「お兄さんまた仕事さぼってるのね」

「さぼってねえ見回りっていうんだ」

いつもこの街を巡回、というか散歩しているようにしか見えないお巡りさんがいる。まだ若くて色が黒い、そしてかっこいいと思う。警察の制服がよく似合う人だ。
普通警察はあまり巡回なんてしないだろうと思ったけど、この街のお兄さんは毎日毎日巡回している。最初は仕事熱心な人なんだろうなと思ったけれどそうではなかった。ただ単に歩き回っているだけでこれといって周りを意識しているような感じはしなかったしほんとに警察官なのだろうかと不思議に思うこともあった。
一人で暮らしているため毎日の買い物やらそんなことをしていると必然的によくすれ違うようになって、ある日お兄さんがバスケをしているのをたまたま見てしまった。
小さな子どもたちとやっていたにも関わらず手加減はなし。すごく強かった、それにかっこいい。
それ以来お兄さんをよく見かけるようになって、お話してみたいと思った。勇気を振り絞り震える声をなんとか抑えて「こんにちは」とすれ違う前に挨拶をしてみた。地域の人との交流は大事だというし別に挨拶ぐらいおかしくないだろうと思ったけれどお兄さんは少し押し黙った後「…おう、お前よく見かけるやつだよな」と言ってくれた。
少し怖いと思っていたけれどそんなことはない、話してみると案外良い人だったということが分かった。それより私ことを知ってくれていたという事実のほうが嬉しかった。



「お前はよく公園にいるよな」

お兄さんと会話をかわしてから徐々に少しずつお話ができるようになった。
確かによく公園で最近はお兄さんと会うかもしれない。ベンチに座っていると必ずと言っていいほどここにお兄さんはきてくれる。

「一人暮らしって快適でいいけど、家に誰もいないのは案外しんみりするんだよ」

「だからこうして毎日お前ここにいんのか?」

「お兄さんがここに毎日きてくれるでしょう?」

笑って返すと「……俺に職務放棄させたいのか」と呟いた。何も言わなくても毎日きてくれるのはそっちなのにね優しいことを言われたらそれはそれで少し驚いてしまうけれど。

「お兄さんバスケ好きだったの」

「…少しやるぐれえだ」

「すごく、楽しそうに見えたんだけどな」

子供たちとバスケをしていたお兄さんの笑顔はきらきら輝く太陽に良く合っていた。まるで自分も子供のようにまじって心の底からバスケを楽しんでいるような、そんな感じだった。けれど今のお兄さんの顔は曇っている、あまりこの話は好きじゃないのかもしれない、よかれと思ったけれど失敗した。

「……昔な、少し怪我して俺プロのバスケプレイヤーになろうと思ってたんだけどよ、諦めるしかなくなって。軽く遊ぶぐらいならまだできるんだけどな。でも、今の仕事結構いいしそれほど気にはしてねーけどな」

「お休み多いもんね、しかも警察って公務員でしょう?お兄さん税金泥棒じゃないのかな」

「うるっせーな、これでも事件がありゃいかなきゃなんねーんだぞ、命はってんだ。守られてる住人様はだまってな」

「それもそうだね、お兄さんいつか死ぬこともあるかもしれないんだよね」

「この街平和だしそんなことねーだろ、おい物騒なこと言うな」

冗談だよ、と笑っておく。
人を命をかけて守るというのは確かに響きがいいかもしれない表向きは。けれどもそれは自分の命をいざとなれば捨てることだってありえることで、

「お兄さん、今度バスケ見せてほしいな」

「俺は忙しいんだ」

「今こうしてベンチに座っている自体職務放棄なのに、バスケぐらいいいじゃない」

「……暇だったらな」

「この街は平和だから暇でしょう?」

悔しそうに顔を歪めるお兄さんがおかしかった。
約束を叶えることができるのなら、ぜひお兄さんのバスケがまた見たいんだけどな。
楽しそうに、バスケをするお兄さんが。




良く見てみるとこの街は本当に平凡だと思う。
お兄さんが良く歩くルートをたどってみると猫が塀の上で鳴いていたり、子供たちがバスケをしていたり、おばあさんが歩いていたり、車も通るけれどそれほど頻度は多くない。

(案外、気を配っているのかな)

こうして見ると彼は意外と街をちゃんと見ているのかもしれない。事件がおこらないように毎日巡回しているのはもしかするときちんと意味があったのかもしれない。
手に持った荷物が重い、少し歩くだけで疲れてしまう。額にじわりと汗がにじむ。最近まで寒かったのに急に温かくなる天気には困ってしまう。

ふと視界に入ったバスケットコート、今日は誰もいないようだった。今の時間は朝早いし子どもたちは学校があるだろうし誰もいなくてもうなずける。

「………」

お兄さんのバスケ、見たかった。と心の中で思ってしまう私はどれだけしつこいんだろう。あのバスケを見ていると心が躍るような、見てるだけでうずうずするそんな気持ちになった。それが初めてだったからもう1度みておきたいと思ったのかもしれない。
毎日タイミング良く会えるのに今日はなかなか会えない。公園に行こうかとも思ったけれどもう時間はあまり残っていない。

ここにきて過ごした1人暮らしは味気ないものだったけれどお兄さんと出会えて少しだけ、ほんの少し楽しむことができた。この街を離れて私は両親の元へ戻らなければならない。少しの間自由にさせてくれたら家業を継ぐという約束だった。


「……平和、だったなあ」

平凡で平和で普通にありふれている街だった。


「ありがとう、お兄さん」

近づいてくる足音に背中をむけて御礼を言うと足音がとまった。

「お前、引っ越すのかその荷物」

「引っ越し、じゃないのもどるだけなの」

「ふーん、重いだろ。かせよ」

私の答えを聞く前に荷物を奪い取り前を歩くお兄さん、場所分かってるのかなと思ったがわかってるはずがない。

「お兄さん、こっち」

「………」

無言でこちらへ戻ってくる、最初からいえよみたいなそんなオーラを出している、私は何も言ってない。


「見回りをしてっとな、意外といろんなやつがいるもんでよ、お前の後つけてるやつをある日、偶然、たまたま見つけてな」

「…そう」

「言おうか言わないか迷ったけどよ、お前いいとこのお譲さんなんだろ」

「世の中ではそうなっちゃうのかな」

自由にさせてと言ったのにこれだ、見張りまでわざわざつけて、お兄さんにはいらない苦労をさせてしまったかもしれない。薄々感づいてはいたけれど。お兄さんが私のことを知っていたのももしかするとそのせいだったのかもしれない。

「…大変だな」

「そうでもなかったよ」

「今じゃねえよ、これからだ」

お兄さんの方がずっと大変じゃない。
平和を守るというのも案外大変で、好きなことをできない苦しさを乗り越えた彼は強い人だと思う。

「お前、バスケみたいって言ってたじゃねえか。言うのおせーんだよ」

「お兄さんのこと見てるってばれちゃうでしょ?」

そう笑うと驚いたような表情を浮かべてから、「…そーかよ」と言った。お兄さんより年下の私を今少しでも意識してもらえたなら嬉しい。
お兄さんのバスケを知っているのはお兄さんのことを目で追っていたから、探していたから。どうせばれるならすぐにいなくなる今が一番だと思った。


「お前の名前、そいやしらねーな」

「名字名前、覚えてくれるお兄さん?」

「俺の名前はお兄さんじゃねえ、青峰大輝だ」

「青峰、さん、もうこれで呼べるの最後かもしれないのにお兄さん今更ひどいことするのね」

「だからよ、お兄さんじゃねえっつってんだろ。名前、また必ずこの街にこいよ」

名前を呼ばれるのは初めてだった、挨拶を交わしたあの日から私は随分進歩できたのかもしれない、にやけそうになるくちを必死に抑えながら

「まだ、それまで平和な町を守ってくれてる?」

「あたりめーだろ」

「……また来ることができたら、青峰さんバスケ見せてくれる?」

泣きそうになるのを必死にこらえて笑顔を作るといつか見たあの笑顔でくしゃりとわらって「必ずこいよ」と言ってくれた。

「青峰さん、好きでした」

「……お前な、今いうのなしだろ」

「今しか言えないもの」

お兄さんきっとすぐにはこれないってこと自分でもわかってるのに、またここでお兄さんが待ってくれてるっていってくれたことが嬉しくて最後の最後まであきらめきれないんだろうね。

「今しか、だなんて最後みたいな言い方すんな。お前がこないなら俺がいってやるから」

「……青峰さん、ありがとう、楽しかった」

「何もしてねーよ、俺は」

頭をなでる手が大きくて心地よかった。

お兄さん、次会う時もまたあの公園でいつもみたいに仕事のふりして会いにきてくれたら嬉しいな。


「お巡りさんも案外暇なんだ、お前に会う時間ぐらいはあけといてやる」

最後まで素直じゃない彼に笑顔がこぼれた。

きっと会えるって今でも信じてるの青峰さん。