バレンタイン。女性が男性にチョコレートを渡すことによって愛情を表現するだとかなんだとかで2月14日は皆こぞって好きな人に告白してあわよくば彼の心をゲットしようと意気込み人ばかりだろう。 けれどももう私はすでに付き合っている人がいて、その付き合っている人というのがちょっとした有名人で女にモテるモテる。私の中でバレンタインというのは女性が好きな人に告白するときに渡すものだと思っていたものだからチョコは渡す必要なんてないかなと考えていた。 「あんた、かっこいい彼氏にチョコ作ってあげないの?」 「え?作るの?」 「え?」 母親に突然そんなことを言われ聞き返すとさらに疑問で返され沈黙。 「……作らないの?彼氏なのに?」 「かっこいい彼氏さんは私以外にたくさん貰うんだよ?」 しょうもない理由かもしれないがそれ以外にもチョコを湯煎で溶かしたり、クッキーを作ったり凝ったものを作るのが少し面倒だなと思うところもあった。湯煎で溶かしてわざわざ型にいれるより普通のチョコを渡したほうがおいしいに決まっているしクッキーやお菓子だって買った方がおいしいと思う。それにファンの中には絶対涼太に本命チョコを渡す子もいるだろうし料理を普段全然しない私は叶うわけがないわけで、 「だめねえあんた、とられちゃうわよ」 「うっ…、じゃあ、買ったのをあげる」 「それがだめなのよ」 何がだめのか濁してあざ笑うような表情を浮かべる母に「何がだめなの、下手なものつくって恥ずかしい思いするよりは全然いいじゃない」 「人の手作りって嬉しいものよ、機械でつくられた売り物より心がこもってるでしょ」 「……それは、…」 言われてみればそうかもしれないが、 「私より、料理上手な子たくさんいるんだよ?」 涼太とまだ付き合う前に料理部の子たちも涼太に渡していたのを知っている、当日にはロッカーはパンパンで机の中もチョコだらけだった。今思うとそんなすごい人と付き合っているから私は案外すごいのではないかという錯覚までおきる。 というのはまああくまで私の都合のいいとらえ方でしかない、料理もチョコすら作れない平凡な奴なのだ。いや、作れないのではなく作っても失敗しかしないのだ。 「有名なチョコレートの高いのでもあげればいいかな、涼太お腹壊したらモデルの仕事に支障でるだろうし」 「やだわーあんた何もわかってないのねえ」 もう私の言うことに呆れたのか「買い物いってくるわね」と言って出かける準備をさっとすませると本当にいってしまった。たとえ買ったものでも思いがこもっていればそれでいいのではないのかと思ったけれどそれが母は納得いかないらしい。 カレンダーを見ればもうバレンタインは明日だ、それなのに自分は何もしないでただ暇をもてあまして何をやってるんだろう。バレンタイン、相手にきちんと思いを伝えられるイベントだ。 翌日のバレンタイン、学校でのチョコの受け渡しは基本禁止とされているが毎年のこの行事にもう手がつかなくなってしまった先生たちは目をつむってくれている。 けれどもこの量はなんなのだろう。朝、学校に来て靴をはきかえるとき見えた下駄箱に大量に入ったチョコ。涼太だと思っていたけれどやっぱり当たっていた。いまどきこんな光景みれるのも珍しいだろう。靴も入っているのに、確かに包装はされているだろうけど下駄箱の中って不衛生なのではといらぬことを考えてみたり。 「大変だよな、お前の彼氏」 「お前の彼氏呪っていいか?」 とか声をかけられるぐらいには今日呼び出しだって見る限りたくさんあったし、女の子たちに引っ張りだこだ。こうなることを予想していたから嫉妬も何もないけれど、鞄の中に入っているものをいつ渡そうかと考える。放課後まできっと彼はずっと忙しいはずだ。 「チョコを渡すのは別に個人の自由だよね…?」 「胃袋でゲットしてみせるから!」 わざわざ宣戦布告しに来る人もいたけど私としてはどうぞ勝手に渡してくれればと思う。彼女といえどそこまで制限する権利はないし報告なんていらないし胃袋で本当におちてしまうのならそれはそれで嫌だけど。 ずっと忙しい涼太とは結局、今日一日会話をすることはなかった。気にしてはいないし私にもやるべきことがある。 直接渡せないのなら直接届ければいい、アイドルの自宅なら届ける人は少ないだろうと考えた私は放課後いつもは涼太と帰るけれども今日は1人でのんびりと届け先まで1人で歩くことにした。 「……ほんとにもう、バレンタインなんて料理の差がでるだけの行事じゃないの」 悪態をはきつつも黄瀬とかかれた家のポストに鞄の中に入っていたものを取り出して中に入れる。 「…ハッピーバレンタイン」 吐きだした言葉と一緒に白い息が漏れる、寒いなあと思いつつ速足に自分の家へ戻る。 「お母さん私ちゃんと渡してきたよ」 そう伝えると少し驚いたような表情をしてから、笑顔を作って「そう、寒かったでしょう?」とあったかいココアを出してくれた。 「あんまりにもお母さんうるさいからさ」 「なによ、あんたが何にもやろうとしないからでしょう。背中をおしてあげたお母さんに感謝しなさいよ」 どこか偉そうに言う母に何も言えない。確かに昨日の私は何も言われなければ何もしなかっただろう。 「携帯鳴ってるわよ」 気付くとコートの中に入れていた携帯に着信があった、涼太からのものだった。 『ね、ねえ名無しっち!家のポストに入れてくれたの、名無しっちっスよね…!』 「早いなあ、涼太今日部活ないの?」 いつもはこんな早い時間に家に帰っているはずがないのに。 『名無しっちにチョコもらえなかったし、それに今日1人で帰っちゃうし、モデルの仕事だって言って休んできたんスよ…?そしたら家に帰ったら…もう、なんなんスか直接くれればよかったのに』 ふてくされたような声が電話越しにでもわかる、思わず笑ってしまう。 『ちょっと、何がおかしいんスか!……どこいる?今から会えないスか?』 「いいよ」 家から歩いて5分ぐらいのところで待ち合わせすることにし、ココアを飲みほしてからすぐさま向かう。 「あ、名無しっちーー」 遠くからでもわかるように手をふってくれた彼が見えて自然と急いでしまう。今日はじめて彼とまともに話すことができる。 「なんで先に帰っちゃうんスか…!」 近くに行くとすぐに抱き寄せてぎゅうと力をこめる。 「…だって、忙しいかと思って。チョコたくさん渡されてたでしょう?」 「………全部断って学校の中名無しっちがいないか探したのに?」 「…ごめんなさい」 そんなことをしてくれただなんて知らなかった、もう少し待てばよかった。 「チョコ、嬉しかった。ありがとう…もう俺他の子なんていらない」 「そんなこと言わないでさ、気持ちは皆こめてるんだから」 「じゃあ、一緒に食べよう?ね、今から」 それは涼太にあげたものであって少し違うんじゃないかと思ったけど彼と2人でいれるなら、と思ってその言葉にのってしまう私も私だ。 「…今日学校で話しできなかったもんね」 「寂しかったんスよ!!」 「とりあえず離してくれなきゃ歩けないよ涼太」 「…離したくない、ずっとくっついて」 「帰るよ」 「だめ!!」 けどやっぱりファンの子からもらったものは手作りなど、何が入っているかわからないと理由で食べることはできなかったし、涼太にあげたのに私が食べるなんておかしいと思ったので食べることはなかった。 「俺もう名無しっちの永久保存したい…」 「やめて」 |