まだ寒いだろうと思っていた春もすぐにすぎて暑さがやってくる、もう長袖じゃ汗をかいてしまうぐらいだ。となるともちろんこの時期衣替えというものがある。制服は冬服から夏服へ、快適になるのは悪いことではないしいいことだけれどどうしても気になるものがある


「…ダイエットするんだった……」

冬服のうちは見えなかった太い二の腕が覗く、道を歩く細い女の子たちをみていると泣きたくなるしいますぐ冬服に戻りたい気分だ。少し体重が増えたし痩せようとは思っていたがそれをなかなか実行に移すことができないままきてしまった、自業自得とやつだ。


(ああ…こんなの涼太にみられたら死んでも良い……)

どうせ毎日会うし会わないなんてことは不可能なのだけれど、にしても二の腕とはどうやったら細くなるのだろうか。




「名無しっちーー!おはよーっス!」

そうこう考えているうちに毎朝一緒に登校するその涼太がきてしまって、思わず顔がひきつる。


「お、おはよ…」

「いつもはもっと明るく挨拶してくれるような気がするんスけど…今日から夏服っスね!名無しっちは何を着ても似合うね」

「似合わないよ……もうほんとそれも心に刺さるからやめて」


いつもだったら嬉しくて喜んでいるんだろうけど今回は自分でも似合わないのはわかっている。

「…どうしたんスか?別に変なとこないと思うんスけど」

男の人に相談したところで何か解決はできるだろうか、涼太を眺めてみると細いし筋肉しかついてなさそうで余計恥ずかしい。モデルもしているし何か良い方法はないか尋ねてみるのもありかもしれないがなんだか負けたような気分だ。


「…太ったんだよね」

「どこら辺が」

「全体的に」

「ほんとに?」

「ほんとに……」

じいっと見つめてくる視線がまたはずかしい。ふいと視線をそらして涼太より少し前に出て歩く。そんなことあっという間に無意味に変わるのだけれども。


「俺には全然わかんないんスけど、ダイエットとかやめてね名無しっち太っても嫌いにならないっスよ」

いつの間にか横に並んでこちらを覗きこむようにそう言った。
涼太なりの優しさだろうか、それがまた痛い。

「涼太モデルだし、何か良い方法とかない?腕って痩せにくくて…」

もう打ち明けてしまったいまとなれば開き直るほかないので自分で自分の腕をつまんでみる、泣きたくなった。


「筋トレ、が一番じゃないスかね。俺はバスケで動くんでそれほど意識しなくても…いたっ」

元から細いもんね、そうですか、と内心毒づいて鞄で軽く殴る。













「別に筋トレなんかしなくても彼氏さんあんたのこと大好きじゃない」

ダイエットしようと誰かに宣言しておいたほうが効果があると思った、のにそんなことを言われてどんな反応をすればよいのだろう。

「大体おんなのこは別に60あろうが70あろうがそれで別れていくような男なら別れてしまいなさいよ」

なんとも男前な答えが返ってきて拍手を送りたくなる。そうか、もし私が太って涼太が私のことを嫌いになったらこっちから別れればいいのか、



「そういう問題じゃないんだよねえ……」


そうじゃないんだ、そうじゃないんだよ友人よ。好きな人の前では可愛くありたいものなんだよ、特に彼がモテてズバ抜けて容姿がかっこいい部類だと余計に。涼太と付き合ってからいろいろこれまでも努力してきた、釣り合うように必死にがんばってきたのにここでその努力をやめてもいいのか自分。

「うう………」

屋上のフェンスにうなだれる、金網が固くて痛い。
考え事をしていると周りになかなか気づかないもので後ろから迫ってきていた気配に気付けなかった。




「なーにしてんスか」

後ろから覆いかぶさってきたぬくもりに驚くも誰か理解したのでそのままにする。
後ろから抱きしめられるのは嫌いじゃない、むしろ好きだ。涼太の腕がお腹にまわってすりすりと頬を寄せられるのは毎回犬のようだと思う。どうにもこれが好きらしく涼太は毎回これをしてくる。


「つーか全然じゃないッスか」

いつの間にかお腹まわりやら確認するような手つきで撫でまわした後そう言った、一瞬何のことかわからなかったけれど意味を理解したとたん涼太から逃れようと躍起になった。


「お腹の肉をさわったな…!!変態!!」

「えっちょ、それは傷つくなあ俺彼氏なんスけど?」

必死にもがいてみてもくつくつと喉で笑う声が聞こえてくるだけで運動部の力には勝てない。


「もーいやだ……」

「だからさあ、全然じゃないスか。どこが太ってんのていうかもうちょっと太っても大丈夫っスけど」

そんなこと言わないでほしかった、かろうじて顔が見えないことが救いだけど私の顔はきっと今真っ赤なんだろう。


「かわいいなあ、だからこのままでいいんスよ。ふとってよーが太ってなかろーが名無しっちだから俺は好きなんだし」

そう言ってまた後ろから頬を擦り寄せてくる、金色の髪の毛があたってくすぐったい。


「それに俺は無理してほしくないんスよ、ね。俺が気付いてないとでも思った?」

後ろから耳元でささやかれるのは結構恥ずかしいもんだなあと思った、それに感覚がじかに伝わってきてぞくぞくするのだ。


「…わかった、ダイエットしない……」

「うん」

「私がもしすごく太っても愛してくれるのね?」

「うん」


その答えを聞いて安堵した、何も心配することはなかった。背のびすることも涼太はのぞんでいなかった。



「夏服っていいっスよね冬服より体のラインでるし、なにより…」

「うるさい」



もっとずっと名無しっちを感じられるような気がするんスよねえ。