「黄瀬は女にだらしがないやつだ、あんな奴友達にならないほうがいいぞ」
「そ、そうなの……」
病室でほとんど過ごしていた私にとっては学校のことは今日1日見たものしか知らない。
それでも黄瀬君は良い人なのかもって思っていたのに、何も知らない私に病室でいろいろ教えてくれた真太郎が言うなら信じるしかないのかもしれない。
「…ああ」
「残念……」
お友達できたと思ったのにな。
何かが絡みついたように心臓がおもたくなっていく。
*
「おはようっス」
「……お、おはよ」
挨拶がぎこちなくなる、黄瀬君の顔がまともに見ることができなかった。男の人の顔を見るのは元から苦手だけど今はそうじゃない。
昨日真太郎に言われた言葉が頭にまとわりついて離れない。
挨拶をしてくれているのにまともにちゃんと返さなきゃ嫌な奴だと思われないだろうか、じわりともやもやが広がる。
真太郎のばか。
「どうしたんスか?」
そのまま席につくと思っていたのにこちらを向いて机の前にしゃがみこむ、青峰君はまだきていないので邪魔になったりすることはない。
「浮かない表情してるっス」
「………な、なななんでもない」
うわあ近くで見るとまたいけめんだなと思いながらも直視できない、目を合わせると恥ずかしくなる。真太郎と父と医者ぐらいしか男には会わなかった。なかなか他の人というのはなれない。
「邪魔だ黄瀬」
「青峰っち…て、何で朝からいるんスか。いつも遅刻ぎりぎりのくせに」
「あーいいだろ別に」
少し気まずかったので青峰君の声が聞こえてきたとき正直ほっとした。
「俺が学校にいちゃわりいのかよ?」
「別にそうじゃないっスけどー」
とはいつつどこか不満そうな顔をしている黄瀬君に対し気にしてない様子で椅子にどかりと座る。
安心したのはいいけど青峰君ともなかなかしゃべれないんだった、どうも怖い雰囲気を持ち合わせている彼に近づきにくい。
「名無しちゃーん、お兄さんが呼んでる」
名前を呼ばれてぱっと見ると手をこちらにこいとジェスチャーしている子がいたのでそちらに歩いていくと真太郎がたっていた。
「真太郎……」
「少し用事があったのでな」
そう言うと私の席に歩いて向かって行く、クラスの皆は然程気にしていないけどちらちらと他のクラスの人を見ている人もいる。わざわざ何をしに来たのだろうと考えていると止まったのは青峰君と黄瀬君の席の前。
「お前らに少し言いたいことがあるのだよ」
「あ?」
「緑間っちスか、珍しいっスねー」
物珍しそうに見る2人に対し眼鏡をあげてから
「名無しに近づくことは許さんからな」
「は?」
「え?」
言われた2人はもちろんぽかんとしているし私自身驚いて一瞬真太郎が何を言っているのか分からなかった。
「特に黄瀬、お前が友達になるなど断じて認めん」
そう言うとすぐに教室を出て行った。
「緑間って……シスコンだったのか…」
「俺…言われた意味がわかんないっス……」
そりゃあ驚くだろう急に言われて何を言われるかと思えば妹のことだ、真太郎は少し心配しすぎなのだ。
「ごめんなさい………」
静かに謝ることしか私はできなかった。
それに真太郎何で私をわざわざ呼んだのか意味がわからなかった、2人へのあてつけなの?
*
「ああ彼女やっぱり緑間君の彼女だったんですか」
「やっぱりってなんだよテツ、お前知ってたのか?」
「どことなく面影がありましたから」
「ええ言ってくれればよかったのに黒子っち…!」
部活終わりに珍しく3人で帰るタイミングが一緒になったので帰ることになり、話題は最近きた転校生についてだ。
そう言うと「まだ確信があったわけじゃなかったので」と答える彼に彼らしいなと思った。
「つーかあれっスよねー緑間っちがまさかのブラコンだとは思わなかったっス」
「だよな、あいつああ見えて妹とか大事にすんのな。黄瀬なんて認めんとか言われてお父さんかよあいつ」
思い出したのか笑い始める青峰っちに少しむかっとした、そりゃあ俺だって驚いた。なんであんなことを言われたのかわけがわからなかった。
「妹さん体が弱いんですよね、だったら仕方ないんじゃないですか」
「別に治ってるならもういいんじゃないスか?」
「例えば黄瀬君に妹がいたとします。昔から体が弱くて病院に通ってばかりで一緒に過ごす時間は限られています。その中でやっと退院して、学校に通えることになったはいいけど違うクラスになった。どうします?」
黒子っちに言われて想像してみた、病院を出たばかりというのはたぶん名無しちゃんみたいにまだどこか弱々しくて、放っておけないだろう。
「それに男となったらどうしますか」
「…嫌っスねぇ……」
大事に大事にしてきた妹がある日突然他の男と、なんて考えるとぞわっとする。実際にはいないけどいたら俺もシスコンになっていたんだろうか。
「それと同じです」
確かにそれなら心配しても仕方ないが
「なんで俺だめなんスかね?」
「そういうところじゃないですか、うぬぼれないでください」
すぐに答えが返ってきてぐさりとささる、言葉が直球である。
「とは言ってもどんな人なんですか妹さんは」
ふと思い出したように黒子っちが尋ねてくる、そういえばクラスが違う彼はしらないのだった。
「なんか変なやつだよな」
「変…でもないスけど…かわいい」
「……容姿しか見てないんですか」
「うわああ違うっス!!なんかあれなんスよ、容姿も結構良いほうだと思うんスけど!性格がかわいいんス!」
「ただのびびりだろ、なんかおどおどしやがって」
「それでも、青峰っち笑顔みてなんかにやけてたじゃないスか?」
「嘘言うんじゃねえ!」
「あ!嘘ついたのは青峰っちじゃないスか!」
「…もういいです、わかりました」
黒子っちがあきれたようにため息を吐く、だってほんとのことだったし。
青峰っちが嬉しそうに笑った彼女の顔を驚きを含んだような顔で少しだけ笑っていたのを覚えている。
「あと1つ、あいつ緑間には似てねえ」
「同感っス」
「女版緑間君がいたら僕どうすればいいのかわかりません」
*
「あ、あのね、青峰君……」
珍しく声をかけてきたと思い振り向くと険しい顔で何かを言おうとしていた。
「そ、そのね、大したことじゃないんだけど…」
「早く言えよ」
「う、ごごめんなさい…!!」
一瞬にして怯えたような表情になる彼女にまたやってしまったと思うが別に普通のことを言っただけなのにここまで怯えるのはなぜなのだろう。
「1つ確かめておきたくて……黄瀬君、ね」
「黄瀬?」
「女の人にだらしないのかな……?」
「…………」
何か重要なことでも尋ねてくると思ったらそんなことであった。
「お前も黄瀬が好きなわけ?」
「違う違う…!真太郎が………黄瀬君はだめだって、だからお友達にはなれないって……」
そういうことか。
どうせシスコンの緑間が妹の心配をしていらねえことを吹き込んだんだろう。
どんだけだよ緑間。
ちらりと目線をおくるとファンに囲まれて笑顔を振りまく黄瀬、あながち間違ってはねえ
「あー…そうなんじゃねえ?」
軽い気持ちで言ったのにがっかりしたような表情で「…そうなんだ」と言った。
「なんだよ、駄目なのか?」
「真太郎がそんな人友達だなんて恥だって、だから、せっかくお友達できたのに……そうじゃなかったらいいのになって…思ったの…」
こいつの世界というのはどうやら俺が思っていた以上にちっぽけなものだったらしい。
病室という狭い空間で生活を強いられてきたこいつのすべては兄の緑間らしい、真太郎、という言葉を何回言っただろうか。
友達というのも全然作れず、初めてできたものを否定されたこいつはどんな気持ちなんだろうか。
「でもまあ、本人に聞いてみなきゃわかんねーんじゃねえの?」
「……え」
少しだけこいつの狭すぎる世界を広げてやろうかと思った。