お元気でしょうか、私のことは覚えていますか。もうきっとあなたは忘れてしまっているんでしょう。けれども覚えているかもしれないっていう微かな希望を抱いている私は随分と面倒くさい女なんでしょうね。でも、私があなたのことを忘れられないのは仕方ないと思うのです。どうして私の気持ちを知っていながらあなたは忽然と消えて私の目に映るのはもう画面越しでしかないのか、不思議でたまらないのです。何かしてしまったでしょうか、いくら思っても心当たりなんてないのです。
覚えていますか。私のこと、きっともう忘れてしまっているんでしょうけど。

これもだめ。

私の何がいけなかったとか聞くつもりはないけれど、私はまだ

これもだめ。

あの時の気持ちはもうすっかり薄れてしまっているんでしょう、だってもう大分年も経って

これもだめ。
ぐしゃりと紙を握ってゴミ箱に捨てる。もう何度目だろうか、普通にファンレターとして手紙をかきたいのだがどうしても思いがあふれてくると気持ちを抑えられない。
黄瀬涼太、今や知らない人はいないだろうという人気ぶりである。そんな彼とは昔付き合っていた。けど、自然消滅というのだろうか、私の気持ちは消えることはなかったけれど彼の心は離れていく一方だった。もう限界だね、と思う頃には連絡だってとらなくなっていたししょうがないとあきらめていた。けれど今頃になってテレビに出る回数も増えてきて画面越しに笑う彼を見るたびにちくちくと胸が痛み始める。数年前の恋を引きずるなんて気持ち悪いと自分でも思う。ファンとして手紙を出すぐらいいいだろうと思って、描き始めてもう何度紙を無駄にしただろう。小説家になった友人のように比喩を使ってややこしくも素敵な文章がかけたらどんなによかっただろうか。

「………」

またペンを持って書き始める、たった一言だけ添えて絵ハガキでも送ろうと思った。ファンレターなんて山ほど届くだろうしもしかすると私のなんて目を通すことなく埋もれてしまうかもしれない。

"無理はしてませんか"

足を壊してでも続けたバスケ、モデルの仕事と部活と学校生活どれも頑張りすぎるほどに努力していた。
それ以上書くことはなかったのでそれだけ書くと買い物のついでにポストに投函した。

まるでシャボン玉が消えるように、ふわりとはじけて消えて行ってしまった私の恋。私の気持ちはまだ消えてくれないの。だからといってこの気持ちをどうにかしたいわけじゃない、今更まだ恋人でしょ?なんて聞きたいわけじゃない。
自分で自分の気持ちに終わりをつけたかった。







「同窓会?」

突然かかってきた電話に誰かと思えば昔の友人であった。用件を尋ねればなんでも同窓会を開くらしく私もこないかと誘ってくるものであった。

「久しぶりだし、みんなに会いたいよねえ」

「うーん…その日用事があるんだけどなあ」

カレンダーをちらりと見れば仕事がはいっておりしかもその日に限って遅くまでかかるものであった。


「名前がこなきゃだめじゃーん…!」

「どうしてだめなの?私行けないから楽しんでおいでよ、気にしなくて大丈夫だから」

それでもまだ気にしているような友人の電話をなるべくやんわりとした態度でこちらから切る。行けないのは本当だ、けれどそれと同時に胸のどこかでほっとしている。
同窓会となれば今有名人で忙しい彼もくるのだろうか、嫌でも考えてしまうそんな自分がもっと嫌になる。
気にしたところでどうにかなるものではないのに。


仕事のことだけを考えて余計なことは考えずにやっていると案外ハードなものでもそれほど大変には感じないと思った。仕事がすべて終わった時間は8時。残業もあったし仕方ないかと思った。まだやっているのだろうかと思ったけれど途中からいくのもなんだか気まずい。このまま帰ろう、そして今日は早く寝よう。
携帯の着信もあったけれど明日謝罪のメールを送ればいいかと思った。

「遅くなっちゃったねー名字さんお疲れ様」

同じく残っていた会社の人にコーヒーを渡され御礼を言って受け取る。まだあったかかった。

「今日ほんとはさー用事あったんだよね、もう最悪」

「何の用事ですか?もしかして彼氏さんとか?」

冗談で言ってみたのに相手は頷いたのでそうだったのかと驚く。会社ではあまり話す機会も少なかったし彼女のことを知らなかったのもあるが恋人がいたなんて。
別にいてもおかしくはないことだけど少し驚いた、仕事熱心な人でそんな様子は全くなかったからだ。

「会う予定があったのに、仕方ないよね。名字さんは恋とか…してる?」

急に話しをふられて驚くが首を横にふる。私の恋はもうだいぶ前に終わりましたと苦笑いする。

「ご、ごめんねもしかして聞いちゃいけなかった?」

「…ううん」

亡くなったとでも思ったのだろうか申し訳なさそうな表情を浮かべる彼女にただ苦笑いを返すことしかできなかった。男の人に飽きられましたなんて笑われるだろうか、自然消滅だけど私の気持ちは消えないままだ。


「良かったら少し2人で飲んで行かない?」

気を使ったのか笑顔でそう誘いかけてきた、どうせ家に帰っても何もすることはなかったしいいかもしれない。それに話してみると案外良い人そうだ、首をたてにふって頷く。




おすすめの店があるということでついていく、こじんまりとした店だったが夜といえど仕事帰りのサラリーマンなどがいて客が少ないわけじゃなかった。2人でそれぞれ注文したあと、話しを切り出してきたのは彼女だった。


「名字さんって表に現れやすいよね」

「え?」

一瞬何のことを言っているのかわからなくて首を傾げる、表にあらわれやすいとはどういうことだろうか。

「今日何か嫌なことでもあったの?随分難しい顔してたよ」

「…そ、そうでした?」

「うん、こうみえて案外観察してるんだよねー」

にこりと笑う彼女にばれていたかと苦笑いする。嫌なことではないけれど確かにそれは私の中で悩み事として彷徨っていた。


「…さっき、恋の話しあったじゃないですか。あれ別に聞いちゃだめとかそういうわけではないんです、ただずっと前に終わってしまった恋を引きずってしまって…だめですよね」

聞いた彼女は少し沈黙した後、「別にいいんじゃない?」と言った。

「…気持ち悪くないんですか」

普通自分だったら同じ相手をずっと思うだなんてストーカーみたいで執着しているみたいで気持ち悪いと思う。もちろんそれは自分にもいえることなのだ。ずっと何年も同じ相手だけを思って、今思うとファンレターなんて出さなければ良かった。


「それだけ相手を思っていられるのは素晴らしいと思うの。飽きる人より全然良いじゃない」

「……でも」

「名字さん、もう少し明るく考えようよ、ね?」

「…はい」

そうはいわれたもののもうどうしようもないのだ。有名になって手の届かないところに行ってしまった。もう追いかけることもできないのだ。


「私だってここまで彼氏ととんとん拍子に進んできたわけじゃないよ、でっかい壁にぶちあたったし別れそうにもなったことあるけどここまでなんとかやれてるのはやっぱりお互いの気持ちだよ。大丈夫だよだから」

「…いいこと言うんですね」

運ばれてきたお酒を一口飲む、気分が少し晴れたような気がする。
人に聞いてもらっただけなのにどうしてだろうと少し不思議だ。抱えていたものがすうっと少しなくなっていった。

「抱え込まないことだよ」

「うん…」

それから彼女と話しははずみ、お互い距離がぐっと縮まったような気がする。それだけでも私にとっては嬉しい変化だった。


案の定家に帰ってみて着信をみればこの間電話がかかってきた友人からきていた。今更かけなおすのもと思いメールで短く謝罪の文を載せ送る。これでいいだろう。

「疲れたなあ…」

今になって仕事の疲れが出たような気がする。風呂に入る前に眠ってしまいそうだった。睡魔に負ける前にお風呂に入ってすぐにその後寝てその日は終わった。





それから別に日常に変化があるわけではなく、普通の日々をただ過ごしていた。変化と言えばこの間飲んだ彼女と少し会社で話すようになったことぐらいだろうか。
それ以外にはなんら変わりもない。はずだった。


「…え?私に会いたい人がいる?」

「そーそー、だから4時に駅前のカフェにきてねよろしくー!」

一方的にきられた電話。会いたい人とは誰だろう、何も言わずに、しかもなんだか相手は笑っている様子だった。行くべきなんだろうが少し迷ってしまう。
けれどあまり断るのもよくないだろうと思ったので今回は行くことにした。




「きてくれたんだ!ありがとーごめんね急に呼び出して」

「前に断ったし、いいよ」

友人がカフェの前にいたもののその会いたがっている人とやらは見つからない。もしかして遅れてきているんだろうか、それとも友人の嘘だろうか。



「すんません、遅れちゃって」

こちらに駆けよってきた背の高い男性、帽子を深くかぶっていてサングラスをしている。誰だろうと思って友人に目で問いかけてみるもただ笑うのみだった。

「それじゃあ、私の役目はここで終わりなので」

そう言うなりじゃあねなんて言って行ってしまう。知らない人と2人きりでどうしろと、やっぱりくるべきじゃなかったなあ自分がうらめしい、少しは怪しむべきだった。


「……ど、どちら様で」

「わかんないっスか」

「わ、わかりません……」

なぜだか違和感があったけれどそれがなんだかわからなかった。今目の前にいる人は自分にあいたがっていて、つまりそれは自分のことを知っているということなんだろう。けれど残念ながら今の自分には目の前の人が誰なのかまったくわからなかった。


「変装かるーくしてきたつもりだったんだけどなあ、まあ大分会ってなかったから。にしても…」

ゆっくりとした動作でかけていたサングラスをずらす。

「自分の彼氏忘れちゃうってそこんとこどうなんスかね?」


ここで普通大きな声出すだとかびっくりするんだろうけど、なぜだかこのとき妙に落ち着いている自分に驚いた。今をときめく有名人で、昔の彼氏で、自然消滅してしまった関係の相手に何年ぶりかに会うというかなりの驚く要素がそろっているのに。


「……久しぶり」

「あれ?ここは喜ぶとこなんじゃないんスかね」

「わーい、とか?」

「わざとらしすぎっス、まあここで立ち話もあれなんで中に入りましょ」

外にずっといたままではいつばれるかわからないしこちらとしても困る。素直に頷いて彼の後に続いてカフェの中へと入る。
なかなかオシャレな店内でBGMもゆったりしていて好きな雰囲気だった、近場な場所なのにここは知らなかった。


「何か飲む?」

「じゃあ、ココアで」

メニューを見て目についたものを言うと「了解っス」と言って店員さんに自分の分もコーヒーも一緒に頼んだ。


「この間同窓会なんでこなかったんスか?」

「…黄瀬君行ったの?忙しいんじゃなかったの?」

今旬ならば仕事はたくさんあるだろう、彼は同窓会にいったのだろうか。

「ちょっとだけ顔出したんスよ皆にも会いたくて、っていうかそれ俺の質問の答えになってないし」

むっとして言い返すかれに「仕事だったんだ、残業もあってね」と苦笑いで返す。


「…ふーん」

自分から聞いたのになんだその反応はといいたくなった、さも興味なさげならば最初から聞かないでほしかった。
というかなんだかんだで彼と普通に話せているではないか、緊張はするけれど普通に話しができている。


「なんで今日俺が会いたかったか聞かないんスか?」

「聞いてほしいの?」

「そう言われると困っちゃうんスけど…まあ、俺が今日会いたかったのはお話したいなって思っただけなんス」

「それだけ?」

「それだけ」

にっこりと笑う彼に何を期待したんだろうか。また付き合ってとか言われると思ったわけではないけれど心のどこかで何かを待ってた。


「そっか、うん」

「そういえばこの間仕事でフランス行ってきたんスけどエッフェル塔ってはじめて見てすごくて」

「へーそうなんだ私も何年か前に友達といったんだけどすごいよね」

何かのお祝いで一緒に旅行したはずなのだがそれが何だったかは思い出せない、けれどオシャレな町で感激したのを覚えている。


「いやあでも案外撮影大変でゆっくり見れる時間はそれほどなかったんスけどね」

「大変だね、お疲れ様」

そう言ったところで店員さんが注文してきたものを運んできたので受け取りココアを一口飲む。上の方に冷たいアイスのようなものがのっかっていて初めて飲むココアだった。


「おいしい…」

「ここの店なかなか良いんスよ」

しかしまあ改めて黄瀬君をまじまじと見るとよくここまで綺麗に人間成長するものだなと思った。昔から綺麗だったし、容姿は整っていたけれど大人のセクシーな雰囲気というのだろうか色気も加わってより一層魅力的になったと思う。
もう私にはそんなこと関係ないのだけれど。


「黄瀬君さ、忙しいのにただ話したいってだけでわざわざ時間作らなくてもいいのに」

「…いいじゃないスかー、もー冷たいっスねえ」

「だって、申し訳ないもの」

くるくるとスプーンでかき混ぜながら彼に向ってそう言うと、ぱちりと目を瞬かせた。



「俺今日ここに来たのはきっと名前も会いたがってると思ったからなんだけど」

「え?」

今度は私が驚く番だった。なんで私が会いたがってると思ったんだ。


「ていうか俺達まだ別れてないっスよね?え?」

「別れてるんじゃないの?あれ?」

「なんで…!?」

黄瀬君が驚いたようなショックを受けたようなそんな表情を見せる。


「電話もないしメールもないし、いつからか話さなくなったし、付き合ってるなんて言えないし。大体長い間離れてて付き合ってるだなんて普通思わないでしょ…?私他に彼氏作ってるっていう可能性は考えないの?」

今までずっとそう思っていたほうが驚きである。


「え………か、彼氏いるんスか?」

「いたらどうするの?」

「わ、わかれもらう…」

「私が嫌だって言っても?」

「…うう」

唸ってあたまを抱えて悩む姿を見れるなんてかなりレアなんだろう。恋人は今いないし作る気もないというのに。


「嘘だけどね」

「……へ」

「恋人なんていないよ」

安心したのかどうかわからないが息を深く吐きだしてテーブルにうなだれる。

「…なんなんスか……」

「こっちのセリフだよそれ、なんで今更会いに来てそんなこと言うの」

やっと最近になって黄瀬君のこと考えなくてもいい状態まできたのに、どうして今更目の前に現れてしまったのか。


「……あんたがいなきゃやっぱ俺だめなんスよ」

ぽつりと小さな声で呟いた。

「今までもいなかったじゃない」

「そうなんスけど、違う………なんて言ったらいいかわかんない」

こんな黄瀬君珍しいなと思った、顔を伏せたまま拗ねた子供のように口をとざしてしまった。


「……私はまだ好きだったからどうして離れて行ったのかわからなかったし、ずるずる引きずっちゃってでもどうしようもないから悩むことしかできなかったんだよね。でも、最近になってやっと君のこと考えなくなってきたんだけども?そこんとこどうです黄瀬君?」

覗きこんで話しかけてみれば、顔をゆがませたまま


「…俺のこと忘れるんスか」

「そのつもり、だったよ」

「……それは嫌っス、せっかく会えたのにこんなのってないっスわ」

「だったよ、って言ったじゃない。とびっきりのかっこいい言葉とかないのかなあ」

「忘れないでほしい、俺のことなかったことにしないで俺の我儘でしかないし悪かったって思うけど俺一回も浮気とかしたことないし、ほんとに…だから…」

あんまりにも必死に黄瀬君がいうものだからここでどう返すべきか迷った。
でも、ここまできてさすがに素直にならなきゃきっと私も後悔するんだろうな。言えなかったことをそのままにしてちゃ前に進めないんだろう。


「忘れたいけど、消えないんだよね。黄瀬君、君は一体どうしたいの」

「…もう一回名前と一緒にいたい」

「その答えを私はずーっと待っていたんだよ」


それだけ聞ければ後はもういいの、いろいろあったのに結局こうして彼を迎え入れる私って心が広いなあと思いつつもやっぱり彼を忘れられないばかなやつでもある。


その後絵ハガキにかいた字とメッセージが私のものだと気付いて会いに来たと言った彼に今日一番驚いたのはいうまでもない。


「待たせてごめん…」

「…おかえり」


もう待つのはごめんだから、今度は2人で並んでいきましょう