「ところで涼太は何でこんなところにいるの?」

ゆっくりと2人でもう暗くなってしまった道を歩いているのだが彼はこの後どうするのだろう、プロポーズされたとしても私はここでもう暮らしているし今更戻っても、と考えながら涙でぬれた目をこすっているとやんわりと私の手を取って「こすっちゃもっとひどくなっちゃうっスよ?」と言ってから


「今日は名無しの家に泊めてほしいなーって」

「えっ」

「だめ?」

昔からお願いには弱かった、涼太の眉を下げて困ったような表情を見ているとどうにも断れなくなってしまう。確かにもう終電すらないだろうしこんな夜遅く帰れといっても無理がある。それにこんな田舎ではタクシーすら今の時間いるわけがない。


「…いいけど、それよりどうしてここの場所知ってるの黒子君には教えないでって言ったのに」

「……気になる?」

「きになる…」

素直にそう頷く、こんな場所探し当てるには無理があるだろうにどうやって彼はここへきたのだろう。


「名無しの家に行って、教えてもらったんスよ」

「………」

なんで、どうしてそこまでと言いたかったけれど聞くのはやめた。

「黒子っち知らないって言ったんスけどじゃああれは嘘なんスね。もー俺すごい必死になったんスよー?それでもってついでに娘さんをくれませんかって言ってきたっス」

「え」

「おっけー貰ったんでこれでちゃんと結婚できるっス!」

嬉しそうに笑顔を浮かべる涼太だが自分の知らないところでそんなことをしていたなんて知らなかった。だったら私の父も母も教えてくれればよかったのになんて思った、それに本人の意思はなしなのかとむっとしたけれど結局は彼が好きでこうしてOKしてしまった自分がいる。

「…ほんとに、言ってるの?」

疑っているわけではないけど急に現れて急に結婚しようと言われて現実味がないというか実感がわかなかった。

「えっ名無し本気じゃないと思ってたんスか?!」

驚いたようにそう言うと「わざわざ夜遅くに時間かけてまでここに来たのに、それはないっスよー」

むっと表情を膨らませてそう言った。仕事終わりで急いできたようなばっちり決めた服に髪型もなんだか前にいつも日常でみていたものとは違っていてもしかすると仕事の終わりに疲れているのにも関わらず彼はここまできてくれたのだろうか。ずっと合っていなくて答えは否定だったかもしれないのに直接伝えようとして。

「私がもし、断ってたらどうするの」

そう聞くと少し悩んだ素振りを見せてから

「ていうか最初に逃げられそうになった時にもうだめかなあって思ったりもしたんスけどね、まあ俺が悪いんだし仕方ないよなあって覚悟決めてた部分もあったんスけど、やっぱり俺名無しのこと好きだし断られても…たぶん、ずっと追い続けると思う」

「ストーカー?」

「ち、違うっス!思い続けるって言うのかな?振り向かせるってことっス」

慌てて否定する彼がおもしろくて「冗談だよ」と言うと「変わってないっスね」と言って笑った。


「涼太は変わったね」

「そりゃあ…良く考えると4、5年ぐらいは会ってないんじゃないスかね。俺のこと見ててくれた?」

「涼太のこと大嫌いで雑誌もテレビもなーんにも見てない」

「そ…っスか…」

あからさまに落ち込む涼太にさすがに今のは言葉がストレートすぎたかと反省する。


「でも、びっくりしたよ。背も高くなったし、もっとかっこよくなったね」

とたんに顔を輝かせるから年を経てもそこは変わらないなあと笑ってしまう。昔から背は大きかったけれど今はもう少し伸びたようなそんな感じがした、顔つきも昔より大人っぽくなったしこれはモデルでもうまくやってるんだろうなあと納得する。


「名無しは、綺麗になった、かわいくなった、髪も伸びたし、大人っぽくなった。あーそれから…」

「もういいよ!恥ずかしい…」

次々と言われる言葉に恥ずかしくなり彼の言葉を遮ると「えー」と不満そうな声をもらした。自分では自分のことかわいくなっただとか全然思わないしむしろ田舎の生活になれたせいで昔よりそれほどオシャレとかに気をつかわなくなっていたので涼太がいうのはすべて当てはまらないような気がする。


「でも、ほんと綺麗になった」

「………」

「照れてるところも最高に可愛いっス」

「もうやめてってば!」

黙っているとすかさずそんなこと言ってくるからどうにかならないのかと思う。


「そういえば、名無し俺昔暮らしてた街に戻ろうと思うんスけど」

昔、暮らしていた街。というと私と涼太が別れた場所でもあり、私が自ら離れることを決めた場所だ。戻るということはもう一度あの街で涼太は暮らすということなのだろう。

「………そうなんだ」

「そうなんだ、って名無しも一緒に戻るんじゃないスか」

きょとんとした顔で普通のことでしょとでもいうふうにそう言った。

「な、なんで…」

「だって、俺達家族になるんスから。家ももうどこら辺がいいかなっていうのは大方きめてあるんス!」

確かに結婚するというのはそういうことになるけれど

「お金は、それに私こっちでもう…」

「……俺が何のために離れたって言った?学生じゃ名無しを幸せにはできない、幸せにする準備ができたから今ここに俺は戻ってきたんス。これでも結構稼いでるんスよ、お金のことはノープロブレムっス!もし、名無しがここに残りたいっていうんなら俺もこっちに住む!」

言いきった涼太にもう何を言ってもだめなんだろうなと思った。

「…私も、行く」

「……ほ、ほんとに?」

こくりと頷くとがっと手を握られて


「絶対…!!幸せにするっス!」

と涙を浮かべた目で言われた。やっぱり一緒にいると笑顔が自然とこぼれる、好きだなあ。











「ごめんね、簡単なものしか作れなかったの。もう夜遅いし御飯食べたらお風呂入って寝ていいからね」

2人で私の家につくともう時計の針は0時をすぎていた、家にいても1人じゃないのはすごく久々でなんだか不思議な感じがした。とりあえずお腹をすかせているであろう彼に何か食べさせなければと思ったのだが手の込んだものを作る時間もないので簡単なチャーハンを作った。
手料理を食べてもらうのも久々で緊張したがおいしいと笑って食べてくれる彼を見て安心した。


「名無しは何にも食べないんスか?」

イスに座って向かいに座る涼太をただ見ていると不思議に思ったのかそう尋ねてきた。

「……さっきね涼太に会う前ご飯食べたから」

上司との飲みの出来事を思い出すと正直あまり良い気分ではないけれどご飯を食べたのは確かだ。


「ふーん、楽しかった?」

「…ぼちぼち」

何と答えたらいいのかわからなくてそう答える、楽しいわけがないけれどこちらでの生活のことを話しても涼太にはおもしろくないだろう。田舎で特に変わったことがあるわけでもないし話しのネタになるようなものは全然ない。


「会った時泣いてたのは、それなんスかね」

口の中に最後の一口を運んで食べ終えてからスプーンをおいて空になったお皿をみつめたままそう呟いた。

「……ち、ちがうけど」

「俺はずっと名無しの近くにはいなかったからこっちのことはよくわからないけど、それでも気付けることもあるんスよ」

真っ直ぐに目を見据えて言う彼に何も答えられなかった、泣いていたのはあの時自分でも上司からのセクハラが嫌だったからなのかもしれないがそんなこというは気が引けるしなによりみっともない。


「俺は、夫!!妻の心配するのは当たり前っス!」

「………っ」

「だからね、名無し整理がついてからでいいんスけど俺に話してくれない?」

なんでこんなに優しいんだろうとにくらしくなる、だから私は彼のことが嫌いになれないのかもしれないけど強いところを見せようと頑張っても結局彼にはばれてしまうのだ。


「お風呂かりるっスね」

「…うん」

俯いて返事を返すので精いっぱいだった。














涼太がお風呂に入った後、1人でぼんやりしながら食器を洗ってからテレビをつけても何もおもしろいのがないなあと考えていた。
今日はいろんなことがいっぺんに起こったような気がする。
職場での上司は普段は良い人だったしセクハラまがいな発言を言われても軽く受け流していればそれで乗り越えられてきた。
けれど今日はお酒の勢いというのか、ボディタッチも多かったような気がするし気持ち悪かった吐きそうだった。
そんな沈んだ気持ちだったから綺麗な夜空が心にしみて涙がでただけかもしれないしよくわからない。
大体セクハラされたぐらいで泣くなんて随分女々しくなったものだ。


「……とはいってもねえ」

不快な思いをしたのはたしかなわけだが、そこまで考えて
涼太に誘われて戻るときめたのだからもうそのことを考えるのはやめておこうと振り払う。


「あがったっスー!」

お風呂場からそんな声が聞こえて我にかえる、随分と長い間自分の中の世界に浸って考え込んでいたらしい。そういえば涼太の着替えどうすればよいのだろうと考えた、男物の服なんてないしどうしようかと考える。

「ちょ、ちょっと待ってね!」

そう呼びかけてから慌てて服をとりにいく、確かサイズを間違えて購入してしまった大きめの服があったはずだ。
そう思って探してみるとやっぱりあった、サイズを間違えたものの捨てようにも捨てられずとっておいたままだったのだ、自分の貧乏性がこんなところで役に立つなんて。


「ち、小さいかもしれないけど」

「別に同じのでも大丈夫っスけど…?」

「い、いいから…!」

シルエットがすけてみえてしまうガラス張りをなるべくみないようにして手渡す、人気絶頂のモデルに雑な扱いはできるわけがない。

涼太は着替え終わると案の定少し小さかったのだがそれも気にならないというかなんでも着こなすんだなあと感心を超えて少し呆れてしまった。

「じゃあ、私次はいるね。ベッド使っていいからもう寝ていいよ、疲れたでしょ?」

それだけを言うと自分もお風呂にむかう、

温かいお湯は体にしみていつもより疲れていたせいかすごく癒されたような気がした。










「寝ててもいいって言ったのに…」

私がお風呂からあがるとソファに座って笑顔をこちらに浮かべてきた。

「だって、一緒に寝たかったんスもん」

時計を見るとやっぱり1時30分はすぎていて、芸能人にこんな時間に寝かせてお肌とか悪くなったら申し訳ないなと思った。

「もうこんな時間だけど、明日仕事…」

「明日はオフなんで大丈夫っス!さ、寝よう」

手を引っ張り私の部屋までつれていく、場所をどうして知っているんだろうと思ったけれどベットを使ってもいいと言ったのは自分だし探したんだろうなという結論にたどりついて考えることはやめた。


「私ソファで寝るからいいよ…!」

「はいだめー、俺がそんなことさせると思う?そうなると思ったから待ってたんスけど」

にっこり笑うと私を引き寄せてベットの中に入り込む、お風呂に入ったばかりのせいで体が火照っているのもあるかもしれないがあたたかいと思った。


「なんだか名無しを抱きしめるのも久々っスね…」

抱きしめられるのだって久々だ。いつ振りだろうかこんなことは。


「俺、今日ここにきて良かった。もしかすると今日こなきゃ一生後悔してたかもしれない…」

眠いのか涼太の瞼が少しずつ閉じていく、手を伸ばして頭をなでる。ふわふわしていて自分と同じシャンプーのにおいがしてどきどきする。

「明日、話し詳しく聞かせてもらうっス…ほんとはもっと話してたいしずっと名無しのこと見てたいけどちょっと限界っスね…」

すうと寝息を立てて寝始めた。その心地よさそうな顔に自分も眠りにつこうと思って目をつむる。ぬむもりは感じながら。


「おやすみ…」


私も今日涼太がきてくれて良かった。