「お前ももう16だ、もうそろそろ嫁にいってはどうだ」

年を重ねるたびに嫁に行ってはどうだろうと尋ねられるたびにずしりと胸が重くなるような気がした。
先祖から続くこの家を継ぐ人は私しかいない、つまり男の子が生まれなかったのだ。私1人しかうむことができなかった母の体は昔から弱くもう子供を産むことは困難であったらしい。私は別に継いでも構わないけれど頭領が女だなんて周りの目も気になるだろう。女が家を継ぐことはないし嫁に行って欲しいという気持ちも痛いほどわかる。古くからの繋がりを断ち切ってはいけない、衰退していく一方の家をどうにかしたいという気持ちもある。私には良いところの家に生まれる子の運命とやらが生まれつき備わってしまっていたらしい、もう少し普通のところに生まれたかったと思ったこともある。ずっとこの家に居座っていたままではだめだ、もう引き延ばしにしていても意味がないだろう、心を私も決めなければならない。

「……わかりました、けれど相手は誰になるのでしょう」

「昔から深く関わりのある赤司さんの家の息子さんとだ、年も近いし心配することはない。私の1人娘なんだ、いくら政略結婚でもそんな不自由な思いはさせないさ」

もう決めていたのか、いつから決めていたのかわからないけれど最後の父の言葉に少し重たかった胸が和らいだ、家のことしか考えない父ではなくて良かったと思う。
聞いた話によるとまだ15にも満たない女の子を無理やり嫁がせ子供を産ませた家もあるときいて心の中は不安でいっぱいだった。もし自分もそうなったらどうしようとばかり考えていたがそれはないだろう。関わりのある家ならなおさらだ。

「…1つお願いがあるのです」

受け入れてもらえるかは分からない、今までお見合いもすべて断って我儘に付き合ってくれた父に甘えてきた。

「なんだ?」

「1か月、1か月その方と暮らしてみてだめだったら嫁入りはなしにしてほしいのです」

真っ直ぐに私の目を見つめる父の目が伏せられた、ああやっぱりだめだったかと思った時少し唸ってから

「…いいだろう、私だってそこまでひどい人間ではないからな。けど征十郎君はよくできた子だ、きっと気にいるぞ」

そこまで父が言うのなら間違いはないのだろう、年も近いということで不安はもうそれほど残っていなかった。

「それで、会うのはいつになるのでしょうか」

「もう日取りは決めていてな、明日だ」

「……明日、ですか。わかりました、それでは今日はもう部屋に戻りますね」

日にちを変えようが会うことは変わらないのだからそれほど驚きはしなかった、ただどんな人なのだろうという考えばかりが頭を占めていた。
征十郎さん、それがたぶん私の夫になる人の名前だ。

部屋に戻って深くため息を吐く、初めての経験だしもちろん緊張してしまう。嫌ではないというと嘘になるけれど私には恋情を抱く人もいないし異性との付き合いも皆無だった。ずっと家の中で過ごしてきて外にでるのは必ず誰かついてくる、そういった出会いをすべて自分で断ち切っていたのもあるかもしれない。


「…名無し様」

ふと部屋の前に影があるのがわかった、「どうぞ」と声をかければ控え目にあけられる障子。昔からずっと私のそばについてくれていた侍女が心配そうな顔でそこにいた。

「どうしたの」

「…いえこれといって用があるわけではないのですが…その、明日のお見合い。本当は前から旦那様に聞かされていて知っていたのです…教えることができず申し訳ありません」

口止めでもされていたのだろう、申し訳なさそうに謝るけれど悪いことなんてしていないのに。もし父との約束を破って私に伝えていたら私の気持ちが少しでも楽になれると思ったのだろう、昔から私のことばかり考えて行動する人だったからよくわかる。けれど私に伝えていることがしれたら自分が解雇になるかもしれないのに

「…優しいのね、お前は」

「……そんなことないです、明日からはあちらの家で暮らすことになるでしょう。名無し様に会えるのがもう今日しかないと思うと…」

そうか、1か月試しに暮らしてみるとは言ったものの一緒に暮らすのはあちらに行かなければならないだろう。ずっと一緒にいたものと離れるのは私だってもちろん辛い。

「最後ではないのに、そんなに悲しそうな顔しないで」

「も、申し訳ありません…」

謝ってほしいわけじゃない、せめて最後くらいは自分を笑顔で見送ってほしいと思った。

「私はあなたの笑顔の方が好きよ」

そういって笑いかけるだけで慰める言葉が見つからなかった、きっとこの家に帰ってくるから、また会う時できれば泣いてほしい。悲しい泣き顔で見送られるのは胸が痛む。

「……お元気で」

「あなたも、」




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「よく来てくれた、久しぶりに見たが綺麗になったなあお前の娘さんも」

「いやいや、そう言ってもらえて嬉しいよ。私のたった1人の大事な娘だからね」

親同士の間で繰り広げられる会話に今すぐやめてと言いたいものだ。自分の顔を綺麗だなんて一度も思ったことはないし自分の子供を褒められて嬉しそうにする父は見ていて嫌ではないけれど恥ずかしい気持ちが強い。お互い父と息子、娘だけで向かい合って座っている。征十郎さんは一目で見る限りの印象は綺麗、というのが強かった。
端整な顔立ちに着物が良く似合う人だ。私なんかに綺麗という言葉は使うのではなく、征十郎さんのような人にあるべき言葉だと思った。年が近いと言っていただけあって顔立ちではそれほど年上には見えない。

「そういえば私たちは知っていても子供は会ったこともないんだな」

「そうだな、征十郎とお前の娘さんは初めて会うことになる」

もちろん私は父に征十郎さんとお見合いすると聞くまで存在すら知らなかったわけで、むしろ親同士が知っているのになぜ今まで知らなかったのか不思議である。

「まあ俺達がどうのこうの言ってもこれは本人たちの問題だからな、そうだ少し話したいことがあるんだ」

「ああ、そうかじゃあ後はがんばれ」

最後のほうは小声で立ち上がる際に耳元で告げられた。できることなら初めて会った2人だけにしないでほしいという思いがあったけれど今この場で呼び止めるのも気が引けた。
それぞれの親がいなくなった今どうすればいいのか、何を話したらいいのか思いつかない。心臓の鼓動は早くなるばかりだ。気をきかせて出て言ったつもりなのだろうけど全然嬉しくない。


「名無し、と言ったね。改めてよろしく頼むよ、この家にいる間は好きに行動してくれて構わない。何か用があればこの家にいる人に気軽にいってくれ」

「あ…はい…」

「緊張することはない、これから1か月よろしく頼む」

綺麗に微笑む彼にとくりと心臓が高鳴った。
1か月、1か月の間の仮の生活が始まる、もしも彼がとてつもなく嫌でこの人の妻になることができないと思えば1か月でそれは終わるのだ。

「……あの、征十郎さんはなぜお話を受けたのですか。私のほかにも誘われていたのではないのですか」

私でなくても他にもきっと征十郎さんの相手には名前があがっていたはずだ。これほど綺麗な人なら余計に。私でも父にしつこく言われていたのだきっと彼も同じようにせがまれていたのではないかと思いそう尋ねると少し笑って

「…そうだな、けれどいずれ決めなくてはならないことだったからな」

「そうなんですか……」

同じだ、彼も本当はこんな形での結婚は嫌だったはずだ。

「君には関係ないから気を使うことはない」

そう言ってくれる彼の方こそ私に気を使っているということに気付かないのだろうか。
初めて会った征十郎さんと言う人は、綺麗でどこか大人びているそんな人だった。