「紅茶好きじゃない…」

カップに口をつけてもいないし飲んでもいないのは大変失礼にあたるものだと承知しているがどうにも紅茶は昔から好きにはなれなかった。思ったことが口に出てしまった、と気付いた時にはもう遅くがちゃりと耳につく音で顔をあげれば銃口がこちらに向けられていた。

「物騒ね帽子屋さん」

「俺のいれた紅茶が飲めねえって言うのか」

飲めないです、なんて言葉言えるわけもなく。仕方なく一口くちに含んでやっぱり好きじゃないと再確認。飲んだのを確認すると下ろされる銃、いつか打ちぬかれてもおかしくない。それに帽子屋さんが入れる紅茶は通常の何倍も甘いのだ病気になってしまうと思うぐらい砂糖をたっぷりといれる。私も甘いのは嫌いではない、むしろ好きだ。けれど彼は私の上をいく。

「どうにもこの葉っぱ?の匂いが鼻に抜ける感じ。好きになれない」

「おこちゃまにはわからねえだろうよ」

砂糖いれちゃうあなたもおこちゃまじゃないんですか、と思ったけれど打たれたらたまったもんじゃない。

「ところで私今日は89人目のアリスに会おうと思ったんだけども」

「会ってどうする」

「挨拶に」

にっこり笑顔を浮かべたのに帽子屋さんの表情は変わらず、なんともまあ無愛想である。

「お前は関係ないだろ、アリスに会ったところでできるのは会話ぐらいだ」

「会話でいいじゃない、ケチー。なによ、今度のアリスはとびっきり可愛くて独り占めしたいの?今までは会わせてくれたのに!味覚音痴!」

「お前が勝手に会っていただけだろ、やっぱり俺の紅茶はうまいな」

さらりと自画自賛する彼はやっぱりおかしいのだろう、先程少し飲んだだけなのに口の中にはまだあまったるさが残っている。確かに自分が勝手に会っていただけかもしれない、でもその都度会話はしていないし遠くからどんな子なのか気になっていつも様子を見るだけだった。たまに話しかけたりすることもあるけれど大抵のアリスは可愛かったような気がする。
私はもう長い間この国にいるだけの、白ウサギに役割を与えられたわけでもない、過去も未練も持ったままのよくわからない人間だ。どうしてここにいるのか、なぜすべて覚えているのか、白ウサギにはあったことはない。ルールも与えられていない。もちろん名前も最初から自分のものをもっている。


「私、いつハートの女王様に首をはねられてもおかしくないと思うんだけども」

「ほう、なんでだ」

「だって、勝手にこの国に存在してるんだもの」

「別にお前がいようがいまいがこの世界は平和なままだ」

首を狩られていく住人がいるのに私はずっとここに存在したままだ。


「…今回のアリスはお前と少しにているかもしれないな」

「……アリスも勝手に存在しているの?」

「さあな」

言葉を濁すだけで真実は教えてくれない、いつもそうだった。

「というかお前女王様から逃げてるんだろ」

「………逃げてない、会うことがないだけ」

「公爵夫人からお前の情報はもういってると思うぞ」

「夫人はそんなこと言ったりしないもの」

「さあ、わからねえぞ」

お茶会もよくするしあの魚は気に食わないし公爵は怖い、けれども公爵夫人は良い人だしよくわからないこんな私にも優しくしてくれる。


「怖い…もうしにたい」

「殺してやろうか」

「あなたには殺せないわ」

そこは慰めるべきなのではと思ったけれど彼にそんな言葉かけてもらったこともないなと思った。帽子屋さんにも私は殺せないのだ、ルールが与えられていない私は誰にもころされることはない、たぶん女王にもだ。試したことはないからはっきりとはわからないが。

「ルールがないの、役割もないの。無理よ」

「生憎自分の部屋を血まみれにはしたくねえんだ」

なんだかんだ言いつつここに私がくると紅茶とお菓子を出してくれる彼も少し、ほんの少し良い人なのかもしれない。と思ったけれどそうは思えない。自分でも心の中が随分矛盾していると思う。



「話しが思い切りずれてしまったんだけどアリスは…」

「あいつならそろそろ帰ってくるだろう」

「お使いでも頼んだの?」

「世の中を知ってもらわなきゃ」

そんなことを言っておいて、どうせなくなった砂糖でも買いに行かせたのだろう、瓶の中の砂糖はもうすぐなくなりそうだ。

「それじゃあ、そろそろ帰らなきゃ」

「なんだ、アリスと話しがしたかったんじゃないのか」

「帽子屋さんの愛人だとでも思われたら困るじゃない、お話はしてみたいけど私にはそんな勇気でないもの」

立ち上がり紅茶のまだ入ったカップを少し見つめてから残すのは失礼だろうかとかんがえたけれど甘い甘い、ましてや苦手な紅茶なんてのめる気がしなかった。

「…もう2度と紅茶いれてやらねえからな」

「……もう2度と飲まない」

それでもこうしてお茶会をしてくれる彼には感謝しよう、部屋を出ようと扉を開けたときごつりと鈍い音が響いた。部屋の前に誰かいたのだろうか、それほど強く開けたつもりはないけれど結構な音だった。


「ご、ごめんなさい大丈夫…」

扉の前にはうずくまる白いスーツをきた男の人がいた、やっぱりぶつけてしまったらしい。しゃがみこんで大丈夫か尋ねようとしたとき

「いってえ!!あんたな!!いくら帽子屋の愛人だからって許さねえぞ!いやむしろあいつの愛人だからゆるせねえ!」

なんというひどい感違いだろう、先程話していた通りの勘違いをしてくれるなんて
もしかするとこの人が


「アリス…?」

「あーそうだ、俺がアリス様だ、人をパシリに使ってるときに部屋に女連れ込んでいちゃいちゃだとは良い御身分だな!!」

「あ、愛人じゃないの。初めまして、ごめんなさい痛かったでしょう。まさかアリスがいるだなんて思ってなかったの」

内心心臓がばくばくだった、どんな子なんだろうと思っていたのは女の子だと思っていたからであって。まさか今回のアリスが男の子だとは思わなかった。かわいらしいというよりはかっこいい、という表現が似合うであろう人だった。

「…ほんとか?この国にきてから信じらんねえことばっかだからな」


「ほんとだ、いつまでも座ってるな。愛人じゃねえただの暇人だ」

帽子屋さんがこちらに近づいてくる、さっさとフォローしてくれればよかったのに。

「失礼ね!暇人なんかじゃないのに」

確かにすることはないけれど暇人なんかではないと思いたい。むしろ私の場合うろうろ国を動きまわってもいいものか警戒しているだけだ。


「え、えと、ごめんねタイミング悪くて…」

じっと青い瞳がこちらを見つめる、綺麗だ。今回もアリスも変わらずかわいらしい子じゃないかと思った、帽子屋さんは恵まれているなあなんて思った。


「…しょうがねえな、俺も悪いしおねーさんかわいいし許してやるよ」

ため息をついてそう言った、お世辞だとわかっているけれど言われ慣れない言葉に気恥ずかしくなる。

「ほんとにごめんなさい、これで私はもう帰るから」

「いーのか?」

にやりとした笑みを浮かべて帽子屋さんがこちらを見る、先程話したいと言っていたことを覚えているのだろう。私の答えが矛盾していたことも知ってわざとだ。

「いいの」

そして私の様子がおかしいのも知ってわざとだ。かわいいアリスだとてっきり思っていたけれど今回のアリスは随分と何というかアリスらしくない。会ってほんの数分だがそう感じた。


「それとな、お前。わかりやすすぎんだよ」

「…帽子屋さんまたね、アリスも」

アリスにあってからせわしなく動く心臓、なんだろうこれは。こちらの世界で初めて感じる感情だ。血がいつもより多く流れて体温もあがっているような気がする、もしかして風邪だろうかとは思ったけれど体ではなく心のほうのものだろう。



(まだあったんだな、恋する感情)

もう大分忘れてしまっていた感情が湧きあがる。


「あーもー…やだやだ帽子屋さんずるい」

こちらの世界にきてただ過ごしてお茶をのんでハートの女王に会わないよう、首をはねられないように平凡に地味にいきてきたのに、89人目のアリスによってどうやらそれは変わりそうだ。