くきりと嫌な音がしたような気がした。実際にはなっていないかもしれないが私の中でそんな音が聞こえたような気がする。関節がずれたようなそんな感触だった。
少しつまづいたひょうしに足をひねってしまったらしい。足をつくたびにつきりと足首が痛む、歩けないことはないけれど体重をかけるたびに痛むとなるとなかなか厄介である。自分はどうしてこんなに鈍くさいのだろうかと落ち込むがやってしまった後となると悔やんでもなおるわけではない。
「大体段差なんてあるからだめなのよ…」
そこにあった段差を睨みつけて忌々しげにつぶやいてみるも足の痛みはなおらない。障害物に気付けなかった自分も悪い。
正直保健室に行こうか迷ったけれどもこの程度の怪我耐えれば何とかなるだろう、足を触って確認してみるが腫れている様子はたぶんない。
「よし大丈夫」
「何が大丈夫なんです?」
「……っく、黒子くん…!」
吃驚して振り向くといつの間にか黒子君が立っていてこちらを見ていた。もしかして見られていたのだろうかだとしたら恥ずかしい。1人で段差にも話しかけていたように見えていたのに違いない。
「足さわってましたけど痛めたんですか?僕が見る限り名前さん先程から一歩もここから動いてないんですが」
確かにそうだ、一歩踏み出そうとすると足首の痛みが怖くてなかなか歩き出せなかったのだ。踏みしめて確認する段階でもう痛かったのだから。
「…少し足を痛めまして、でもね歩けるから大丈夫」
「……そうなんですか、てっきり僕は足が痛くて歩けないからずっと留まっているのかと思ったんですけど。そういえば次移動教室ですよ急がないと」
「えっ、そうだったっけ…!」
「はい、ですからもしよろしければ一緒に行きませんか?」
移動教室をすっかり忘れていた私としては1人でいくよりは2人のほうがいいけれど足を痛めていないと今さっき言ったばかりなのに一緒に歩いていたらばれてしまうんじゃないだろうか。
「う、うん……」
腹を括れ、足が痛いぐらい耐えきれる。そう言い聞かせて黒子君と歩き出そうとしたときずきりと足首に痛みが走る。思わず顔をしかめるもののなんとか歩けそうな状態だ。
一歩踏み出すたびに痛むものだから思った以上にまぬけなつまづき方をしたのかもしれない。
「名前さん思いっきり顔に出てますよ」
くすりと少し笑われてやっぱり黒子君気付いてたんじゃないかと思った。「ばれてたの…」と苦笑いすると、「だから僕はここにいるんです」と言われた。
何の事だかわからなくて不思議に思っていると「乗ってください」と言われこれはいわゆるおんぶというやつで、
「何してるんですか、どうぞ」
「どうぞってそんな、黒子君私重いもの」
男の子が女の子をおんぶするのはよくドラマとかで見たりするけど見ている私はいつも実際は重いんだろうなとか相手の女優さんにはいつも失礼なことを考えていたわけでもちろんそれは自分にも言える。
それに男の子にしては細身である黒子君に私なんかがのったらたぶん彼はつぶれてしまうんじゃないかと思う。
「何言ってるんですか僕だって男です、名前さんぐらい余裕ですよ」
「…で、でもそんな黒子君折れちゃうよ」
「僕まで授業に遅刻させたいんですか?」
振り向かれてじっと見つめられると何も言えない、そういえばそうだ黒子君はわざわざ待ってくれてここにいるのに、もたもたしていては彼まで授業に出られないことになる。
「……じゃ、じゃあほんとに良いんだよね?知らないからね?」
「どうぞって言ったじゃないですか」
ゆっくりと黒子君の肩に手をおいて乗ると黒子君の手が回されて足が地面から離れる。
黒子君は案外しっかりしていてよろけることなく立ちあがるとそのまま歩き出した。
「だから言ったでしょう、余裕です。って」
「そうだね…ごめんね」
黒子君の歩くリズムで心地よくゆれる、案外彼をみくびっていたのかもしれない。見た目も色白でいかにもひ弱そうなイメージだったのにちゃんと男の子だった。
そう思うと急にどきどきしてくる素直な心臓である。
「毎日バスケ部の練習で鍛えてるんですから」
「…重くない?」
「こんなこというの失礼かもしれないんですが女の子の平均体重名前さんあるんですか?」
「あるよ…」
全然失礼じゃないのに、むしろ重いと言ってくれた方が良かった。こんな嬉しいことがあると最近はじめたダイエットも無駄ではなかったのかなと思えてくる。
廊下を歩いているとチャイムの音が響いた。授業の始まりを告げるチャイムでどうやら間に合わなかったらしい。
「はじまっちゃった…ごめんね」
「良いんですよ、それに授業に出るつもりありませんから」
「え?」
「足痛むんですよね。保健室いかないと悪化しますよ、なめてかかると酷い目に合うものですから」
てっきり授業にいくものだとばかり思っていたから驚いた。
「ありがとう…」
御礼を言うと顔は見えないけれど「お安いご用です」と黒子君が笑って言ったような気がした。
「今度何かお礼するね」
「大丈夫です、僕そんなつもりでやっているわけじゃないですから」
ここでそう断るのも黒子君らしくて紳士だなあと思った、影さえ薄くなければ黒子君きっともてるだろうにと思った。
黒子君に回していた手にぎゅっと少し力をこめてみる、もちろん首をしめないようにだ。
さらさらの髪の毛が近くにあってふんわりとシャンプーの香りだろうか良い匂いがする、なんだか少し変態になった気分だ。
「名前さん狙ってるんですか」
「え?」
「………何でもないです」
(僕だって下心がないわけではないんですけどね…)