変わった人だと征十郎さんに良く言われるなと思った。
別に自分では自分のことを変わっているだなんて思ったことはないけれどきっとそれは彼のいままでの人生で積み重ねた女性というもののイメージと少し私がずれているからかもしれない。今となってはその言葉も褒め言葉のように感じられる。征十郎さんとは最初は確かに結婚するとかそう言ったことは考えていなかったけれど、どうやら自分の家の問題はそう簡単に解決するようなものではなかったらしい。私が結婚しなければきっと父が困ってしまうのだろう。ほんとは無理やりにでも結婚させたい気持ちもあるんだろう。
嫌なわけじゃない、最近では征十郎さんときちんとお話する機会も増えたし出かける機会も増えた。男の人に少しも興味がなかった自分がなぜここまで征十郎さんのことを知ろうとしていたのか、きっと彼に少しずつ惹かれているんだろう。けれども約束は1か月。それも自分からとりつけたのである、今更どうのこうの言うつもりはないけれど少し悔やんだ。
だがしかし問題は征十郎さんである。
ここ数日で気付いたことがある。
まず征十郎さんは私のことを名前ではよんでくれたことがないのだ。君としか呼ばない、名前を忘れてしまった、ということはないだろうしかと言って自分から言うのもなんだか恥ずかしい。
そして征十郎さんは心の底からきっと笑っていないということだ。確かに笑うけれどそれはまるで作られたような笑顔で、なぜ自分でもそう思うのかわからないけれどきっと心の底から笑っていない、彼は。
葉月さんにそれらを相談しても眉を寄せて困った顔をするばかりで、困らせたくはなかったからそれ以上言うのはやめた。きっと彼にも何かあるんだろう。何も知らない征十郎さんのことを知れたような気がしていたけれどどうやらまだまだだったらしい。



「それじゃあ、俺は少し用事があって出なければならないから君は家にいるように」

「…今日は連れがいても外にでてはいけないのですか?」

「ああ、家にいてくれると助かる」

静かに頷いて出ていく征十郎さんを見送る。どうやら今日は何やら用事があるらしく馬に乗りでかけていった。なぜ今日は外に出てはいけないのか理由がよくわからなかった。


「…葉月さん、内緒にしてくださいます?」

けれども私には今日どうしてもやりたいことがあった。


「…征十郎さんがお帰りになる前にお戻りくださいね」

「ありがとうございます」

葉月さんの言葉は肯定の合図だったと思う。そうときまれば街に行く準備をしなければ、私は前に助けてくれた氷室さんにどうしてもお礼がしたかった。














「あの、すいません氷室さんという方をご存じではありませんか?」

「氷室?ここいらじゃ有名な家のぼっちゃんだろ?それがどうかしたのかい?」

氷室さんのことを何も知らないままでは見つからないだろうと思い尋ねてみるとそんな答えがかえってきた。もしかして違う氷室さんのことを言っているんだろうかと思い特徴をいってみるもやはり答えは同じだった。すごい人に知り合ったものである。


「ここに…彼はよく来るんですか?知り合いが彼に会いたがっていて…」

良い話しが思いつかなかったのでとりあえずそう言ってみると目の前の青年は「どうだろうねえ、でも目撃情報とかはよくあるんだ。ふらっと現れるらしいし、毎日ここにくればそのうち会えるだろうよ」

ということはつまり今日は会える可能性は低い、ということなんだろう。がっかりと肩を落としたもののまた1人で街にこれたのだせっかくだからみて回ろう。もしかすると征十郎さんがまたでかけるまでないかもしれない機会なのだ。

「…夜ごはんなんだろうなあ」

しかし先に出てきたのはそちらの考えで、何か新鮮な野菜があれば今日このことを秘密にしてくれると約束した葉月さんのためにも何か買って帰ろうと思った。




結構迷うと思ったけれど案外早くみつけることができた、自分のイメージであるけれど食べ物を売るお店の人の声は大きく遠くまで呼び掛けるような大声だと思う。だから迷わずすんなり来れた。
いろとりどりの野菜が並んでおり、味噌汁の具にあいそうなもの、と悩んだ結果じゃがいもにすることにした。これなら他の料理にも使えるだろうしいいだろう。


「すいません、これ…」

「はいよー!…ってどうしたんだい?」



頼もうとしたとき自然と違うものに目は惹きつけられていた。この人ごみのなか目を引いたのはもしかすると彼の鮮やかな赤かもしれない。
今朝用事があると言っていた征十郎さんがどうしてこの街へいるのだろう、もしかしてここに用事があるものだったんだろうか。

いや、違う

思っていた考えはその直後に砕かれた、だって征十郎さんの隣で笑っているのは



「ももい…さん……」

小さくつぶやいた声は街の喧騒にかき消されて遠くで笑う2人までは届かない。
征十郎さんの優しそうな表情も今まで見たことがないようなものだったし、手をつなぐ二人はずっと楽しそうで。
ぎゅっと胸の奥が苦しくなった、なぜだか負けたような敗北したような気分になった。たった短い期間であれど妻の立場にいるのは自分であるはずなのに。

用事というのは桃井さんと会うことで、それならそうとはっきりいってくれれば良かったのに。お互い知らないことが多すぎるけれど、それはわざと隠していたから。


「……そっちの、ほうが苦しいですよ…」

別に言ってくれたって何も言わないのに、もう知ってるんですから征十郎さん。あなたに慕う人がいるって。
それでも私は良いって思ったのに、どうしてなのですか征十郎さん。

どうしてここにきたんだろう、征十郎さんの言うとおり家でおとなしくしていれば何も知らずに、知らないでいつものように穏やかな日々を過ごすことができたんだろうか。












「お帰りなさい名無し様、楽しかったですか?」

待っていてくれたのか葉月さんが帰るとぱたぱたと駆け寄ってきた。

「……葉月さん、私はもう頑張るのもだめなのかしらね」

「…?どうなさったんです…か…」

ぽろぽろと伝う涙がこらえきれなかった、葉月さんから真実を伝えてもらってそれでも頑張ろうと決意して理解していこうとしたのに、こんなことぐらいで泣いてる自分が恥ずかしい。
なにより桃井さんに嫉妬することが一番みっともなくて情けない。


「…暖かいお茶をいれますよ」

葉月さんの優しい心遣いが嬉しかった。







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「私も征十郎様の仕事を全て知っているわけではないので、桃井さんとそういった風に合ってるとは知りませんでした…。すみません」

「葉月さんは何も悪くないわ」

言った通り暖かいお茶をいれてくれた葉月さんのおかげで心が少し落ち着いた。



「…今まで、きっと征十郎さんの心の中には桃井さんがいたのね」

「……それは」

「少しでも距離が縮まったと思ったの、お話もするようになって、2人で出かけることもあったから、きっと浮かれていたのね…」


「ちがい、ますよ……」

葉月さんの言葉も今は素直に受け取ることができなかった。


「……ごめんなさい、今日はご飯いらないわ。それとほんとは野菜を買ってこようと思ったの忘れちゃった、ごめんなさい」

苦笑いを溢す、葉月さんが険しい顔でこちらを見た。


「…今、泣いているのは征十郎様のことが好きだからですよね」

「どうなんでしょうね…」

もう答えは出ているでしょう、ここまで来て誤魔化すなんてことしたくはないけれど




「何事にも一生懸命なあなたに私は今までの人と違うものを感じました





だから名無し様、どうかその想い大事にしてほしいのです」



苦しげな表情に一体何を思うのか今の私には理解することができなかった。