ずっと彼を見てきた。 いつからか気になり始めて影が薄いのに男前で性格も優しくて自分の意思をしっかりと持っている彼にいつの間にか惹かれていて好きになっていた。 そんな彼を応援したくてバスケ部のマネージャーにもなった、知識なんて全然ないし運動部に入った経験もなかったけれど彼のそばにいたいと思ったから、彼を近くで見ていたいと思ったのがきっかけだった。3軍でバスケが好きで遅くまで練習していたのを私は知っている、ずっと遅くまで練習していっこうに上達しないのに挫折してもおかしくはないのに彼はそれでもバスケが好きでずっと頑張っていた。 黒子テツヤ君、私が初めて好きになった人だ。 儚い感じがして気付くと消えてしまいそうなそんな雰囲気を持っていた少年だった。 バスケ部に入って3軍のマネージャーになれたときは良いことではないのだろうけど素直に彼と一緒ということが嬉しかった。彼の姿を近くで見ていることができるのなら3軍のマネージャーでも恥ずかしいとかそんなことは思わなかった。 話したこともない彼がタオルやドリンクを渡すたびに「ありがとうございます」と笑ってそう言ってくれるだけで嬉しかった。そんな彼に気の利いた返しはできないけれどできるかぎりいつも良い笑顔ができるように練習した。夜遅くまで練習している彼にはきづかれぬようこっそりスポーツドリンクを買っておいていったこともあった、こんなことまでして気持ち悪いだろうかと思ったけれどこれぐらいは許してほしい。 そんな時彼に転機が訪れた、 彼の才能を見抜いた人が黒子君を1軍へ引き抜いたのだった。私の心は黒子君の努力がやっと報われたんだなあと思う反面沈んでいた。もう彼は私のいる3軍にはいない、まるで世界が変わってしまったようだった。 それでもずっと頑張っている彼を私は見てきた。決して報われることはなくても努力してきた彼、神様は良いところはきちんと見ているんだろうなと思った。努力は報われるまさにその通りだと思った。辛くてもおめでとうとおもってあげなければいけない。私にバスケ部のマネージャーになろうと思った理由をくれたのは彼、バスケを本気でしている人からすればそんな理由くだらないと怒られても仕方ないと思う。けれどもそれでも私は黒子君のことが好きだった。 「キセキの世代ってかっこいいよね、皆バスケ強いしさー顔も素敵ー」 うっとりした表情で話す友人の言葉には同感することはできなかった、私の眼にはそれよりも彼らを陰で支える黒子君、レギュラーとして活躍する彼が一番かっこいいと思っていた。才能にありふれた彼らの中でがんばる黒子君を見るのは嬉しかった。 3軍であろうと、なんであろうと私はいつの間にかマネージャー業も楽しいと感じるようになっていた、不純な理由であったけれど黒子君と同じように3軍でも努力すればきっと報われると皆信じて頑張っている姿をみていると応援したくなる、ちょっと前の私じゃ考えられないことだったんだろうなと思うとこれも黒子君に感謝せねばならない。 「名前さん」 初めて彼に名前を呼ばれたのは黒子君が1軍になって少したったあるとき。部活にむかおうと歩いているとき呼び止められた。 少しの貴重な話す機会もなくなってしまってもう彼とは話すことはないのだろうなと思っていた。驚いた、まさか彼の口から自分の名前がでてくるなんて思わなかったし覚えていてくれたことが嬉しかった。 ふりむくと確かに私の名前を呼んでくれたのは黒子君だったと実感する、彼がそこに立っている。 「ありがとうございました、夜遅く練習してるときこっそりジュースとか置いていってくれたのも名前さんですよね」 姿を見られないように気をつけていたのにまさか気付かれていたなんてと思うと同時に恥ずかしくなった。 「そ、その…頑張ってたから何かしたくて。気付かれてたんだ」 「自信はなかったんですけど、なんとなくそう思ったら当たってました」 はめられた、と思うと同時にずるいなあと思った、もう彼とは話すことはたぶんこれっきりなのだろう、違う世界に行ってしまった彼は私とは違う。御礼を言われるようなことは私は何もできていない。ただマネージャーとして当たり前のことをしていただけだ、むしろ御礼を言うのはこちらのほうだ。 「私こそ、ありがとう。黒子君レギュラー入りおめでとう」 これが私が彼に向けることのできた精いっぱいの最後の笑顔だった。 最後に神様ががんばった私にくれたご褒美なのだろうか、黒子君は笑ってくれた。「ありがとうございます」とまた御礼を言った彼の表情は今まで見た中で一番言い笑顔だったと思う。 そして私の予想通りもう彼と話す機会はめっきりなくなっていった。 胸にぽっかり穴があいたようなああ片思いって所詮報われないものなのだなとぐるぐる考えて、考えてはおちこんだりする日もあったのだがいつまでもくよくよしてはいられない。 帝光中バスケ部が全中の決勝ということで皆で応援することになり、久しぶりに黒子君のバスケを見られるのかなと性懲りもなく私は期待していた。元から帝光中のバスケ部は強かったし試合の優勝や上位成績は専ら帝光中のものだった。そのせいで相手校がやる気をなくしみていられない試合も多々あった、やる気をなくした相手選手に容赦ない攻撃。勝利には仕方ないことだけれどこれは本当にバスケをやっていて楽しいのだろうかと思うこともあった。 「…………」 まさかそれを今日見ることになるとは思わなかった。 決勝まで残ったのなら精いっぱいやればいいのにと相手校ながら心の中でそう思った。きっと相手も同じくたくさんこの日のために努力してきたのだろうと思った。 最初からあきらめてしまっている試合で点数は帝光中に加算されるばかり。 パスは黒子君にまわらない。ぐっと握っていた手に力をこめる。どうして、なんで、皆1人でバスケをしてしまっているのだろう。黒子君が、彼が目指したバスケは、彼が好きだったバスケはこうではなかったはずなのに。 見ていて辛いものだった、周りに頼ることをしない1人のプレーばかりで黒子君の存在はもうほとんどないようなもので、できれば試合に出続けてほしくはなかった、今すぐにやめてと言いたかった。 大好きなバスケで、そのもの自体を嫌いになってはほしくなかった。けれども私は無力だった。 ただ観戦することしかできないのだから。 その試合以来黒子君は姿を消してしまった。彼がバスケをする姿はもうどこにもない。 ずっと見えていたはずの姿はいつの間にかなくなってしまった。 「名字さーん、少し足ひねったんだけどみてくれる?」 それでもバスケ部を私はやめようとはなぜか思わなかった、いつもどおりに仕事をしてサポートをする。自分でもなぜここまで熱心にやるのかはわからなかった。 「痛い?」 足を捻った部員の足に優しくふれて軽くおしてみると顔をしかめた、救急箱はどこにあっただろうかと思い探したけれど確か包帯がたりていなかったような気がする。 「ごめんね、包帯かいたしてなくて…保健室から貰ってくるから動かないでね」 何やってるんだと自分を叱責しながら急いだ。マネージャーはサポートするのが役目なのにこんなことでどうするんだ。 保健室につくと部屋の照明が廊下まで少し漏れていた、良かったと安心する。 「すいません、包帯欲しいんですけど…」 「あー先生なら今いないっスよー」 先生の声ではなく、返されたのは聞き覚えがあるけれど思いだすことのできなかった。椅子に座ってこちらに笑いかけ「すぐに戻ってくるらしいっス」と言った。随分かっこいい人だと思った。見る限り身長も高いだろうし金髪もその外見に違和感なく似合っている。 「マネージャーさんスか?御苦労さまっス」 「あ、はい……」 名前もわからない人に話しかけられると当然のごとく緊張してしまう。彼が椅子に腰かけていたところからいくらか離れた場所に座る。 「2軍?」 「違います、3軍のマネージャーです」 「へえー3軍なんスね、人数も多くて大変じゃないスか?」 確かに上にいけばいくほど人数が限られていくので下の3軍などは他よりも人数が多い。にしても随分とフレンドリーな感じで話しかけてくる人だなあと思った。それに今あえて1軍と言わなかったのはなぜだろうかと考えたとき全中の決勝に確かこの人がいたはずだと思いだした。 「…大変ですけど、楽しいですよ。皆必死ですから、上にいこうと必死なんです。逆に私は1軍のマネージャーさんのほうが大変ではないかと思うんですが」 「なんでっスか?」 「上がないと目指すものがもうないじゃないですか、私の勝手な意見なのでむかついたらそれで構いません。試合でも自分が上だと相手にもう知られていると、楽しくなさそうなんですよね好きなはずのものが楽しくなさそうに見えるんです」 いなくなってしまった彼の背中を思い浮かべる、今彼はバスケは好きなままだろうか。それとも嫌いになってしまっただろうか。 「……随分良く見てるんスね」 自嘲するようにそう言って笑った。 「…ずっと、見てきたんです。楽しそうにバスケをしていた人を」 「それって……」 「ごめんなさいねー少し話が長引いちゃって、あらお客さんが増えてるごめんなさい。さ、まずは黄瀬君どうしたの?」 しんとしていた空気を破るように先生が慌てたようにはいってきた、今たぶん私は無意識に黒子君のことを言おうとした。先生がきてくれて少しほっとしている。 「つき指しちゃって、もー痛いんスよねえ」 「あら、珍しい。何かあったの」 「…いろいろあるんスよ」 黄瀬君、と言った彼にもきっといろいろ感じることがあるのだろう。今の帝光中バスケ部はどこかおかしいと思う。欠落しているというか大事なピースが一つなくなってしまったパズルのようだと思った。 「名字さんも怪我?」 「あっいえ、包帯を貰いに…部員が怪我してしまって」 「じゃあそこの棚の2番目に入ってるわ」 そういえば部員を待たせているんだということを思い出した。ゆっくりとはしていられないと思い包帯を取り出して先生にお礼を言ってからちらりを黄瀬君を見ると一瞬目があったような気がするけれど気のせいだと思い急ぐ。 結局遅いと少し怒られたけれど許してくれたので一安心する。 保健室で話した彼との話を思い出し、どうして今黒子君がいなくなるような状況がおきてしまったのだろうかと考えたけれど私は解決できるような大きな力は持ってはいない。 練習終えて片づけの最終チェックが終わり体育館を出ると先程会ったばかりの黄瀬君が立っていた。誰か待っているのだろうかと思い声をかけようとしたときこちらに気付いて保健室と同じようににっこりと笑った。 「待ってたんス、少しはなさないスか?」 もう外は結構暗いけれど少しぐらいなら大丈夫だろうと頷く。 「黒子っち最初3軍だったんスよね、そんで今はもうバスケ部にはいないんスけどどんな感じだったんスか?」 「…すごく頑張る人でしたよ、上達しなくても頑張って頑張って、黒子君ほんとにバスケが好きなんだって」 「…そ、スか……」 黄瀬君の表情はどこか辛そうだった、黄瀬君は悪いわけじゃないのはわかっている。 「俺じゃもうどうにもできそうにないんス、皆なんか最近おかしくて昔はもっと皆バスケを楽しんでたのに……」 「………」 「黒子っち、どこいっちゃったんスかね…」 なんで黄瀬君が泣きそうな顔するのか、きっとたぶん彼も後悔しているのだろう。 「……私、3軍のマネージャーだし黄瀬君に言うのはすごい失礼なことだと思うけど、皆自分の力だけに頼ってる。バスケってチームプレイじゃないんですか」 黙り込んだ黄瀬君にごめんなさいと告げて横を通り過ぎる。言い過ぎたかも知れないけど本来のバスケはかれらが行っているものではないと感じた、黄瀬君だってそれに気付いてるはずだ。けれど彼もわたしと同じように何もできない。 雪も降り外が真っ白な雪に包まれる季節になっても黒子君を学校でみることはなかった。同じ学年だしどうしてこんなに会うことができないのだろうと思ったのだけれど彼は元から存在が薄かったことを考えると私も避けられているんだろう。 歩くたびに踏みしめる雪が音をならす。 はにかんだ笑顔が、汗をかいて練習する姿が、必死に努力していた背中が、頭から離れてくれない。 離れてくれないんだよ、黒子君。 冷たい冬の空気が肌にしみて少し痛い、ぽつりと頬を伝う温かいものがいつの間にか流れいていた。 マフラーに顔をうずめて涙をぬぐう。寒い雪道を歩く姿はなく、人がいなくて誰も良かったと思う。降り積もる雪は綺麗で好きだけれど、手はかじかんで寒いし耳も痛い。 「………さむ…」 傘を持ってくればよかったな、と思うとどうじに自分の上に黒の屋根ができた。思っていたことが実際に起きてびっくりして振り向くと久しぶりに見る彼の姿があった。 「く、黒子君…」 吃驚してなにがなんだかさっぱりだった、止まったと思った涙はまた目にたまっていく。 「傘もささないで歩いて、どうしたんですか」 「どうした、はこっちのセリフだよ…」 「すいません。僕バスケ部やめたんです、応援してくれた名前さんにあわせる顔がなかったんです」 申し訳なさそうに言うけれど私は何もしてないのに、 「知ってるよ……見てたもの」 「…そうですか」 辛い思いをしたのも見てればわかる、やめたからといって私は何か言うつもりもない。 「……帝光中のバスケが好きじゃないんです、続けていても楽しくないんです。3軍にいたころはうまくならなくても上にいけなくてもバスケをしてるだけで楽しかったんです。でも違うんです、バスケが苦しいと思うようになったんです」 「………」 「すいません、だからバスケから逃げたんです」 「謝らなくていいよ……、ほんとは私に会うのも嫌だったんだろうけどこうしてもういっかい私の前に現れてくれただけで嬉しい、逃げたのかもしれないけど、それでも頑張ったじゃない黒子君は」 必死に練習した笑顔をまたこうして彼の前ですることになるとは、せっかくもう1度黒子君とお話できるのに暗い雰囲気にはなりたくはなかった。 「ありがとうございます…名前さんはいつでも責めるようなことは一切言わないんですね…」 「責めることがないよ」 そう言って笑うと黒子君は少し目線を下げてぽつりとつぶやいた。 「…名前さんには感謝することばかりですね」 「いつも思うんだけど私何もできてないよ、黒子君」 「言葉をもらうだけで不思議と元気が出てくるんです」 数えるほどしか会話はしてないはずなのに黒子君の言うことは不思議だった。私は逆に黒子君からいつも何かをもらっていた。 「私のほうがいつも御礼を言うべきだった、たぶんね私黒子君がいなきゃバスケ部には入ってない」 「僕も名前さんがいなければ3軍で頑張れなかったと思います」 自分でも恥ずかしいことを言ってしまったと思ったがその後に続いた黒子君の言葉に私の思考はもっていかれた。 「たぶん、僕名前さんのこと好きなんだと思います」 ずっと見てきた、ずっと追い続けた黒子君が私のことを好きだといってくれたのは雪が降る寒い冬。かじかんだ手も耳の痛みもそれまで思っていたことすべて吹き飛んでただ一言私は言った。 「私もたぶん、好き」 私の気持ちじゃたぶんなんかじゃ表せないほどだけどね黒子君。 その後にむけてくれた笑顔はやっぱり私の好きな笑顔だった。 |