やっぱり私卑怯だって思うんです。
だって征十郎さんにお見合いの話がきてたとえ話しがあったとしても征十郎様は妻にした人が1人もいないのですから。それにその理由を知ってるとなればなおさら黙っているのは卑怯だと思うんですよね。ずっと名無し様も気になっていたでしょう?私と的場さんの会話を聞いてから。
じゃあなんでお見合いをするんだって話しですよね、理由は私にもよくわからないんですけどたぶん隠すためだと思うんです。

もうすでに征十郎様に想い人がおられることを。

征十郎様も古くから続く名門の家に生まれてしまったため政略結婚は必ず通らなければならない道なのです。ですが、ずっとここの家で仕えてきた私にはわかるんです。今日こられた桃色の髪をした綺麗な女の人がいましたよね?桃井さんって方。
きっとあの方が征十郎様がずっと想い続けている方なのです。だからずっと妻をとらないんだと思っているんです。
実際桃井さんはよく遊びにこられるし征十郎様との繋がりは親戚と聞きました。だから結婚はできないんです。征十郎様も頭の悪い方ではありませんからそこは理解してると思うんです。桃井さんも征十郎様のことは慕っていると思います。けれど両者とも理解しているんでしょうね、だから桃井さんは頻繁に家に来るんですけどただ征十郎さんとお話をしたりするだけで帰ってしまうことがほとんどなのです。まるっきりわかってしまいますよね、それじゃあ。お互いがどう思っているかなんて見ればすぐわかるのに。
なら名無し様はここに来た意味があるのか?って話しになりますよね。今まできた女性全て意味があると思うんです。きっと、期待してるんです。自分の思いを消してくれる女性が現れるだろうって信じてるんです征十郎様は。ただそれにそぐわなかっただけの話しなんですこれまで全て。私も見ていてひどいと感じるものはありました。家に来てそうそう征十郎さんの子供を作りたいと言って襲おうとする人もいました。少しずつ取り入ろうとする人もいました。皆決して征十郎様を見ていなかったわけではないと思うのですが、それでもやはりその裏には名の知れた家の嫁に嫁ぎたいという思いの方が強かったのでしょうね。欲にまみれた人間はおそろしいものです。ひどいときは殺そうとする人もいましたからね、狂っていたのでしょう。
だから私も最初は名無し様のこともちろん疑ってしまいました。けれどあなたは違いましたね。具体的にどこが違うのと聞かれればうまく答えることはできないのですが、たとえば率先して仕事をやろうとするところ。普通ありえませんよ。それと私たちのような侍女に対しても気を使うところ、普通は逆なのにどうしてあなたまで。

1つ変わっているといえば、征十郎さん自ら妻を気にかけることは稀なんです。人の心の醜い部分が見えてしまうともうそれっきりどんなに長く過ごそうと征十郎様はその相手の方と話すこともなければ気にかけることだってないのです。
名無し様がひとりで町に行ったと聞いたとき血相をかえて家を出ていきそうになったんですよ。あわてて引きとめて結局は帰るのを待とうということになったんですがあの時は驚きました。それに今日は自分からお菓子まで用意してわかりやすい方ですよね。

卑怯なんです、黙っておいてこの家にまた新しい人を招き入れて、妻になることはできないのに。それを知らせずに過ごす期間は大変私にとっても心苦しいのです。
けれど名無し様、あなたならきっと何かかえることができるのではないかと思ったのです。
今ここで話したことは忘れてしまってもかまいません、けれど、どうか名無し様話を聞いたうえで諦めることはしないでほしいのです。





葉月さんの口から語られたことを聞くと納得する部分が多かった。
征十郎さんはあまり私と普段口をきかないし話しかけてくることもない。お菓子を出されたこと自体驚きだった。
つまり、私は1か月過ごそうと妻になれる可能性はゼロに近いのだ。

「……桃井さん、かわいらしい方でした」

「………黙っておいてもよかったのですが、本当のことを伝えたかったのでお許しください」

頭を下げる彼女になんとも申し訳ない気持ちになった。私のためを思って伝えてくれたのだろう。
けれど、私も征十郎さんとにたようなものだ。父に言われてお見合いをしたものの好きな人はいない、もちろんお見合い相手に一瞬で惚れるということもない。だから1か月。1か月の期間を設けてそれでだめならばお見合いはなかったことになる。


「謝ることはないです。…征十郎さんとはなるべく今までより話をするようにします。少し気に入らなかったんですよね、妻であるのは私なのに他の人と話す時間の方が多いってどういうことなんですかね」

笑みをこぼして言えば葉月さんがおそるおそる顔をあげた。

「それに、私は少し他の人と違うってこと小豆1つ分ぐらい認めてもらえたってことなのかしら」

怒ったのも私を思っていたからの行動だと思うと少し不貞腐れた自分が恥ずかしい。
今日のお菓子はもしかするとお詫びの気持ちでもあったのだろうか。

「…林檎1つ分ですよ」

そう言って彼女は笑った。








「征十郎さん、お願いがあるのですが」

午後、見つけた征十郎さんにそう告げれば少し眉をひそめられた。まだ何も言ってないのに。

「一緒に町へ行きませんか」

「…ああ、なるほど良いよ」

「良いのですか?」

「君が言ったんだろう?」

驚いてそう返せば何を言うんだとでもいう風に返された。確かに言ったけれどあまり良い答えは期待してなかった。昨日怒られたばかりだし侍女でもつれていけと言われるものだと思っていた。


「いいのですね…?」

「俺が良いと言ってるんだ何をためらうんだ、妻であるのに」

葉月さんの話を聞いてから確かに少し征十郎さんへの見方は変わった、けれど今仮であったとしても妻であるのはこの私なのだ。

「行きましょう」

そうとなれば1か月、ただ無駄に過ごして終わるのは嫌だ。







「征十郎さんは町が好きではないのですか?」

「…人が多いところが少し苦手でな、それに騒がしい」

いつも家にいるのでどうなのか気になって尋ねてみる、見た目と同じように静かなところが確かに似合いそう。騒がしいところでも征十郎さんがいればそこだけオーラが違って見えるんだろうな。


「そうですか?町の皆さんの楽しそうな表情を見てると元気が出てきませんか、こっちまで笑顔を貰うような」

「あまりそんな風には思ったことがないな…」

もしかしてくるのが実は嫌だったんだろうか、無理やり誘ってしまって今更申し訳なくなる。


「…別に気にすることはないよ、俺は君と来るのが嫌というわけではないんだから」

すぐに人の心を当ててしまう彼はやはり能力者かもしれない。


「それで今日はなにか目的があったのか?」

「ありません、ただこうして征十郎さんと歩きたかったのです。すいません、時間をいただいてしまって」

家にいるだけじゃきっと征十郎さんも何かしらの息抜きが必要なはずだ。

「………いや、別に。すぐに謝るのはやめろ」

「征十郎さんの、好きなものは何ですか?」

「…何だ急に」

唐突にそういえば彼のことを何も知らないと思った。
どんなに小さなことでもいいからまずは相手のことを知ることが大事なんじゃないだろうかと思ったけれど、これじゃあ疑われてしまうだろうか。


「私の好きなものは知っていますか?」

「知るわけないだろう…?」

首を傾げて征十郎さんがそう言った、もちろん知っているわけはないと思っていた。

「なぜ知らないのですか」

「…君と話す機会が少なかったから、…なるほどな、君は随分口がうまいんだな」


「そういうことです、征十郎さん。あまりにもお互いのことを知りません、だから少しずつでいいので知って行きましょう。1か月、1か月過ぎて何も思わなかったら綺麗さっぱり忘れてくださって良いので少しでも…理解していきましょう?」

最初はお見合いなんて乗り気じゃなかったけれど意外と自分は負けず嫌いなのかもしれない。少しでも征十郎さんに楽しく過ごしてもらいたいと思っている。
何も思ってくれなくてもいい、きっと今の時点では私も妻になることはできない。
けど、それでも1か月、過ごすのなら少しでも知っておきたかった。


「…ほんとに変わった人だな君は」