俺から告白して俺から別れを切り出した。俺だって健全な男子高校生だしそりゃあいろいろあるわけで1人の女にこだわるなんてらしくなかったなんて今更。
ただの女よけにちょうどいいかなって思ったから付き合ったのに、それを分かっていても彼女は笑顔ではいとだけ言った。俺のことが好きだったのだろうか、それすら定かではないけれど今俺の隣に彼女はいない。
最後別れようと言った時もただはいと笑うだけだった。あんたは一体何を思っていたのかな。楽しそうにいつも笑ってくれて悲しそうな表情なんてしたことなかった。

なぜだか彼女がいなくなってから違和感を感じるようになった。
いつもみたいに好きと言って愛してるといえば素直に俺に従ってくれる女の子たち。それは変わらないが、その言葉を言うのがだんだんと面倒になっていった。うわべだけの言葉を並べるだけなのになぜか疲れてしまって。彼女はどうだっただろう、愛してるなんて言わなくてもただ笑ってくれた。幸せそうにしていた。
きちんと言葉で表してくれなければわからないと駄々をこねる女たちと違って、言葉なんかなくても彼女は何も言わなかった。俺は彼女に体の関係を求めたりはしなかった、ほかの女は俺に体の関係を求めてくる。別にいいのだ、それが正解なんだ。
何で俺は彼女のことばかり考えているんだろう。特別可愛いとか特別綺麗だとかそういった特徴があるわけでもない、ただの女よけに一時期利用していただけなのに、なぜだろう。
そんな考えがよく頭をよぎるようになった。

「私のこと好き?」

そう聞かれればいつものように好きだよって返せば簡単なことなのに、なぜだろう言葉が出てこない。いや、言いたくなかった。


「……無理、あんたもういらないっス」

なんでそんな簡単なことが今の俺にできないんだ。





もう1つ違和感があるとすればここ最近胸がもやもやしていることだった。これも原因はわからないしもしかすると自分は病気なのだろうかと思った。でもいたってそれ以外は悪いところはないしいつものようにバスケだって普通にできる。
彼女をたまに学校で見かければまた笑顔だなんて思う、ほんとにいつもにこにこしていて疲れやしないのだろうか。仕事柄笑顔を作るのに俺は慣れているけれど彼女のあの笑顔は本当なのか嘘なのかわからない。花がはじけるような笑顔を浮かべる彼女に、またざわつく。

「最近、変だよね黄瀬君」

「そうっスか?全然変わってないと思うけど」

「もう遊ぶのやめたの?」

「んーちょっと忙しいんで」

めっきり他の女の子と遊ぶことはなくなった、いや自ら彼女らを遠ざけていると言った方が正しいだろう。なぜだかそんな気分にはなれないのだ。健全な男子高校生であるはずなのに、性欲だってあるはずなのになぜかそんな気分にはなれなかった。もしかすると俺も歳をとったからだろうかと考えたけれどまだ10代。
この体の不調はなんなんだろう。

それがなんなのか気付いたのは、悩み続けて1週間。
そう、あの彼女の泣き顔を初めて見たときだった。
授業が退屈だったから窓の外を眺めていると女子のソフトボール。たまたま打席にたっていたのが彼女で、ピッチャーが投げると見事に衝突。
いつものように笑うんだろうなと思っていたのに、最初は俺の予想通り笑っていた。けれどもその後、こらえきれなくなったのか涙をこぼしはじめた。泣くことあるんだ、と思うと同時に今すぐ走って抱きしめたいなと思った。自分でもそう思ったことに驚いた。あの華奢な体を、泣いている涙をぬぐって慰めてやりたいと思った。
守ってやりたいと思った。
きっとこの授業が終われば彼女は保健室に行くはずだ。早く終われと心の中で祈って、チャイムと同時に俺は走った。



「すいませーん」

保健室を開ければやっぱり彼女はそこにいて、先生に診てもらっている最中だった。後ろを振り向いた彼女は赤くなった目をさらに開いた。思ったより痛かったのだろうか。

「黄瀬君、どうしたの?あなたも怪我?」

「いや、違うっス。ちょっと彼女に用事があって」

「そうなの?じゃあすぐに手当て終わらせるから待っててね」

腕にあたったんだろうかそこには痣ができていてなんとも痛々しい。もっとましな人にピッチャーやらせたら良かったのにと思った。
湿布を張り終えるとすぐに先生は彼女を解放した、「ほんとは心配なんだけど黄瀬君用事あるみたいだし」と言ってくれてありがたい。

「名字さん、じゃあちょっと俺についてきてもらえないスか?」

そう言えばまた彼女は笑ってうなずくんだ。


チャイムがなる前にけりをつけてしまいたかったので下駄箱で隠れる玄関で立ち止まる。
彼女は不思議そうに首を傾げて「どうしたの黄瀬君」と言った。その声すら俺には心地いいものに聞こえた。


「…名字さん前に何で俺が告白したか知ってる?」

「わかってるよ?」

困ったような表情で言った。なんだ彼女にはばれていたのか。ばれていなければいいと少し思ったのに。

「うん、告白したのはお察ししてる通りなんス。で、その後のことなんだけど俺名字さんのこと本気で好きなわけじゃなかったし、ふったのも俺からだったしちょっと意味わかんないと思うんスよねこの状況」

こくりと頷いた、

「俺、どうやらあんたのこと好きみたいで」

違和感も全部全部俺があんたのこと好きだから。好きだからもやもやもするし守ってあげたかった。好きだから他の女にもう好きだなんて言えなくなった。

「……唐突すぎるよ」

困ったように眉を寄せる表情だって以前は見せてくれなかった。名字さんは全部知った上で俺と付き合うことを承諾した。だからずっと笑顔だったのだ、自分がそうさせていた。


「名字さんが無理して笑わなくてもいいような人になります、名字さんが泣いた時は傍で慰めてあげる人になりたい。いつもあんたのそばに入れる人になりたい」

彼女の目がだんだんと潤んでいった。

「……じゃあ、私は黄瀬君が浮気しなくてもいいような女の人になれるように頑張るね」

涙を流しながらくしゃりと笑った、こっちのほうが俺は好きだった。
ぎゅうと抱きしめれば彼女から甘い匂いがした。やっぱり細くてこの人は俺が守ってあげたいと思った。


「心配なんて無用っス」

俺はもうあんたにしか好きだと言えないんだから。