば親の仕事の都合でいつも学校へ来るのが早いのだが、まだ人がまばらであるこの時間帯に彼とあうのは珍しかった。


「今日はなんだか早く学校へ着いちゃったんスよー、雨の日って電車混雑するから苦手で…名字さんはいつも早いんスか?」

「うん、結構早く学校にきてるよ」

「雨って嫌っスよねえーそう思わないスか?気分も下がるというか」

「そうかな?音とか意外と好きだったりするよ、それに熱いよりは涼しい方が好きなんだ」

「へーそうだったんスか、………あの、名字さん別に言いたくないなら言わなくてもいいんスけど」

「なに?」

黄瀬君とこんなに会話したことがあっただろうか、いつもは朝早くきてもすることがないしただどうやって時間をつぶすかだけを考えていたのに今日は早く来てよかったと心から思った。


「何か考えてることとか、悩んでることでもあるんスか」

驚いて彼の方を見るとどことなく眉を下げた、いつものような笑顔の彼ではなかった。


「ど、どうして…?」

「いや、なんとなくなんスけど…最近ぼーっとしてること多いし。お隣の席の俺は気付くんスよ、勘違いだったらすげー恥ずかしいんスけどね!」

「…悩んでる、とかではないんだけど少しどうしたらいいのかわからないことがあって……」

「俺でよければ聞きますけど?」

まさに悩んでる理由があなたです。なんて言えるはずもなくどことなく言葉をぼかしてみたのだが黄瀬くんは優しい性格であるらしく知らない奴の悩みでも聞いてくれると言う。


「私のしたいことが相手の迷惑になってたら、どうしようって思って」

これならばきっとばれないだろうと思い、言うか否か悩んだけれど結局大事なところははぶいて簡潔にそう言った。


「…別にいいんじゃないスかね?俺も今こうして名字さんに聞くことが迷惑だったら思ったらどうしようって思ったんスけど、まあ名字さんは答えてくれたんで結果オーライで安心してるし、相手にとってはいい方向に転ぶこともあるかもしれないじゃないスか!」

「そう、かもね…」

じゃあ私のしてあげたいことも黄瀬君にとっていい方向に転んでくれるのだろうか。
今目の前で話す彼の笑顔がそのままでいてくれるのだろうか、私はとても臆病な人間で申し訳なくなる。


「だからね、元気出して下さいよ名字さん」

君の言葉だけで私は元気が貰えるのに、私は君に何もできない。















今日も雨だった、ただこの間と違うのは今日は黄瀬君の誕生日であるということ。
黄瀬君はこの間雨が嫌だと言っていた、誕生日に雨が降るなんてきっと朝から憂鬱な気分になるんだろうな、今日ぐらいは晴れてあげてほしかったなんて。私が思ってもどうにもならないんだけども。
黄瀬君はどうやら今日は遅いらしく、少しだけ期待していた自分にこの間のはたまたまだったんだから、と言い聞かせる。鞄には一応可愛くラッピングされたプレゼントが入っているけれど、渡せるかどうかはもちろん自分次第である。ファンの子たちも机の中にきっとプレゼントを入れるんだろう、ならば一緒に混ぜてしまえばきっとばれることはないんじゃないかと思った。


「………だめ、だよね」

どこかで同じには思われたくない、という思いもあった。やっぱり直接渡そうと思った。


だがしかしそうは思ったものの今日の主役は休み時間もどこでも引っ張りだこで常に呼び出しをされていた。そんな光景をぼんやり眺めては、ああもしかして私のなんていらないのかなと出かけていた勇気すら少しずつしおれていく。



「黄瀬君にあげたの?」

「んーあげた、というか下駄箱にいれてきた!もーさパンパンでやばかった!」

お昼、御飯を食べながら前にあげると言っていた友人に聞いてみると答えはイェス。そして予想通りの結果でやはりたくさん彼は貰うらしい。私も一緒に下駄箱とかに紛れ込ませるんだった、どうして自分でハードルをあげてしまったんだろうと後悔するも遅かった。



「あー雨はいやだなあ、気分が上がらないや」

黄瀬君と同じ言葉を吐く友人に、確かにそうかもしれないと思った。今日はなんだか気分が上がらない、朝から忙しい黄瀬君とは会話をする時間すら今日はなくて、おめでとうすら言えないまま。


雨は嫌だ、人の心を憂鬱にさせると言い訳をするけれどなんにも解決にはならなかった。













結局放課後になってしまい、やっぱりだめだったなと思う。
タイミングを探したけれどなかった、人気者とは恐ろしい。とか私が考えている今も黄瀬君は誰かに呼ばれて行ってしまった。
雨は放課後になってもやんではいなかった、鞄に折り畳み傘をてっきり持ってきているものだと思っていたから、入ってないと気付いた時は驚いたと同時に今日はアンラッキーデイなのかと思った。おは朝でもみてくればよかったなと思ったほどだ。

やむまで待つしかないのか、と思った時不意に後ろから突然名前をよばれた。

「あの、名字さん!」

「え、えと…」

どうしてここにいるんだろうと思った、黄瀬君はまだ部活があるし帰らないはずなのに。


「…き、今日…何の日か知ってるスか……!」

振り絞ったような声で聞いてくる黄瀬君に「…誕生日?」と言うと急に安堵したような顔になった。


「……俺、てっきり覚えてないのかと思ったんス……」

「覚えてるとかじゃなくて、席となりだし女の子が机にプレゼントつめてるの見えてるしわかるよ」

と笑うと、なんだかまた複雑そうな顔をして


「……じゃあ、なんでおめでとうって言ってくれないんスか?」

まさかそんなことを言われるだなんて思っていなくて「へ?」と随分間抜けな声が漏れた。確かにおめでとう、とは言っていないけれどどうしてそれを黄瀬君がわざわざ言ってくるのだろう。


「お、おめでとう?」

「そ、それすんごい複雑なんスけど…ていうかなんで疑問形なんスか…」


「……ほんとは言おうと思ってたんだけど、黄瀬君今日ずっと忙しそうだったから…ごめんね」

「い、いやそれは俺が悪いんですいません…よく考えるとそうなんスよね……」

「…黄瀬君はわざわざそれを言いに来てくれたの?」

ここまできたんだからきっと何か別の用があるのだろうと思ったのだが、玄関ですることなんてあるだろうかと考えてみる。


「……あの!」

「は、はい!」

突然大きな声をだした黄瀬君につられて自分も返事が大きくなってしまった。


「好きっス、名字さん!隣の席になって、その毎日挨拶するだけで精いっぱいだったんスけどほんとはもっと話してみたかったし…、えーと、そ、それに…全く俺に興味なさそうだったんスけどそんなとこも好きで、って言いたいのはそうじゃなくて…


好き、です。だから今日はあんたに一番おめでとうって言ってほしかった」



信じられない、夢でも見てるようだわ。などという表現は今まさに使うべきなのだろうか。信じられない。



「………え、あ、あの、なんで泣いてるんスか!え!?そんなに嫌だったんスか?」

突然泣きだしたらきっと誰でもそんな反応をするだろう。泣きたくて泣いているわけではない、勝手に涙が零れてきて自分でもよくわからない。


「わ、私も好きだった、から…その、信じられなくて」

涙をぬぐいながら言うと、それを聞いた黄瀬君は少しずつ笑顔になって「なーんだ、両想いってやつだったんスかね」と笑った。



「俺の方が信じられないんスけどね、名字さん何も気付いてくんないから、なやんでるってことに気付いたのもあんただからなのに」

いつも見てるってことなのに、鈍いッスよねと言われてそうだったのかと思った。


「だから今日名字さんと言葉をかわせないし、そのうえそのまま帰ろうとするからほんと辛かったスわ…」

「ご、ごめんね…」

「今となっちゃどーでもいいんスけどね、おめでとうも言ってもらえたし、満足っスわ」

誕生日なのに私が黄瀬君から告白をもらってしまったし、驚きと嬉しさといろいろまじってどうしたらいいのかわからない。けれども私にもすべきことがある、


「黄瀬君、何が好きだかわからなくてプレゼントもどうしたらいいかわからなかったんだけど、よければ」



良い方向に転ぶこともあるかもしれないじゃないスか



嬉しそうに笑う彼があなたが前にいるということはそういうことでいいんだ。