「ねえねえアリスさん私にチョコくれないの」 「は、なんでお前にあげなきゃなんねーの第一バレンタインっつーのは逆だろ逆。女が男に渡すもんだろ。お前にあげるぐらいなら女王様のとこに仕えてるやつらにでもあげるから」 辛辣、かわいくないアリスだなあ。別にちょっと冗談で言ってみただけなのにここまで真面目につらつらと言葉を返されると悲しくなる。女王様のとこにいるトランプの兵さんは確かに胸もあるし綺麗だけど女王様にしか従わないじゃないざまあみなさい。 アリスにあげようとしたチョコだって本当はあったのに、何も言わずにただあげていればよかったのかな、押しつけて逃げればよかった。 うしろに持ったチョコの箱をぎゅっと握りしめる。無駄になっちゃった。 「んで、お前はバレンタインにわざわざそれだけいいにきたのかよ、ご苦労なこった」 ため息をはいて呆れたようにアリスさんがそう言った。 「…違うのに、アリスさんってばわかってないのね。ごめんなさいお邪魔したみたいだから帰るね」 本当はあなたにチョコをあげたかったのにな、紅茶と一緒にどうぞなんて言ってあげたかったのに私のことアリスさんが好きじゃないっていうのは普段の態度から感じていたけれど実感させられたようで辛いなあ。 アリスさんの白ウサギを殺すって目的の役に立つことはできないし、彼のために何かしてあげたいと言う気持ちはあっても結局私は何もできないのだ。 「あれーどうしたの名前ちゃん」 にこにこと笑ってふらりと私の前に現れたチェシャ猫さん。いつもタイミング悪く現れてくれるから少し性格がひねくれてるんじゃないのと思った。アリスさんに私が好かれていないことを彼は知っている。 「珍しいね、ここでふらふらしてるなんて散歩?」 「知ってるんでしょう?」 「それはどうかなあ」 にこりと作った笑顔がなんともウソ臭い。 「…無駄になっちゃったの……チェシャ猫さん。一緒にお茶会しましょう」 小さくつぶやけばいいよ、と笑って頷いてくれた、ひねくれているところもあると思うけどね私はチェシャ猫さんの悲しい時必ず慰めてくれるところは素敵だと思うの。放っておいてはいかないし困っているとき必ず現れてくれる。 「紅茶とか、ないんだけどお菓子で充分お茶会になるよね」 「そうだね、僕はそれで充分だよ」 ほらね、こういうとき慰めてくれるチェシャ猫さんはやっぱり優しいと思うの。 「もう少しいけば花が咲いた綺麗な場所もあって、それに座れる場所もあるよ行こう」 手を引いて笑顔のまま誘導してくれる。どこの場所を指しているのかわからなかったけれどいろいろと知っているチェシャ猫さんについていけばきっと良い場所にいけるのだろう。 「アリスちゃんもさ、悪気はないと思うんだよね」 「……もうわかってるからいいの。私別にアリスさんのことが好きなわけじゃないし、もっと良い人だって…いるもの…」 チョコレートを1つかじりながらそう言った。 「自分で自分のことかっこいいとか自負してるし、それに自信家だしほんとは何もできないのに、女の人には目がないし、私には冷たいし、疑問ばっかり頭の中にもっていて…それに、…」 「でも、そんなとこも全部好きなんだよね名前ちゃんは」 今だけはそれをいい当ててほしくなかった。私だってできることなら帽子屋さんみたいにアリスさんの近くにいれて、アリスさんの役に立てるような人になりたかった。チェシャ猫さんみたいにうとまれることはあってもアリスさんとお話できるような人になりたかった。 「なんで、私は私なの………」 「不思議の国の住人なんだから、君は白ウサギに名前って名前を貰った時点でもう1人の者として確立される。君は君だ、そんなこと言ったらだめだよ」 「チェシャ猫さん……」 「名前ちゃんってさあ、以外に泣き虫だよね」 口の中にいれたチョコレートが甘かった。ほろ苦い味だったらよかったのにと思った。 「……ありがとう、今日はもう帰るからチョコどうぞ。また今度ちゃんとしたお茶会やりましょう」 ハンカチで涙を拭いてその場にチョコをおいて帰る。 慰めてくれなくてもいいのに、だからわたしはまた甘えて同じことを繰り返してしまうから。 お前さんも大変だよな、なあ名前。 そうかしら、どこらへんが具体的に大変だと思うの帽子屋さん。 素直になれない、ばかで物事をうまく考えられないあほに好かれる体質だからな。 私よりそれはアリスのほうが大変なんじゃないかしら? 未練は違う、そういうのじゃなくてな、上手く言えないが頑張れよ。お前は強いからな。 帽子屋さん今度からもう少しお話をうまく伝えられるようにしてくれると嬉しいな。でもほめてくれてるのねありがとう。 少し前にそんな会話を帽子屋さんとしたなあなんて思いだす。 結局あのとき何を言いたかったのかよくわからなかった。 布団からおきて今日は何をしようかと考える、できれば何か楽しいことがしたい。ショッピングでもしよう、新しい服をかうのもいいかもしれない。 そうときめればすぐに準備をして行こう。 ショッピングと言っても店をながめてほしいものを買うだけだ、それも1人となればつまらなくはないが面白味がたりない。でも胸にあるわだかまりをすっきりさせるには充分なことだろう。 お気に入りの紅茶をきらしていたことを思い出して途中紅茶もかった。これでまた毎朝素敵な朝が迎えられるだろう。 ふと目に入った白い服、ふわふわとした印象をうけてかわいらしい。公爵夫人なら似合うんだろうなあと思った、きっと自分には似合わないだろう。 「お前にゃにあわねーよ」 心の中で思っていたことを言われて驚く。今一番あいたくない人だったのに。 「公爵夫人に似合いそうだなって思ってただけだもの」 アリスさんにはできれば今会いたくなかった。今もだけどまた傷つくことをいわれて落ち込むのは嫌だった。 「ふうん、にしちゃあ随分ながめてたようだけど」 「随分暇なのね、白ウサギは殺しに行かないの?」 少し皮肉をこめていってみたのにふっと笑うと「生憎今日は帽子屋さんが用事があるんで、それはお休みなんだ」 と言われて1人でも別に探すことはできるだろうと思った。 「お前、なんで昨日チェシャ猫の奴にはチョコあげてんだ」 何でそのことを知っているんだろうとどきりとした。 「…チェシャ猫がわざわざ俺に伝えてくれたもんでな。俺には渡さなかったくせにあいつには渡すのか」 その言い方はおかしいだろう、アリスさんがいらないと思ったからあげたのに。 「アリスさんはおモテになるんでしょう、なら必要ないかと思って」 「……ふうん、バレンタインに女性から男性にチョコを送る行為の意味わかってやってんだな」 「あなたには関係ないでしょう」 見ていたショーウィンドウから目を離しアリスさんがいる方向の反対へ歩いていく、足音がついてきている。 「ついてこないで」 「気に食わねえ、知らねえだって俺もこっちの方に用事があるんで」 「………」 そう言われて止まるとアリスさんも足を止める。 「用事があるのならどうぞ、先に行ってください。私は後から行きます」 「……ほんっとかわいくねえやつ、これだからお前は」 知ってる、そんなの自分が一番分かってる。 せっかく気分をあげようとしたのにアリスさんに会うと気分が沈んでしまうからやっぱり会いたくなかった。 「……わ、私のことが気に食わないのなら、もう、構わないでください…っ」 「な、何で泣くんだよ」 嫌いなら話しかけてこなければいいのに。なんで、どうして。 「アリスさんのこと私も嫌いよ」 昨日も泣いたのに今日もなくなんてほんと泣き虫だなあ。それもアリスさんの前ではなきたくなかった。嫌いっていいたくなかった。 やだな、ほんと嫌になる。泣き虫だよね、と昨日チェシャ猫さんに言われて納得する。泣くのは全部アリスさんのことばかりなんだけどね。素直になれないばかであほな人に好かれたのはアリスさんのほうよ。 「…ごめんなさい」 ごめんなさい、私の気持ちはただただアリスさんにとって迷惑なものでしかない。 「大体さあなんで俺じゃなくてあいつにあげるわけ。バレンタインってあれだろ、好きなやつにあげるもんだろ。なんであの猫なんかにあげるのほんっと意味わかんねえ」 アリスさんはいらないと思ったから。 「普通さあこの国の主役である俺にあげるべきじゃないの、別にお前がチェシャ猫をすきだってんならまあそれは個人の自由だし?全然気にしてねえけど」 「………」 「………」 2人とも沈黙してしまい気まずい空気が流れる。アリスさんの足音が私の前で止まった。俯いている私に影がかかる。 「…に……よかったのに…」 何かアリスさんが呟いたけれどうまく聞き取れなかった。 「俺にくれたらよかったのに!!なんでチェシャ猫なんかに…」 その言葉を聞いてぽかんとしてしまった。どうしてアリスさんがそんなことを言うのだろう。 「……だって、アリスさん。私のこと嫌いでしょう……」 「はあ!?誰がいつそんなこと言った」 「いつも態度私にだけ、きついじゃないですか…」 他の人には優しくてもいつも私にだけ辛辣な言葉をむけてきて、疎外感があった。 「嫌よ嫌も好きのうちっていうじゃん?だから試してみたわけ…ってなんでこんなこと言わなきゃいけねえんだすっごい恥ずかしいじゃねえか。チェシャ猫に名前ちゃんからチョコ貰ったんだーなんて言われた俺の気分考えてみろよ。好きなやつに自分はもらえなかったのに他の人にあげてるっていう絶望的な事実を知った時の俺の気持ち。そんで憂さ晴らしにちょっと外出てみれば元凶のお前いるし、ついでに泣かせちゃうし……俺良いとこないな」 マシンガントークのように言葉を並べたアリスさんにもはやついていけなかった。というより信じがたいことばかり伝えらたような気がする。 「……わ、私……信じられない」 「だよなあ、その気持ちもすごーくわかる。わかるんだ、たった今泣かせられた相手に言われても困るよな。でも俺は好きなんだ、どうしようもなく」 真剣な表情で告げる彼にどうしたらいいのか分からなくなる、いつも助けてくれるチェシャ猫さん。こういうとき助けに来てくれたらいいのに。 「す、少し整理する時間がほしいの」 「…いいぜ、急すぎるもんな。俺だって今日言うつもりじゃなかったしな俺にとっても急展開だ」 それを聞いていったん頭を冷やすことにした。 夢じゃない?本当に現実? 「帽子屋さん私どうしたらいいのかしら」 「あいつ今更か、ていうかやっとっていう感じだな」 アリスさんがいないときに帽子屋さんに相談してみるとそんな答えが返ってきた。 「それで、お前答えもう決まってんだろ。いつまであいつ待たせるんだ?うるせえんだよずーっとお前のことで」 いつものあまったるい紅茶を飲みながらそう言った。 「……2日もうたったんだけど、本当にどうしたらいいかわからなくて。そりゃあもちろん私だって好きだけど心の整理が…!」 「2日もたったんだろ、あいつの今までの行動があるからまあ整理しなきゃいけないってのもわかるけどな」 「…帽子屋さんは知っていたの?」 「ああ、だから前に言っただろ。お前も大変なやつに好かれたよなって。お前の気を引きたくてわざときつい態度とって、本人からしちゃあなかなか良い提案だと思ったんだろうがそれが馬鹿でアホだっていうんだけどな」 「……そうね、私にとってそれは辛いものでしかなかったもの」 「だろ。だが今はやっと伝えたんだろ、それでお前もあいつが好き。随分趣味は悪いと思うけど両想いならさっさとくっつきやがれ」 自分のことじゃないから投げやりになっているのだろう、確かに帽子屋さんの言う通り、私も好きだ。そして彼も好きならば何も問題はないと思う。 「でもね帽子屋さん今までの彼のことを考えるとどうしても好きだって思えないのわたしのこと」 「………それはあいつがいずれ証明するだろ、さっさと付き合え。でなきゃ打つ」 がちゃりと銃を出されるとどうしようもない。なんて卑怯な。 「…もう一回、は、話しあいます。だからね帽子屋さんその銃おろして」 「話し合う必要なんてねえ。おいアリス出てこい」 違う部屋に隠れていたんだろうか、アリスさんがどこからか現れてその顔には何とも微妙な表情を浮かべている。 「……思った以上に俺の作戦だめだったんだな」 「たりめーだろうが、こいつを信じられなくさせたのは自分だぞアホめ」 「ていうか帽子屋さん出て行ってくれませんかー?俺と名前のデリケートなことなんですけどお」 わざとらしくアリスさんがそう言うと帽子屋さんが舌打ちをしつつも帽子をかぶってすんなり出て行った。そんな2人きりにしないでほしかったのに。 「さて、邪魔ものはいなくなったわけだが…。どうすっかなあ」 ため息を吐いてアリスさんがソファに座る。 「証明つってもなあ…俺ただお前のこと好きなんだけど」 「…………嫌いじゃないんですよね?」 「ないって、むしろ好きだって言ってんのに」 「…じゃあ、信じます」 好きな人を自分が信じてやれなくてどうする。 アリスさんの隣に自分も座ってその青い瞳を見つめる。 「嫌よ嫌よはもうやめてくださいね」 少し驚いた表情をしてからアリスさんが笑って私の体を引き寄せる。 「もちろんだ、覚悟しとけよ」 |