学校も習い事も全部自分の意思で決めたわけじゃないけどそれなりに楽しかったし自分の力にはなったからまあいいやってずっと思ってきたわけだけど、それはもちろん今も続いているわけで海常高校を選んだのも親。理由は深く聞いてない、「あなたは才能あるんだからピアノ続けなさい」と言われて今も続けるピアノ。皆楽しそうに部活に向かう中自分ひとりだけ帰ることに少しさみしさを覚えることだってあるけれど別に良い。部活でやりたいことだってないし好きなことも特に思い当たらない、しいていうなら母がずっと応援してきてくれたピアノだろうか。

帰る際にいつもグラウンドや体育館で一生懸命頑張る皆の姿をみると自分もあんなふうに熱くなれるものがほしいなとかぼんやり考えてみるけれどきっと無理だろう。今までずっとそうだったから。




「じゃあ、クラスで誰か学級委員やってくれるやついないかー」

毎回クラスで決める係決めというやつ。クラスの中心になる役目にはもちろん誰もなりたがらない、今までだって大抵じゃんけんやクジで決まってきたいくらそれが評価されると言ってもクラスをまとめるという責任を背負える人はそうそういないだろう。私だってそんな役目はやりたくない、やるとしても副会長あたりで充分である。

「ここはこう積極的に、少しは評価あがるんだぞ」

先生もしんと静まり返った空気をなんとかしようとあれこれ考えて発言するも皆やりたくない感じが前面にでている。どうにもならないと判断したのか結局先生が女子と男子から1人ずつ話しあって1人出してくれということになった。最後には結局こうなるのだ。


「…誰やる?」「めんどいよねー」「やりたくないなあ」なんてそれぞれの本音が出てくる、こうなると話しあっても無駄だ。じゃんけんだねと提案すると皆渋々頷いた。


「わーおめでとう名前!言い出しっぺの法則ってやつ?」

結果負けに負け続けて自分がやることに、昔からじゃんけんが強いと自分のことは思ってこなかったけれどこんな時に負けてくれなくても良かったのに。言い出しっぺの法則だろうか、無駄なことを言わなければ良かったと今更後悔する。


「男子は黄瀬、女子は名字。んで、やっぱここは男子が会長なので黄瀬にけってー、はい拍手ー!」

黄瀬君とやらは聞いたことがある、なんでもたいそう女子にもてるそうで今皆の前に出てこうしている間にも黄瀬君になるんだったらやればよかったなんて声が聞こえてくる。でも皆やりたくないっていったのになんて卑怯な。今からでもかわれるものならぜひとも代わってほしい。
ちらりと黄瀬君を見れば苦笑いをしている、彼もきっとほんとはやりたくないんだろう。私だって人気者と一緒だってわかってなおさらやる気なくしたよ。最初からやる気なんてなかったけれど。



「名字さんて、クールっスね」

ある日突然黄瀬君にそう言われた時は驚いた、クールとはかけ離れているしむしろ、なんというかそそっかしいとかどんくさいとかそんな言葉が似合いそうな私にクールだなんて何を思ったんだろうか。

「黄瀬君こそクールだよね」

「いや、そんなことないっスよ。ただ、負けて副会長になったのにこういうの涼しい顔でこなしてるっていうかいつもそんな感じがして」

「…慣れてるからじゃないかな」

親に言われた通りに人生を過ごしてきた私には何か仕事を与えられたら黙ってやるということ意外思いつかない、逆らってどうにかなるものではないのなら最初からおとなしくしたがっていたほうが良い。

「ふーん、名字さん部活は?」

「習い事があるからやってないの」

「何の習い事やってるんスか?」

「教えないよ」

「えええーー」

ぶーっと不満をたれる黄瀬君だがそこまで教える理由が見つからない。


「ねえ名字さん俺あんたのこと好きなんだけど」

「ふーん」

「えっそれだけ!?」

「嘘くさい」

「本当っスよ!」

黄瀬君さぞおもてになる方だろうし、そんな言葉言えばすぐにうっとりしちゃう女の子は大勢いるんだろうけど生憎黄瀬君がどうのこうという前に私なんかのつまらない女にはどんな男の子ももったいない。


「私、つまんないから」

自分の意思で何かを成し遂げたことはあっただろうか、これまでのこと全部誰かの手のひらの上でただ動いていただけのような気がする。




「つまんなかったら、その人のことを好きになっちゃいけないんスかね?」

「もっと面白い子がいるでしょう」

「恋愛は面白いものなんスか?」

「……何で黄瀬君そこまで、私に聞くことないじゃない。恋愛なんていっぱいしてるでしょう」

調子が狂うというか、変な男だ。いきなり好きって言われても今までそんな感じ全然しなかったしもしかするとからかっているのだろうか。恋をしたことがない私をばかにしてるんだろうか。


「聞くところによるとあんた、確かにつまんない人間だったぽいスね。いつも淡々と物事をこなしてそれで終わり。つまんなくないんスか?もっと楽しんで生きていこうとか思わないんスか」

「何よ、私が随分暗い人生を送っているみたいじゃない」

自分でもそこまで悪い人生を送ってるだなんて思ったことはないし、今の状態に不満は特にない。でもなぜだか誰かに言われると少し不快だ。


「俺はでもそんなあんたがどうしようもなく好きになったんスよ。ね、名字さんはもう覚えてないかもしれないだけど俺にとっちゃふかーい出来事があるんスよ」

「覚えてない」

さっきからいらいらする。それに今日はピアノのレッスンがあったはずだ、早く帰らなければいけない。


「まーたピアノっスか。そんなの、やめちゃいなよ。ずっとあんたを縛り付けてきたものから逃げたいと思わないんスか。いい加減自分の意思表示とかしたらどうなんスか」

「…関係ないじゃない」

「縛られてるんじゃない、あんたは全部自分からだ。逃れようとしてない」

だらりと気力をなくした手を取って、視線を合わせる。まるで魔法をかけるかのようにゆっくりと静かに


「連れ出してほしいって、前にあんたは言ったんだ」


なんのことか全然わからなかった、そんなこと望んでもいないし、言った覚えもない。

「クラスの皆が楽しそうにしてるなか、ほんとは混ざりたいって思う気持ちも殺して、ただみるだけはもうやめよう名字さん。ねえ、俺が連れ出してあげるからさ」

普段ならきっとこんな鳥肌のたつようなセリフ受け付けないだろう、だが今はなぜかそれがまるで本当の魔法の言葉のように聞こえた。


「……本当に、黄瀬君は……」

手をすっと持ち上げてキスをおとす。


「もちろんっス」

その先の言葉は言わなくても大丈夫だよ、と言ってるように聞こえた。無理だって諦めていたことをもう我慢しなくていいんだよ、って。



「きっともうすぐ名字さんは変われるはずっスよ」