「和菓子があるんだ一緒に食べよう」

いつも通りの変わらない朝を迎えて手が荒れてしまったため休んでいる庭の手入れがなくなってしまって暇をもてあましていた。縁側に座って足をぷらぷらさせていると征十郎さんが突然そんなことを言ってきた。昨日あのことがあったばかりで顔が合わせづらい。

「……い、いりませ」
「食べてくれるよね」

にっこりとほほ笑まれてその場を立ち去ろうとした足が止まる。案外腹の底は黒いのではないかと初めて感じた瞬間だった。

「いただきます…」

征十郎さんも隣に腰掛けて微笑んだ。出されたお菓子は餅のようなもので柑橘系の香りがした。初めて見るものだった。

「貰ったんだ、柚餅といっていた。香りがいいだろう?」

「はい……」

ようじをさしだされ食べてみろということなのだろうか、昨日甘いものを食べたばかりで今日も食べるなんてついてるなあなんて思いつつ口に運ぶ。


「気に入ってもらえてよかったよ」

何も私が言わなくても征十郎さんがそういうぐらいには顔がにやけていたにちがいない。おいしい、昨日食べたのより好みな味かもしれない。

「おいしいです…」

さっきまで少し征十郎さんに対し気まずさが残っていたけれど今となればその空気も和らいだような気がする。

「昨日は何を食べたんだ?」

「あ、昨日はですねおいしいお団子を食べたんです。でもこっちの味の方が好きかもしれま…せん……」

あまりにも自然に聞くので思わず答えてしまったけれど征十郎さんは知らないはずだ。どうしてそれを


「そうか、団子か。明日はじゃあお団子でも食べようか」

「な、なななんで…!」

「広い町なんだこの家の誰か1人偶然そこにいてもおかしくはないだろう」

だったらその時注意してくれたら昨日怒られなくてすんだかもしれないのに。と少し思った。
今この行いももしかすると昨日私がお団子を食べていたのを見ていたなのかもしれない。それか昨日言おうとした言葉が関係しているんだろう。


「…別に気をつかってくださることはないですよ、また手がなおったら私は私でするべきことがありますし征十郎さんだってやるべきことがあるのですよね?昨日のことは何でもないんです」

「気をつかってなどいない、君のことを知ろうとしているだけだ」

「嘘です、征十郎さんだって…」

「だって、何だ」

知ろうとすることもしないで私も他の人と同じようにあっという間に1か月終わってしまうんでしょう。

葉月さんと的場さんが伝えたとなればあの2人に迷惑がかかるだろうから「何でもないです」とまた昨日のように答えてしまった。

「君ははぐらかすのが随分下手だな。言いたいことがあるのなら言えばいい」

「…何でもないです、お菓子ありがとうございました」

立ち上がろうとして床に手をついたとき痛みがはしる。重さを少しかけただけなのに刺さるような痛みだ。

「…っ」

「無理をするな、痛いんだろう。見ればわかる」

手をとって征十郎さんが見つめる。


「……君の手は綺麗だな」

「へ…」

思いもよらない言葉にまぬけな声が漏れる。これのどこが綺麗だというのだ、それより征十郎さんの白い手の方が綺麗なぐらいだ。

「…それ自分の手を見てから言うべきではないのでしょうか」

嫌味なのかと思ったけれどいたって真面目な顔でそういうものだから嘘にもみえない。


「嫌じゃないのか、自分の手がこうなっても」

「……嫌ではないですよ」

「そうか…」

てっきりやめろとかいうと思ったのにそれ以上征十郎さんは言ってこなかった。けれどその時の表情が少し悲しそうに見えた。








征十郎さんにはしかられたけどやっぱり一度出ると興味はますばかりで、門の近くに立ち寄るふりをして誰もいないか確認しようとしたとき1人の女性が立ち往生していた。

「……?」

誰なのだろう、桃色の髪に綺麗な顔立ちをしている。

見つめていると目があった、視線をそらそうにも女性のほうが笑顔になってこちらに駆けよってきた。

「あの、すいません新しい侍女さんですか?赤司君いるかな?」

侍女かと尋ねられ、何と答えればいいのか迷った。仮の生活をしているだけであるし、赤司君と今この女性はいった。征十郎さんの親しい人かもしれない。

「そ、そうですが…用事はなんでしょう…」

別に妻ですなんて名乗る必要もないだろうし侍女という設定を通すことにした。

「あ、今日はね少し赤司君と話しができないかなって思っただけなの」

「……せい…あ、赤司様は今少しお部屋から出てこられないのでお忙しいのではないかと思います」

嘘はついていない

「…そうなんだ、残念」

そう言うとその女の人はとぼとぼと歩きだした、いったい誰なのだろう。それに赤司様と同い年ぐらいの人物となるともしかすると



「………幼馴染?ご近所さん?」

悩んだが事実をしらないので何ともいえない。きっとまたあの女の人はくるだろう。そうだ、葉月さんなどはきっと知っているに決まっている。
そうとなれば彼女をさがそう。広い家の中を歩き回って葉月さんを見つけたとき彼女は洗濯物を干していた。


「あ、あの葉月さん」

「なんでしょう名無し様、やらせませんよ」

植物で手を痛めて以来少し負い目を感じているのか何かやろうとすれば最近はすぐに彼女はそう答える。自分が悪いのであって葉月さんは悪くないのになあ。

「…先程、女の人がきたんですけど」

「女性が?どんな方でしたか?」

仕事の手を休めると首を傾げて尋ねてきた、容姿は詳しく覚えているわけではないけど一番印象に残るのはやっぱり


「綺麗な桃色の髪をしていました」

「……ああ、なるほど」

少し葉月さんの表情が曇った。この反応を見る限り彼女は知っている。

「こんなこと聞くのおこがましいかもしれないのですが、誰なのでしょう?征十郎さんと親しいような雰囲気を感じたのですが」

「…征十郎様の昔からの知り合いです」

「ただのお友達ではないんですよね」

そう言うと眉をよせて顔歪めた。どうやら当たりだったらしい。


「……知り合いですよ」

「葉月さんは嘘をつくのが下手なのね」

近づいてぽんぽんと頭をなでると驚いた表情を浮かべた。それに笑顔を返す、なんだか家にいたころを思い出す、あの子も嘘をつくのが下手だった。

「別に私は気にしてませんよ、お友達は大事にしなきゃいけない存在ですしね」

「……嫌な気持ちにはならないのですか」

「ただの知り合いなんでしょう?それよりも葉月さん今度私と一緒に町に行きましょう、誰かと一緒でなければいけないの」

「そ、それはもちろんですが…」

本当は誰なのか気になるが歯切れの悪い葉月さんを見る限り言いにくいことなのだろう。


「ゆっくりお話しましょう、私ねこの家でお話がちゃんとできるの葉月さんぐらいだから寂しくて」

本音を言うと本当に寂しかった。自分1人だけ置いていかれて周りは知らない人でどうすればいいのかわからなくて。侍女は自分に壁を作っているようなそんな雰囲気があった、葉月さん以外。もちろん葉月さん自身も征十郎様の奥様ということで気をつかっているのだろうけど。


「なんだか葉月さんは違うのよね、なんて表現したらいいかわからないんだけど」

「……名無し様。あの方は桃井さつきさんというのです」

真っ直ぐにこちらを見つめて葉月さんがそう告げた。
てっきり教えてくれないものかと思ったのに、やっぱり葉月さんは優しい。きっと気付いてるんだ私が知りたいと思っていることに。


「別に聞き流していただいても構わないので、真実だけを教えておきたいのです」

その言葉にゆっくりとうなずいて葉月さんの続く言葉に耳を傾けた。