昔から他人と比べられるのが嫌いだった、どれだけ自分が頑張ってもその人と比べればなんてことない。すぐに自分の方が劣ってみえるのだ。
私の努力を知らないで好き勝手に相手に言われるのはもっと嫌いだった。
めぐまれているのかめぐまれていないのか私には1つ下の妹がいた。本当に同じ姉妹なんだろうかと思うほど良くできた子に育った。成績もよく容姿も整っている、まるで漫画によくありそうなそんな設定の子だった。いつからだろうか妹のことが疎ましく思えて負けたくはないと思った、必死に勉強して努力して成積だって上位をキープできるようにずっと頑張ってきた。けれども褒めてもらえることだって全然なかったし妹とは全然違うのだなと思い知らされた。努力するのは好きでも嫌いでもなかった。けれどその時から大嫌いに変わった。

「お姉ちゃん、一緒に買い物行かない?」

けれども当の妹は私の気持ちは露知らず、昔から変わらず慕ってくれている。それが私にとってはあまり好ましいことではないのだが姉妹仲良くなければいけないだろう、それに私が一方的に悪い態度をとっても妹が悪いということは1つもないのだ。

「あー、ごめんね…勉強しなきゃ」

「……そう、ううん忙しいのに誘ってごめんなさい」

悲しそうに眉を下げてばつが悪そうな顔をする妹、こんな言いわけ何度もしているのにめげずに誘ってくれる彼女はどこまで自分になついているのだろう。勉強なんてしてないって、嘘だってわかっているはずなのにあえて何も言わずにこうして誘ってくる。良心が痛まないわけはない、けれどもどうしても妹と2人で買物だとかそんな周りの目にうつるようなことは避けたかった。随分とひねくれてしまったものである。

「最近、うまくいってるの?」

「え?」

私から話しかけることが珍しかったのかはじかれたように顔をあげる。

「彼氏と…」

こうでも言わなきゃ話題が思いつかなかった、仲の良かったはずなのにいつからか妹とは会話が途切れるようになって次第に私から話しかける頻度は少なくなっていった。

「あ、うん涼太君?お姉ちゃん幼馴染なんだからそんな言い方しなくても…うまくいってるよ」

昔から家が近いということで仲が良かった黄瀬涼太。よく遊んでいたものだけどいつの間にか妹と惹かれあっていたらしい彼は私より1つ下の妹と同い年だ。昔の記憶なんてそんな残っていないけれど女の子のようなかわいらしい子というのは覚えている、それが年数を経てモデルになり久しぶりに顔を見た時は驚いた。会話をしようとは思わないので涼太君がいると逃げ出してしまう。ましてや彼氏だなんて何を言っていいのかわからない。

「涼太君一度お話したいってまた、言ってたよ」

「あ、そう…なんだ…」

顔が引きつって上手い言葉を返せない。こんなに自分は不器用だっただろうか、世渡りは案外上手な方だと思っていたのに。





なぜこれほどまでに私が気まずい思いをしているのかというと、それは昔私が彼を好きだったからだ。子供心ならではのふとしたきっかけで好きになっていたと思う。
気持ちは伝えていない、けれどもなんとなく普通に接することができなかった。

「………」

そんなことを考えながらの帰宅、家の前には身長が高めの人が立っていた。何か用事だろうかと思ったけれどサングラスをしているし帽子は深い。不審者と言われてもおかしくはないという格好だった。
家にこれから帰る第一号は私となる、つまりあの人をどうにかしなければ入ることはできない。話しかけるべきだろうか。

「…すいません、何か用でしょうか」

「えっ、あ、あのすいませ…ここの家の人…」

随分と背の高い人だった、近くで見るとなおさらだ。こちらを見たまま暫し沈黙してから「名前ちゃん…スか……?」と知らない人ならば名前を知っているはずがないのに名前を呼ばれて誰だか必死に思いだそうとしたけれど知り合いにこんなあやしい人はいない。

「すいません、どちら様でしょうか」

「えっ、俺っス俺!涼太っス!」

サングラスと帽子を手早く外すとそこには確かに見覚えのある端整な顔があった、できれば会いたくはなかったのだがどうしてここにいるのだろう。今妹は帰ってきていないはずだしいつも一緒に帰ってくるのに。

「で?どうして、涼太君はここにいるの」

「ちょっとその前に家に入れてほしいんスけど、見つかったら面倒なんで」

そのためにわざわざ変装していたのかと思うと有名人は大変だなと同情する。こんな近所ならモデルってことぐらい知ってるだろうしそれほどきゃあきゃあ皆騒がないだろうにそこまで頭はまわらなかったのだろうか。

「…どうぞ」

仕方なく招き入れる、今思えば彼と話すのは大分久しぶりなのにすごく落ち着いている自分に少し吃驚だ。居間に座らせて麦茶を用意する、正座して待っている彼はなんだかかわいらしく見えた、昔と変わらず。

「どうして家の前にあんな格好でいたの?今妹帰ってきてないんだけど何か用があるなら伝えようか?」

聞きたいことをまとめて尋ねると少し苦笑いして

「名前ちゃん、2人で俺と話してくれることないから面倒なことが苦手なのかなって思ったんスよ。それで変装、んでもって今日は名前ちゃんに用事があったんで」

「私に……」

「そんなストレートに表情に出されちゃうと傷つくんスけど、用事っていうか相談っスね」

私にわざわざ相談、なんて状況がのみこめなかった。

「……そうっス、あの、俺…別れたいんス…」

歯切れが悪く涼太君自信ものすごく言いづらそうにそう切り出した。この場合別れたい相手と言うのはもちろん1人しか思いつかなくて

「妹…と?」

「そうっス…」

最近妹にうまくいってるかと尋ねれば返事は良好なほうで帰ってきたというのに、どういうことなのだろう。何かこじれたりでもしたんだろうか。

「……疲れた?嫌になった?」

「名前ちゃんって一気に質問するのが好きなんスか…いや、そういうわけじゃないんス…ただ最近お互い忙しくて時間がとれなくて会うことがなくてそれで…」

「気持ちが薄れてきた?」

「そう、なるんじゃないスかね」

まず最初に思ったのは、なんで私に相談するのかということ。生憎私はモデルさんのようにモテたこともないし付き合ったこともない、告白したこともなければ恋の経験は全くといっていいほどないわけで。それをわざわざ私に話してくるのはおかしいんじゃないだろうか、直接本人たちが話しあえばいい問題だろうに。

「……申し訳ないけど、帰ってくれるかな」

「え!ちょ、何でっスか!いやそりゃあ確かに大事な妹を傷つけられたのはゆるせないとおも…」
「そうじゃなくて、私じゃ力になれないの。ほら、帰って帰ってー」

手で追い払うとなんでと目で訴えかけてくる、なんでじゃないだろう私じゃまともなアドバイスすらできないというのにこれ以上話しをするだけ無駄だと思う。

「私、2人みたいにお付き合いとかそういうの経験ないから、何も言ってあげられない。ましてや妹のことに首をつっこむのはおかしいじゃない」

それは自分が一番よくわかっていることで、個人の問題にずけずけと踏み入れられて良い気持ちはしない。むしろ嫌だろう、必死にうまくいってるように見せかけていた妹のことを考えるとなおさらだ。

「………それも、そうかもしんないんスけど今回は名前ちゃんにも関わりがあるんで…」

「…?」

「俺、ずっと名前ちゃんのこと好きだった」

ぴたりと世界が一瞬止まったようなそんな感じがした。

「……嘘」

「嘘、じゃない」

「妹と付き合って次は私とかやめてよね。涼太君久しぶりに会ったけど性格歪んじゃったのね」

昔はもっと可愛げがあったのに、妹と別れたら付き合いましょうだなんて受け入れられるわけがない。

「……最初は、ちゃんと好きになろうって頑張ったんス。関係がこじれるのとか嫌だったし……でも、名前ちゃんが遠慮して俺に会わないのなんとなく気づいてたんス、それが俺辛くて…」

テーブルの上においてあった麦茶を一口飲んでいつの間にか乾いていた口の中を潤す。
テレビも何もつけていない家の中はやけに静かでコップを置く音すらよく響くような感じがした。


「……私、涼太君とお似合いだとずっと思ってた。知ってた?私むかし涼太君のこと好きだったんだよ?」

「……え」

「私、妹に何でも勝てなくて今まで惨めな思いいっぱいしてきたけど、涼太君と付き合い始めたって聞いたときああやっぱりって思ったんだよね。勝てないんだなって」

「……負けてなんか…」

「だから、もう努力とか頑張ることはやめたの。涼太君のことも好きなるのやめたの」

驚きに彼の目が見開かれる。

「……それに年上だし、私。妹のためなら我慢してあげなきゃ」

「それでいいんスか、名前ちゃん昔からずっとそうっスね。我慢してばっか、そのせいで自分が損しても見ないふり」

比べられるのは昔から嫌いだった、もちろん今も。けれどそれを変えようと思うことはとっくの昔にやめた。


「俺は、なんとしてでもあんたに信じてもらう。我慢するのはもう充分してきたっス」

黄瀬君もまた、自分と同じだったのかもしれない、少しだけ。そう、ほんの少し。

「………私、弟ってイメージしか持ってなかったし、今更」

「それでも俺のこと好きなってくれたことあるってことは今でも充分その思いを復活させる可能性はあるってことなんスよね」

「…妹は、」


「ちゃんと、話しつけるっス。それで、もう一回くるんで」


一度ぐらいなら、私にもまた頑張れることがあるだろうか。


「………まってる」

気付くと自然と口から零れ出た言葉。
諦めた恋をもう1度だけ頑張ってみてもいいだろうか。