初めての場所ではじめて迎える朝は気分が悪い、とかそんなこともなくいつもより早く目覚めたぐらいの違いだった。案外自分は図太い神経をしているのかもしれない。けれど大きな変化と言えば毎朝起きると挨拶をしてくれる侍女がいなくなってしまったということだろうか。しんとした部屋での朝はなんとも寂しいような気がした。障子を開けば朝の光がさしこんでくる、今日も良い天気だ。
敷いてあった布団を畳んで寝巻から着物に着替える。そういえば最初はこの作業もなれなくて侍女に頼っていた時期もあったなあとなんだか懐かしく思った。離れていると余計に記憶が出てくるので厄介だ。

「おはようございます」

「おはようございます」

部屋に来た侍女に挨拶を返す、そして畳んでしまった布団に目をうつすと少し驚いたような表情をしてから

「まあ、ご自分でやられてしまったのですね。申し訳ございません」

申し訳なさそうに頭を下げる姿は似ていた、私のそばに仕えていた彼女と。

「大丈夫です、これぐらいは自分でできますので」

そう伝えたがまだどこか腑に落ちないような表情で何かをいいたそうにしている、侍女に当てられた役目は本来身の回りの世話とかそんな感じでそれをできなかったことによってどこか負い目を感じているのだろう。

「何もかも頼りっぱなしでは、だめな人間になってしまいますしね。大丈夫ですよ、私が自分でやったことなので」

「…名無し様は偉いお方なのですね、もう少しで朝御飯の用意ができます。朝食は征十郎様ととっていただくことになりますので準備ができたら呼びにまいります」

偉い、と言われたのははじめてだったしこれぐらいで偉いと言うのなら基準はどうなってしまうのだろうと思ったけれどあまり気にしないことにした。てっきりこの部屋にご飯が運び込まれてくるものだと思っていたけれどそうではないらしい、やはり夫婦たるもの一緒に御飯を食べろということだろうか。

ふと視線を外へ移すと立派な庭が目に入った、ここに来た時は疲れのせいか周りに目を向けることなくすぐに眠ってしまったけれど今思えばこの家も全部大きいし父と契約している赤司さんと言う方は随分すごい人らしい。
花もたくさん咲いているし大きな木も経っているし小さな池もある。手入れが綺麗でこれだけ広いのにと関心してしまうほどだ。
それにしてもここにきてから自分は何をすればいいのか全くわからない、征十郎さんは隙にしてくれて構わないと言ったけれど大雑把過ぎてどうすればいいのか本当にわからない。食べて寝てればそれでいいのだろうかと思ったけれどそれじゃあだめだと私のプライドのようなものがそう言っている。家にいるころも大して何かしていたわけではないが、人様の家に来た身だ何かしなければただの居候となんら変わりない。


「おはよう、よく眠れたかい」

気付けば征十郎さんが立っていて慌てて頭を下げて挨拶をする、するとなぜかおかしそうに笑った。

「仮にも夫婦なんだ、そんな固い挨拶でなくていい」

「…おはようございます」

恥ずかしくて顔をそむけてそう言うと「そろそろ用意ができるから呼びにきたんだ、俺が傍にきても気付いていなかったようだけどね」

ただぼーっとしていたのを見られていたらしい、確かに声をかけてもらうまで気付くことはできなかった。

「お庭が綺麗だったもので…」

「そうだろう、毎日手入れをしてくれる人がいるからな。丁寧に世話された綺麗な花や木ばかりだ」

征十郎さんも景色を見つめながらそう言った。横顔も綺麗だと思ったところではっとする、昨日から何度征十郎さんに見惚れただろう。
初めて会った時もだった、この人の妻に自分は絶対ふさわしくない。雰囲気から感じ取れる、きっとこの人と自分は違うのだ。はっきりとはしないけれど自分はあきらかに下の方の部類にとれるであろう、それがこんな人の妻だなんておこがましい。

「行こうか、せっかく用意してくれたものが冷めてしまったらだめだからね」

「はい…」

なんだかまだなれない。誰かと一緒に暮らしている、それも夫になる人というのは初めての経験で不思議だ。




2人で並んで食べるわけはなく、向かい合って食べるというのもこれまた新鮮だ。いつも家にいる場合父がなにかと忙しく時間が合わないことが多く1人で食べるのがほとんどだった。誰かと食べれるというのは嬉しいけれど食事中は基本しゃべらないのが基本と頭にしみついているため気のきいた話題が出せるわけでもなく黙々と食べるだけだ。征十郎さんを少し見てみれば箸の使い方だって美しい。

「…まだ来たばっかりだし慣れないだろう?」

見ていたのがばれたのかこちらに微笑んでそう尋ねてきた。慌てて箸を置いて

「そ、そうでもないです…布団が変わっても普通に眠れたので」

「そうか、なら安心したよ。この家に来るものはあまり慣れない場合が多いからな」

私以外にもやはり選ばれた人がいるのだろう、けれど今はいないということは何らかの理由があって正式な妻にはなれなかったのだろう。だから私になった。別に驚くことではないしやっぱりかと納得した部分もあった。

「けど、勘違いしないでくれ。全員がお見合いのためにくるんではないし、ただの父の仕事柄関わりがある人もいるからな」

「……征十郎さんには私の考えがわかってしまうのですね」

「なんとなく思ったことを言ったまでだよ」

「可愛い子とかいらっしゃいました?」

良いところの娘さんだってきたりするのだろう、気になって聞いてみると少し考えた後、

「今は君が一番だよ」

「…正直に言ってくださっても良いんですよ」

お世辞だとは分かっているけれど少し嬉しいと思ってしまった。誤魔化すためにそう言えば征十郎さんは微笑むだけだった。
食事はおいしいし不満なところもないけれど、1つ思うところがあるとすればやっぱり

「私に仕事をください」

「へえ、それはどうしてだい?」

「ただの居候ではだめだと思うのです。何でもいいのです、洗濯や庭の手入れでも私にこの家にいる意味を与えてくださると嬉しいのです」

「…だが、ここの家に俺の妻としてここにいるだけでそれはこの家にいる意味にはならないのか」

確かに征十郎さんの言う通りかもしれないが、譲るつもりはない。もし仕事を与えてくれないのなら自分から手伝うつもりだ。
そんな私の意思が伝わったのか困ったような表情をしてから、

「わかった、侍女たちに伝えておこう。けれど彼女たちがうんと言わなければ諦めてくれ」

「分かりました…!」

断られても無理やり手伝いますよ、と心の中で思いながら頷いた。





「ですが…あの、名無し様は征十郎様の妻となられるお方ですし、…」

予想はしていたがやっぱり、といった反応だった。
御飯を食べ終え広い屋敷の中を見て回っているとき庭の手入れをしているのを見つけこんな広い庭を1人じゃ大変だろうと思い声をかけたのになんとも歯切れが悪い答えが返ってきた。

「征十郎さんに許可は取ったのですが…!」

「あの、でも着物が汚れてしまいします…」

確かに高価なものは着せてもらっていると思うが別にきているものに私はこだわっているつもりはない。

「わ、私お花が好きなんです…それであのこの綺麗な庭をぜひ手入れさせてもらえたら嬉しいなって思っていて…、それに私何もしないでお世話になるって厚かましいと思って…おいしい御飯もいただいて布団はふかふかですし…、」

なんといえば納得してもらえるのはいろいろ考えた結果まとまりのない言葉がでてきてきてしまう。


「やらせてあげてもいいんじゃないかしら?なかなか見どころのある人じゃない今度は」

「的場さん…」

傍にいた侍女さんがぽつりと呟いた。いつの間にか後ろにいた女性。年は20代後半というところだろうか、服装からみるにこの人もたぶんつかえている人なのだろう。

「毎回毎回人をこき使ってばっかの女でうんざりよね、征十郎様に気にいられることしか考えてないんだから」

「あの……、」

「初めまして、的場と申します奥方様。先程の失礼な発言は承知ですが私は他のものほど甘くはないので」

頭をさげているはずなのに全く人を敬っているような雰囲気は感じられない。それを望んでいるわけではないけれど。

「これを毎日続けるのは手が荒れてしまいますし、後から文句を言われてしまっては困りますよ」

「大丈夫です」

まるでできない、とでもいうように言う的場さんにむっとする。

「ほんとに?あんたなんかにできるわけ」

敬語を使ったり使わなかったり忙しい人だ、面倒だと思うのならば最初から使わなければいいのに。それとも私には敬語を使う価値もないといいたいのか。

「的場さんそれぐらいにしといてくださいな…奥方様に何かあっては」
「でも、正式じゃないのよ」

「できます…、」


と言ってから説明を受けてさっそく草取りから始めたのだが面積が広く腰も疲れる。普段しゃがむということがないとこんなにも疲れるんだなと体力のなさに少し落ち込んだ。とってもとっても探せばすぐにあるものでただ綺麗なものばかりを見ている裏で苦労している人がいるのだと実感した。着物に土がつこうがつくまいがもうどうでもよかった。ただの"征十郎さんに気に入られようとしている人間"とみてほしくはなかった。

「案外、疲れるんですね。そういえばあなたのお名前はなんていうの?」

まだ聞いてなかった侍女さんのお名前はどうやら葉月さんというらしい。名前にも植物に関するものが入っていてすごいと褒めれば少し照れくさそうにはにかんだ。的場さんといえば黙々と作業を続けているだけだった。もう少し愛想というものがあってもいいんじゃないだろうか。

「征十郎さんにどうして今妻はいないのですか」

ふと気になったことを尋ねてみると顔を曇らせた、何かいけないことでも聞いてしまっただろうか。


「…皆が皆悪い人ではなかったのですが…、」

「はっきり言えばいいじゃない、征十郎様がそれを拒んだからだって」

「的場さん…!」

制止するように慌てて声をかける葉月さんを見る限り嘘ではないらしい。

「あなたもきっと叶わないわ、残念だけど1か月という条件で正解だったかもしれないわね」

「…それって、どういうことなんでしょう?」

葉月さんの表情はいまだに曇ったままだ。けれども知りたい、拒んだとは一体どういう理由があってのことなのか。

「そのままなんです…今まで何人もの女性とお見合いをして今の名無し様のように一緒に住む人もいたのですが、妻になられるとなると征十郎様は首を縦にふることはないのです」

「女の汚い考えなんて丸わかりってことじゃないかしらね」

「…理由はわからないのですか?」

もしかすると女嫌いだとかそういうのだってあるかもしれない、まだ少ししか彼のことは知らないけど厳しい人には見えなかった。ならなぜそんな無謀なものに父が私を挑戦させようとしたのかもわからない。

「……思い当たらないことがないわけではないのですが」

「どうせいなくなってしまうあなたに征十郎様のことをそこまで教えることはできないわ」

葉月さんの言葉を遮って的場さんがそう言った。彼女が私にきつく当たる理由はこれまでの女性も関係しているのだろう。取り入ることばかり考えている人をたくさん見てきた彼女には私も同じに映っても仕方ない。実際征十郎さんのことが好きでここにきたわけではないし嫌なら婚約はなかったことにでもできるのだ。

「……私は別に気に入られようとかそういうつもりではないです、何が理由なのかわかりませんけど私は私なりに一か月ここでお世話になります」


結局草むしりを途中で中断して部屋に戻った、きっとあのままいても雰囲気にたえられない。
私がもし征十郎さんのことを好きになっても、彼が私を妻として認めてくれる確率は低いということだ。最初にあったときいずれ決めなければならないと彼は言った。それは私も同じことで彼も引き延ばして引き延ばして、だから断ってここまできたのだろう。

征十郎さん、あなたは何を思っているのですか